三匹の忠臣蔵 -24ページ目

三匹の忠臣蔵

日々是好日。
お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

日本でも公開された『済州島四・三事件 ハラン』、ヨム・ヘラン主演の『私の名前は』と、今年に入り、朝鮮半島分断後に韓国で起こった「済州島四・三事件」をテーマにした映画が立て続けに公開された。

済州島四・三事件は長らく韓国ではタブーとされていた事件で、はじめて本格的にこの事件を取り上げた映画がこの『チスル』になる。

タイトルの「チスル」とは、元々の済州島の方言でじゃがいも「チシル(地実)」のことで、語源は「地面(地)で育つ実(実)」という意味で「地実(チシル)」と呼ばれていた。

これが済州島の方言特有の発音の変化により、語尾の「シル」が「スル」へと変化し、「チスル」として定着したと言われてる。

済州島では「カムジャ」という言葉が先に伝わっていた「サツマイモ」を指していたため、後から入ってきたじゃがいもと区別するために、あえて「地実(チシル)」という表現が好んで使われたと言われている。

 

そもそも済州島四・三事件とは

1947年3月1日から1954年9月21日まで、韓国・済州島で起きた大規模な武力衝突と民間人虐殺事件。

1947年3月1日の独立運動記念集会で警察が群衆に発砲したことで、市民の怒りが爆発する。
1948年4月3日に南朝鮮労働党(南労党)済州道党委員会が「単独選挙に反対」して武装蜂起する。
これを受けて当時の、アメリカ軍政下での大韓民国政府は1948年11月に戒厳令を布告し、「焦土作戦」(海岸線5km内の中山間地域の島民を敵とみなし、無条件に射殺する)を実施する。

1950~1953年(朝鮮戦争中)に「予備検束」を名目に多数の住民が処刑され、公式認定された民間人犠牲者は14,442人と言われていて、その約8割が政府軍・警察・右翼青年団(討伐隊)による虐殺だった。

特に1948年10月~1949年3月の焦土作戦期間に全体の67.2%が犠牲になり、犠牲者のうち、女性が20.9%、15歳以下または60歳以上が14.5%と言われている。

「政治的弾圧」「イデオロギーに基づく殺戮」「地域差別」「報復虐殺」など、あらゆるタイプの虐殺が混在した、朝鮮戦争を除けば、単一事件としては当時最多の犠牲者数を出した虐殺事件と評価されている。

 

済州島とはどういった島なのか

済州島には、「三姓神話」という建国神話があり、高・梁・夫の三兄弟の神人が碧浪国(一説に日本とされる)から来た三人の王女を妻として迎えたと言われていて、島中心部には三神人が出てきたと伝えられる「三姓穴(サムソンヒョル)」も残る。

高麗初期までは事実上の独立国であったが、高麗時代の1105年に肅宗在位期間に耽羅郡として直轄領として組み込まれ、独立国ではなくなった。
さらに、1214年の高宗在位期間に「海を渡った向こう側の村」という意味の「済州」と呼ばれるようになった。

高麗時代には、元(モンゴル)の侵攻に対して抵抗した三別抄の残党が立てこもった拠点となり、その後は政争に敗れた王族や官吏、僧侶といった人々の流刑地となった。

三別抄と言えば似たものに高麗末期から朝鮮建国期にかけて李成桂(イ・ソンゲ)の覇権を支えた「家別抄」を思い浮かべる人もいると思うが、「別抄」とは、特殊部隊・精鋭軍いう意味で、政権や有力者の武力組織として機能した。

チャングムでも描かれていたが、時代劇では済州島を流刑地として描かれることも珍しくない。
学生時代に聞いた話だが、「三姓神話」とは別に、尹(ユン)氏など、済州島を本貫(ルーツ)とする独特の氏族があり、苗字で出身が分かる。

だから陸地の文化風習とは違いが多く、独自の文化があったと思う。
料理は牛を食べない、彩りは華やか。
方言もそうで、子どもの頃に友達の家に遊びに行くと、高齢者の言葉がまったく分からずいつも翻訳してもらってた。
今の韓国映画やドラマでも、本気で済州島の方言を使う作品には翻訳がないとわからない。

これは個人的な意見だが、一族諸共流刑された人々もいたことから、知識人の末裔も多い。
流刑された知識層が島に教育や思想を広めたことで、島民の自立意識や進歩的な思想があった。
これも四・三事件が起きた背景ではないかと思う。

 

映画『チスル』が描く「映像美」

音が明るく映像が水彩画を見てるような気分になる。
オープニングの映像も水彩画そのもので、よくこんな映像が撮れたと不思議な感覚になる。

意味もなく虐殺されていく島民たちの姿を、モノクロの映像で淡々と見せていく。
この白と黒のコントラストが乾いた空気感を伝えることで、何故殺されるのかもわからない、どこか他人事のような島民の絶望感が伝わってくる。

雰囲気としての描写は「老斤里(ノグンリ)事件」を扱った映画『小さな池』と似てる。

虐殺とは、殺される方からすると、その理由さえわからない。
しかしこの事件に関しては、鎮圧に島外の警察官、反共青年団体の他にヤクザ組織や、米軍の反共路線により息を吹き返した旧日本軍協力者(親日派)などの団体が送り込まれた。

この時、殺した側の人間には、減刑を引き換えに参加した犯罪者や、北から逃げてきた人もいて、自分が「アカ(パルゲンイ)」ではないと言う”証”に競って殺したとも言われている。

 

儀式としての映画

本作『チスル』は、済州4.3事件を扱った先駆け的作品『終わらない歳月』のキム・ギョンニュル監督の遺志を継ぐ作品として製作された。
オ・ミョル監督は、映画完成前に急逝したキム監督への敬意を込め、副題を「終わらない歳月2」としている。

  • 神位(シンウィ):霊魂を招いて安置する
  • 神墓(シンミョ):霊魂がとどまる所
  • 飲福(ウムボク):霊魂が残した飲食物を分けあって食べる
  • 焼紙(ソジ):神位を焼いて空中へ上げ、願いを唱えること

物語はシーンタイトルを入れた4つの章で構成され、伝統的な「祭祀」の儀式に倣いすすむ。

オ・ミョル監督は、この映画自体が「4.3事件」で名もなき死を遂げた犠牲者たちのための「魂を慰める祭祀」であると語ってる。
観客はこの映画を観ることで、その祭祀に参列することになる。

母が残したジャガイモ(チスル)を洞窟の住民たちが分け合うシーンが飲福にあたり、焼紙で魂を天へ送る。
これにより、長く暴徒としてタブー視され、放置されてきた魂を、ようやく安らかに眠らせる。

ラストで被害者一人ひとりの神位(名前)が燃えていく。
歴史の悲劇をただ告発するのではなく、ようやく執り行われた「正式な祭祀」として描くことで、済州の人々の深い傷を癒やし、彼らの記憶を後世に伝えることで終わる。

 

今、この映画を観る意味

朝鮮戦争当時の韓国政府による虐殺には基本的にアメリカが関わっていて、民主化後の韓国政府はその責任や関与を認めてるが、アメリカは知らん存ぜぬで、責任を回避して現在に至ってる。
       
2000年代以降、民主化の進展などで自国の「歴史清算」路線により、ようやく公式謝罪・真相究明が進んだが、文在寅政権の終わりから尹錫悦政権の登場にかけて、保守層の反発や「歴史戦」の激化が起きている。
これには日本の右派も資金提供をするなどで、積極的に歴史の書き換えを試みた。

尹錫悦保守政権は「北朝鮮・共産勢力の暴動」という従来の右派解釈を強調するあまり、戦争を誘発しようと北に無人機を飛ばし、2024年末にはとうとう戒厳令まで発布した。

韓国の右派にはどこかコンプレックスのようなものがあり、勝ち負けだけで考えてるように思う。
これは韓国にとどまらず、右派独特の世界観だと思う。

こうした中で、「国家暴力による民衆の犠牲」を忘れず語り継ごうとして、「ハラン」や「私の名前は」の上映につながってると思う。
やっぱり映画が持つ「語り継ごう」は今の韓国でも健在ということ。

「私の名前は」の日本上映はどうか分からんが、幸い「ハラン」は6月に地元上映が決まったので観にいくつもりなので、今から楽しみにしてる。

 

 

済州島四・三事件映画『チスル』ポスター

 

 

あと書き

陸地集落で育ったが、小学生の高学年になると”済州島で何かあったらしい”ことは理解していた。
そして中学生になると、具体的な話も耳にするようになる。
中学同級生の女の子が卒業すると姓が「朴」から「文」に変わってたので聞くと「4・3で...」と言っていたのを覚えてる。

一つ上の先輩が済州島と慶尚道の”ハーフ”で、遊びに行ったら父親に”来たか、パルゲンイ(アカ)”と言われて驚いたことがある。
高校を卒業し、酒の場でも色々と聞くこともあった。
陸地と済州島では文化や風習が違うことも多いので、その文脈でも聞かされたこともある。

『ディア・ピョンヤン Dear Pyongyang』という映画がある。
この作品の梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督は二歳下の弟の同級生になる。
彼女は「済州島四・三事件」のことをまったく知らなかったと言ってるのに驚いたことがある。

生野の済州島集落ど真ん中、しかも総連の幹部の家庭で育って「知らない」のは、何が何でも無理がある。
ましてや朝鮮大学校まで行って知らないわけがない。
朝大には全国から学生が集まり、逆にここから全国に情報が拡散する、言ってみれば在日の情報の坩堝。
これは当時の在日社会の中では広く知られていた話でもある。