まだまだ鶴見五郎ネタで・・・


ラッシャーは鶴見も仲間に入れて欲しいと兄貴にマイクで頼んでいたはずだ。


結局、御大はそれを認めることはなかった。(なんか査定試合みたいのはあったような気がする。)


でも、それで正解だろうな。

一旦、ファミリー軍団入りしてしまえば、最初だけはウケるかもしれないが、ファミリー軍団の試合のときはベビーフェイスでシングルや外人と組むときはヒールなんてそれこそキャラクターが中途半端だ。

80年代当時、全日本における鶴見の存在意義を見出だせたファンはどれだけいただろう。しかし、当時、外人とタッグを組んで違和感がない日本人は悪役しかいない。鶴見の存在意義は確かにあり、鶴見しかできない仕事が山ほどあった。


困ったときの鶴見五郎
前回は鶴見五郎だけで話が終わったので、89年5月全日本プロレス「茅ヶ崎青果市場」大会のエピソードを

結構、大会場よりも地方会場の方が印象深いような気がする・・・


(1)寺西勇選手が誰かと立ち話をしてるときにサインを貰おうと近づいたら「この前、剛から電話あってさ・・・」なんて話をしてた。

前月に旗揚げした「パイオニア戦士」から引き抜きの魔の手か?三人だし、もう一人欲しかったのかもしれない。


(2)恒例の6人タッグに出てた馬場さん。エプロンで待機していたとき、真後ろから「馬場さん、見えない!」と野次がとんだ。

多分、この手の野次はどこの会場でもあっただろう。


(3)試合も終わり、とぼとぼと駅まで歩いてたところ、後ろからきた車の運転手に向かって我々、中坊たちは

「オーッ!!

そのベンツの運転手さんもクラクションを鳴らし、車内で我々に向かって片手を振り上げ、

「オーッ!!


ありがとう、ジャンボ・・・
89年5月、茅ヶ崎青果市場という場所で全日本プロレスを観戦した。

わざわざこういった会場に行くのはレスラーのサインを貰いやすい、ということに尽きる。(ドン・ムラコに貰った記憶はある)

茅ヶ崎駅から会場まで結構歩いたような気がする。

鶴見五郎が自家用車で会場入りしてきた。悪役に似つかわしくかわいい男の子を連れて・・・。お父さんに手引っ張られて転んだら「しっかり歩け!」なんて言われてた。そんな彼が20年後に親父と一緒に泥棒取っ捕まえてんだから、時の経つのは・・・
で、この日鶴見は高木功とシングルマッチでフォール勝ちした。しかし、フィニッシュはフロントスープレックスみたいに後ろに投げようとしたところ、滑ったのか高木の顔面から落ち、かなり危ない角度で投げられた・・・
ところでこれがゴロースープレックスだったのだろうか?

そういえばオリジナルを見た覚えがない・・・