まひる野集


ゆるびにし寒のもどれる気配にて二月は何かたりてなき月       加藤孝男


望月のひかりは地下に沁みゆきて春たまねぎの肌をしろくす      広坂早苗


光陰のさくらを仰ぐ車椅子あれは夫ならむ湖に消えしか        市川正子


すぎゆきの全てが消えてゆきそうな春の真水に素足を洗う       滝田倫子


渡る日の近きつぐみ吹かれゐつ胸元深く老ゆるにあらず        小野昌子


病間より牡丹愛しむ子規の句を書き留めて夕べ庭に降り立つ      竹谷ひろこ


左手にスーパーのチラシ離さざる主婦に消えざる要介護3       升田隆雄


マスクせし顔しか知らぬ人けさはマスクもセーターも桜色なる     島田裕子
 
淡々と未遂の交合を認めたるこの准教授の脱力不気味         高橋啓介


おかつぱの友のまなざし浮かびくる同窓会誌の黒枠名簿に       寺田陽子


スマートフォン手鏡にして髪を梳く少女と並びバスを待つ朝      岡本弘子


ある日から分厚くなつてもう薄くならない母の胡瓜の輪切り      麻生由美


ようしゃなく四月の風にあおられて椿は地面に花首さらす       齋川陽子


雨もよいの浜辺を駆けくる乙女子は腰にひらひら上衣巻きつく     松浦美智子


わが為のウォークポール求めんか二人で歩くを目標として       齊藤貴美子


連翹の花咲きみちてみづからの乞ふべきことを忘れて見惚る      久我久美子
 
便箋を買いたるのみに丁寧にお辞儀されたる小さき文具店       中道善幸


日曜日だあれもゐなくなったからトイレの鍵は掛けなくていい     柴田仁美


鳴き声を競う中国の鳥なれど名を忘れけりバルコンに聴く       小栗三江子


善悪のあろうはずなし雲湧けば地に雨はふり水は移動す        吾孫子隆


いちめんにさくら花びら浮く池の水底太き魚影がうごく        岡部克彦