マチエール


わが窓にいつも聳える大樹あり月かげなき夜を闇よりも濃く      富田睦子


私が個人面談したような家庭訪問終えて雨降る            木部海帆


お悔やみをメールに述べてなにとなく壁にむかいて正座をしたり    後藤由紀恵


髪の毛が乱れたらきっと死ぬんだろ 草刈りを見ているだけの母親(やつ)ら  佐藤華保理


神が空をめくるたび降る雨が降るさいたま市には今神がいる      染野太朗


つまらない人だとまずはほっとして鋏でタグを切るように捨つ     山川藍


弔いの散歩に出よう今日死んだことにした鳥月にかざして       宮田知子


その柱の向こうにすでに電車来ているのか学生一歩下がりぬ      加藤陽平


お母様そのお話をする前に路肩に停めた車をどかして         倉田政美


ゆるやかに川底を動く光る魚 欄干から見ていたのは過去だ      小瀬川喜井


みずからを揉んで身体を取り戻すあなたも私も社会人(おとな)のプロだ  北山あさひ


「どうぞ強く閉じてください。」骨壺の閉じられるときポキンと音す  伊藤いずみ


ただいまと言えば子を抱く君がいてゆっくり帯を解きてわれは     大谷宥秀


罵ってくれたらいいのに使用済みマウスをこれからガスで殺すの    小原和


恋人はたぶん十年後も音痴 助手席の窓ほそく開け、風        立花開


青空に眼をひらくハナミズキ鍵を失くした鳥のたまり場        荒川梢


まひる野集


ゆるびにし寒のもどれる気配にて二月は何かたりてなき月       加藤孝男


望月のひかりは地下に沁みゆきて春たまねぎの肌をしろくす      広坂早苗


光陰のさくらを仰ぐ車椅子あれは夫ならむ湖に消えしか        市川正子


すぎゆきの全てが消えてゆきそうな春の真水に素足を洗う       滝田倫子


渡る日の近きつぐみ吹かれゐつ胸元深く老ゆるにあらず        小野昌子


病間より牡丹愛しむ子規の句を書き留めて夕べ庭に降り立つ      竹谷ひろこ


左手にスーパーのチラシ離さざる主婦に消えざる要介護3       升田隆雄


マスクせし顔しか知らぬ人けさはマスクもセーターも桜色なる     島田裕子
 
淡々と未遂の交合を認めたるこの准教授の脱力不気味         高橋啓介


おかつぱの友のまなざし浮かびくる同窓会誌の黒枠名簿に       寺田陽子


スマートフォン手鏡にして髪を梳く少女と並びバスを待つ朝      岡本弘子


ある日から分厚くなつてもう薄くならない母の胡瓜の輪切り      麻生由美


ようしゃなく四月の風にあおられて椿は地面に花首さらす       齋川陽子


雨もよいの浜辺を駆けくる乙女子は腰にひらひら上衣巻きつく     松浦美智子


わが為のウォークポール求めんか二人で歩くを目標として       齊藤貴美子


連翹の花咲きみちてみづからの乞ふべきことを忘れて見惚る      久我久美子
 
便箋を買いたるのみに丁寧にお辞儀されたる小さき文具店       中道善幸


日曜日だあれもゐなくなったからトイレの鍵は掛けなくていい     柴田仁美


鳴き声を競う中国の鳥なれど名を忘れけりバルコンに聴く       小栗三江子


善悪のあろうはずなし雲湧けば地に雨はふり水は移動す        吾孫子隆


いちめんにさくら花びら浮く池の水底太き魚影がうごく        岡部克彦

あかねさす明窓浄几蔦の葉のかげの下なるいのちなりけり       橋本喜典


三本のインプラントの歯入りて軍国少年はやそぢを駆くる       篠 弘


わが身をばかけ皿のごとく思ふたびにすぐれし人の死の悲しまる    関とも


浮き雲を浮かべて静か もう鴨の一羽もいないここ五六川       小林峯夫


すれ違い泥臭き人と気がつきて振り向けばおらず カッパ淵近し    大下一真


十年はひとむかしかと思ふときわが町を消えし小商ひの店主(あるじ)ら 島田修三


夏掛けの布団をフェンスの網に干す庭の明るき海辺の保育園      柳宣宏


日本は超高層の建たぬ国と信じゐし時代も遥かとなりぬ        横山三樹


七十年戦後数えて遺すものわれに有りやと夜半を覚め居り       窪田多美


このごろの短歌はどうもこうもネエことばの羅列その人見えず     斎藤諒一

  
町川に身をば投げたる一人居の女(ひと)の納棺までを付添ふ      中根誠


愁ひ帯び傾ぐジャンヌの細き顔去りたる娘の部屋に残れる       柴田典昭


身じろぐにふと現われてかなしかり桜の夜の母の眼は         今井恵子


病床に手をとり涙を流す義母(はは)百二歳(ひゃくに)の生れ日もかなしかりけり  岡本勝


たわやすくチェンソーは木を伐りゆけり森はや斧の音を忘るる     中里茉莉子


忘れ得るほどになりたる人逝きてにくしみしことの遠くなつかし    平田久美子


ぽきぽきと音たて菜花の新芽摘む春のよろこび指にあつめて      中嶋千恵子


今いかに生きてかあらむキリストの死に関わりし人々の裔       箱崎禮子


ひたぶるに鉄橋をはしりゆく貨車の紛れゆくべし銀河鉄道に      亞川マス子


サイパンの万歳クリフから身を投ぐる婦人の映像まぶたをゆする    大石敏夫


日々母と同じ会話を繰り返すわれの前世は鸚鵡なりしか        中畑和子

窪田空穂の誕生日は6月8日です。

生前、その日には空穂を慕う門下生が集まりお祝いをしていたそうです。

そして死後も、思い出を語り合う日として集まりが続けられています。

よく、○○忌として亡くなった日にポイントが当てられますが、空穂の場合それが誕生日なのです。ほのぼの。


ここ最近は、会食の前に短めの講演会が持たれることが多くなっています。

また、6月8日当日ではなく別の日に催されることも増えています。


今年は、6月30日に中野サンプラザで催されました。

講演は、国民文学今井邦子さんの「半田良平の日記・次女佐伎子の関わりから」と、

まひる野の中根誠さんの「プレスコードと川口常孝」。


空穂系結社、「音短歌会」、「歌林の会」、「国民文学社」、「地上社」、「槻の木会」、「濤声」、「冨士」、「菩提樹社」、「まひる野会」、「沃野社」の歌友とご来賓の方々、計131名が集まりました。




空穂。




こんな感じの会場です。


お先にお料理を。








お肉やお刺身なんかもいろいろ出たのですが、話と食べるのに夢中で途中が抜けています・・・。



さて、会場でお会いしたまひる野編集人大下一真に、当ブログに写真を載せることを許可していただいたので早速撮影した編集人近影です。








でーん。


頭部を中心に一見怖い人に見えますが、怖い人でもナチュラルボーンでもなく、大下さんはご住職なのでこの格好です。怖くないです。

続いて、中根さんの紹介をする、まひる野代表篠弘です。





中根さんの講演は、戦後GHQによってなされた検閲について。

空穂系結社も例外なく検閲を受けていますが、問題になった歌のうちパス(掲載可)となった歌とDELETE(削除)になった歌の差異がいかに微妙だったかが語られました。

ちなみに、私(富田)の予想は、ほぼすべて逆でした。難しい。


日本人によるチェック、日系二世によるチェック、英訳によるチェックなどレベルがあったようで、英訳の正確性などもかかわったようです。


とても面白い講演でした。


平日の夕方からなのでなかなか現役世代は参加しづらいのですが、また来年の空穂会も参加できたらいいなと思います。


(富田睦子)

【特集 若山牧水生誕130年 今こそ牧水―「あくがれ」の心を求めて】



酒の歌、旅の歌  「かわいい牧水」   大下一真



【特別企画 話題の歌集を解剖する】


春日真木子『水の夢』    

  「水瓶」百年と日常愛           篠 弘



【歌集歌書を読む】


今井恵子

【特集 短歌の時評を考える】


主要結社誌へのアンケート・各誌の時評の捉え方     回答 大下一真




【作品季評】


後藤由紀恵  (ほかの二人栗木京子氏・坂井修一氏です)

【特集 平成の名歌集を選ぶ】

       

窪田章一郎歌集『定型の土俵』     大下一真



【作品13首】


春を歩む                   柳宣宏



【新刊歌集歌書句集評】


鈴木みさ子歌集『花韮の白』      青木春枝






【作品13首】



もとの場所       三浦槇子





【特集 秘蔵の写真】


秘蔵の写真とエピソード      三浦槇子・橋本喜典・横山三樹・大下一真・篠弘





【作品7首】



茄子の一郎        中根誠


リハビリ散歩       陣内直樹





【連載】



もう一人の師     島田修三




【連載】



戦争と歌人たち 21       篠弘


古歌そぞろ歩き(最終回)    島田修三




【作品12首】


菜の花迷路            柴田典昭



【歌集・歌書の森】


篠弘歌集『日日炎々』評 (大島史洋氏)



マチエール



マグリット、あなた世界が張りぼてに見えていたのね。さくら綻ぶ     富田睦子


折りやすき投票用紙誰ひとりぼくに触れざる春を折りたり         染野太朗


初めてのランドセルを背負う日に葉桜は泣く傘にかくれて         木部海帆


背後よりサイレン呻きわたくしを一瞬赤く染めて過ぎたり         宮田知子


洗礼名マリアマグダレナ 祖母(おおはは)を葬(ほふ)りてうつつの幕屋に帰る  佐藤華保理


タクシーを停めるてのひら春の夜にひらり浮かびて花びらのよう      後藤由紀恵


文鳥はおやつ鳩ならおべんとう猫のピクニックを企画する         山川藍


あと三日で賞味期限の切れるもちを母は袋ごと抱きしめている       加藤陽平


病みし子がけものに近きかおを上げ風の匂いを聴き取っている       伊藤いずみ


子を持たぬ友よりあなたは幸せと言われ比べるきたないわたし       小瀬川喜井


たっぷりとミモザを抱いて私(わたくし)はあたしへの贄 雪とけている   北山あさひ


妻と子の声消えゆきてうちつけにかさりと響くシリカゲルの玉       大谷宥秀


水玉の傘よそなたの持ち主は受かって浮かれて濡れて帰った        倉田政美


春の日のめだかのように腸管はシャーレの中でまだ生きている       小原和


指先の月があんまり小さくて銀河の果てまで押してゆけそう        荒川梢





作品Ⅱ(人集)



古書街に大戦の記録並びゐて固くつぼめる九段のさくら          庄野史子


菜園に朽ちたる野菜ころがれり飢えたる子らのあばら骨思う        西野玲子


死顔の頬に触れなばひそやかにてのひらあたためくるる母かな       伊藤恵美子


ただ生きて妻子の顔もわからぬとう悲しきことのわれにもくるか      佐々木剛輔


果物をさせばすぐ来る小鳥なり我の生活見てゐる嬉し           坂田千枝


一つ残る蓋にひび入る蒸し碗の藍ふかければなほ捨てがたし        上野幸子


文旦の種の多さに笑ひつつ百粒ならべ写真撮る友             相原ひろ子


春となる風吹く宵を香りたちマーマレードはくつくつと煮ゆ        山口真澄



作品Ⅲ(月集)



川に沿ひ雪降りしきりなだらかな起伏に見ゆる雪の濃淡          森暁香


親友に会わずに妻の隠る部屋目玉の動く面が棲みいる           仲沢照美


持てる田を他人(ひと)に預ける家多くあづかる人は古稀を過ぎたる     久下沼満男


駐輪場に置かれしままの自転車は老いゆくように赤錆の増す        山家節


やっと来た息子を墓石は無口だった母ちゃんのように黙って迎える     海老原博行


おっぱいとにこやかな顔で口にするわれはすっぽり母を纏いぬ       浅井美也子