『ボレロ 永遠の旋律』名曲に縛られた天才 | 三匹の忠臣蔵

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ラヴェル自身の代名詞となってしまった名曲『ボレロ』が、やがて彼自身を縛る呪縛となり、精神が壊れていく様を描いた物語。

最愛の母マリー・ドゥアール(アンヌ・アルヴァロ)を亡くしたことでスランプに陥り、作曲活動から遠ざかっていたモーリス・ラヴェル(ラファエル・ペルソナ)に、ロシアの高名なダンサーであるイダ・ルビンシュタイン(ジャンヌ・バリバール)から「今までにない革新的なバレエ音楽」の作曲を依頼される。

試行錯誤の末にラヴェルが編み出したのは、機械のような同じリズムに乗り、同じメロディーの1分を17回繰り返しながら、楽器編成だけが徐々に変化していく『ボレロ』。
曲想は近代産業革命への賛美と機械世界の揶揄で、ここから逃れられない人生が爆発して終わるというもの。

しかし、依頼主のイダはラヴェルの意図をあえて無視し、この曲を「娼婦が踊るバレエ」に変えてしまう。

大ヒットとは裏腹に、自分の芸術を歪められた事に耐えられないラヴェルは、『ボレロ』の呪縛から逃れられず、作曲活動からも遠のいていく。

 

 


 

 

最近見た『ファンファーレ!ふたつの音』もそうで、ボレロが使われる作品は多いが、『愛と哀しみのボレロ』が一番記憶に残ってる。

第一次世界大戦に志願して出兵するが、この大戦中に母親を亡くす。
極度のマザコンでもあったラヴェルにとって、母親の存在は彼の人生そのもので、過酷な従軍経験と共に、スランプをさらに悪化させる原因として描かれてる。

ラヴェルがイダと工場で曲について話し合うが、ラヴェルは、機械のように正確で反復するリズムこそが作品の核だと語る。
『ラ・ヴァルス』もそうで、『ボレロ』も最後には抑え込んできた感情が一気に噴き出すように終わることで、彼が人生の終わりを意識してることが分かる。

曲はスネアドラムの単調なリズムから始まり、このリズムがメロディーを支える。
本当にそう考えていたのかは分からないが、「近代産業革命から逃れられず人生が爆発して終わる」というのは面白いが、これは従軍経験がそうさせたと思う。

小柄だったから軍隊でもたらい回しにされ、戦争の記憶が終生つきまとい『クープランの墓』では戦友を弔い、大戦で右腕を失ったパウル・ヴィトゲンシュタインのために書かいた『左手のためのピアノ協奏曲』など、戦争は彼の作品にも色濃く影を落としてると思う。

本作でも描かれてるが晩年は記憶障害に苦しみ、自分のサインもできなくなったはずで、初演後に女性のプログラムにサインをして、友人のシバ(ヴァンサン・ペレーズ)に「なんちゅう字や?」と言われたのは、この話をモチーフにしてると思う。

私が『ボレロ』を生で聴いたのは、小林研一郎/ハンガリー国立交と秋山和慶/大阪フィル、ちなみに秋山さんはこの時ローマ三部作もやってくれた。
ブラスも一度だけあって、たしか木村吉宏/大阪市音楽団(現オオサカ・シオン)で、当時はCD販売などなかったので市音に「録音テープを聞けないか」と電話した、恥ずかしい思い出がある。

本作で名前だけ登場するストラヴィンスキー、ラヴェルやレスピーギも管弦楽技法の大家であるリムスキー=コルサコフに師事したり影響を受けていて、その色彩豊かなオーケストレーションで知られている。

この技術があったからこそ、ラヴェルの曲は美しい。
一度聞いたら忘れることができない『ボレロ』のメロディーが、ソロからユニゾンになり段々と加わる楽器も増えていきラストは盛大に終わる。

映画なので当然、演出による脚色はあるのは分かるけど、自分がこれまで抱いていたラヴェル像とは少し違ってた。
だからラストは、映画のラヴェルらしく、彼の人生も『ボレロ』のように爆発して終わったんやろうな。

 

 

 

 

 

『ボレロ 永遠の旋律』名曲に縛られた天才