『親愛なる同志たちへ』 | 三匹の忠臣蔵

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お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

1962年にソ連で実際に起こったノヴォチェルカッスク虐殺事件をモチーフにした作品。

スターリンからフルシチョフへと時代が変わったソ連。
ノヴォチェルカッスクの電気機関車工場で、市政委員会の生産部門を担当するリューダ(ユリア・ヴィソツカヤ)は生きるためにソ連共産党に忠誠を誓うが、娘のスヴェトカ(ユリヤ・ブロワ)はそんな母親に反感をもっている。

労働者は個人の家畜所持を禁止され、給与も1/3に減らされ、みんなギリギリの生活をしている。
そんなある日、会議中に電気機関車工場でストライキが起きたという一報が入る。
これを聞いたリューダはアリバイでも作るように「工場労働者はムチで、ストは犯罪だ」と言い放つ。

 

地区の書記局長が電気機関車工場にやってきて協議を始めようとするが、実際は「社会主義体制で労働者のストが起きる」ことに面目を潰されたことでオロオロする。

それでも経営陣は話し合いを持とうとするが、聞こえのいい話をするだけで、誰も信じない。
それどころかビルは労働者に取り囲まれ石が投げ込まれ、集まったメンバーは散り散りに裏口から命からがら避難する。

 

KGBも状況を把握していて扇動者の特定を急ぐが、モスクワから第一書記官がやってきてKGBに叱責する。
さらに、鎮圧にあたる軍は銃を携帯しておらず、これに第一書記官が驚き「銃なしで何が軍隊か!」という。
そしてコズロフはこの事実(スト)が外部に漏れないようにしろといい。
電波、通話、郵便が止められ、要所を監視することになる。

 

KGBによれば住民の半数が軍の経験者で、これを制圧することができるのかと心配するが、この地域は元々反革命の拠点だった。
コサックの住民は反共産で戦ってきた土地柄なので、騒ぎが沈静化したら話し合おうという方針が出される。
しかし、ここでもリューダは「全員逮捕すべき」と主張する。

 

書記官が防衛大臣に、なにかあったら発砲しろと言うが軍の担当プリエフ大佐は銃器の持ち出しを禁止したという。
軍による市民への発砲は憲法違反だとも。
しかし党中央委員会のトップは兵士に銃の携帯を命じ、これが悲劇のはじまりになる。

翌朝、電気機関車工場にデモ隊がまたやってきた。
話し合いをしようと協議していたところに、デモ隊がなだれ込み市政委員会のメンバーはまたもや逃げ場を失い、散り散りばらばらで逃げる。

リューダも逃げようと廊下に出た時、チェロのケースを抱えて階段を駆け上がる男を追いかけると、男が、誰かと通信しながら銃を構えていた。
ここからデモ隊への銃撃が始まる。

 

 


 

 

リューダはスターリンからフルシチョフに政権が移った時に何があったかを知っている。
だから自分から進んで忠誠を尽くす。
結局は誰も本音で生きていないし、本音では生きられない。
その逆に娘のスヴェトカは若気の至りとも言うべきか、本音で生きようとする。

スヴェトカからすると母リューダの生き方が卑屈に見えて、これが彼女がストに参加するエンジンになっていると思う。
この親子の溝がさらに悲劇を生み、デモに参加したスヴェトカは扇動者として当局からマークされる。

銃の携帯を拒否した国防大臣が、銃撃のあとはKGBの罪をなすりつけられ批判の的になる。
これでリューダは目を覚ますが、スヴェトカの行方が知れない。
娘を探し回るリューダの姿には後悔と怒りが満ち溢れていて、演じているユリア・ヴィソツカヤの演技が素晴らしい。

 

高職が動くとKGBの保安部隊が動く、この中に政府の要人を警護する第9局がいる。
彼らは民衆に銃を向けることをなんとも思っていない。
これって丸々「光州事件」とそっくりで、第9局は韓国風で言うとKCIAになるんやろうね。

住民の半数が軍の経験者というのも光州事件と似てて、独裁は同じ事を考え実行するんやろうな。

終盤でリューダがスヴェトカを墓場で探し回る時に、発音は「ヴァルチカ」の様に聞こえたけど、アマプラお得意の字幕が「つま先、つま先」になってて、何を見せられてるのかわからんくなった。

スヴェトカを日本語に翻訳したら「つま先」になるのか、ヴァルチカを日本語にすると「つま先」になるのか、そもそもヴァルチカとは何なのか、これは最後まで解決したかった。

 

 
 
 
『親愛なる同志たちへ』