個人の思いと国家の統制が交差する【ワン・セカンド 永遠の24フレーム】 | 三匹の忠臣蔵

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日々是好日。
お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

映画の中に1秒だけ映っている娘の姿を見るために労働改造所を脱走した父親(チャン・イー)と、幼い弟との貧しい暮らしのために泥棒をしてでも生きようとする少女(リウ・ハオツン)との出会いと友情を描いた作品。

早々のチャン・イーとリウ・ハオツンの「家出した娘」のやり取りは笑ってしまった。ぐっと作品の幅が広がった感じで、期待を込め、このシーンで引き込まれた。
文化大革命時代の中国を舞台にしているが、とにかく映像がきれい。
大胆に砂漠を映し出す圧倒的な映像美は深みがあり、すごいとしか言いようがない。

もともと主人公の娘は事故で亡くなっており、主人公もそれを知っていたというストーリーで、エピローグの2年後の部分も当初は存在せず、後から追加された。
いずれも検閲により編集されたらしい。

「娘は事故で亡くなって」がカットされずに残っていれば「たった1秒のため」が強烈なエンジンになっただろうに。
もったいないし、エピローグも冒頭の「家出した娘」に引き戻した感じで、未来を期待してのハッピーエンドなんだが、どこか物足りない。

2022年になってもなお検閲があるのには驚く。
日本だと「検閲=(戦時中の)国家権力」となるが、中国の人にとってはどうなんだろう。
中国では検閲違反が作家や監督の社会的生命を脅かす場合もあると聞くが、実際のところは分からない。
日本など西側の国でも商業上編集・カットされることは普通にあるし、業界の顔色を伺った末の編集もあるので、一方的にこちらの価値観で考えない方がいいとは思う。

何でもかんでも映像にして公序を乱すのもどうかと思うし、逆に日本で天皇をパロディーで使うことはできないしね。
天皇の戦争責任を主張して暗殺された人もいるので、逆にこういった社会の空気感の方が怖いと思う。

そう考えると、検閲による編集というのは、一見するとAVや映倫審査と似ている部分もあると思う。
映倫のように、検閲(映倫審査)に引っかからないよう知恵を使う、という点では共通しているのではないかな。

ただし、検閲を回避するための「知恵」と、映倫審査を通すための「工夫」では、受けるプレッシャーやリスクの度合いが大きく、話にならないと言われるかも知れないが。
ちょっと乱暴な言い方になるけど、どちらも表現の自由と社会の規範の間で作り手が知恵を絞るという点では共通していると思う。
あくまで個人意見として。

西側の価値観的にいうと、チャン・イーモウ監督が本当に作りたかったものは、悲劇的すぎてビジネス的に投資回収が見込めないと判断された、ということとして考えるしかないかもね。
でも、いい映画には間違いない。