Stroll を買ってちょうど1年になりました。
久しぶりにいつものサイクリングロードに出て、写真を撮ることにしました。
変速ギヤがなくて、シンプルそのもの。なかなか、良い形です。
ストレートのハンドルがちょっと気に入りませんが、
まあ、これもありでしょう。
「Dirty Bomb 」だから確かに「汚い爆弾」だろうけど、なんだか中に人糞とか家畜の糞が入っているような名前だ。
恐ろしさより、別の嫌悪感が先に来る。
『放射能汚染拡散爆弾』とかに変えた方がいいんじゃないの?
今でもあるのだろうか? 昔、京都市内にたくさんあったから、おそらくチェーン店化されていたのだろうと思います。
学生時代、初めて京都に下宿した頃、夕飯を食べるためによく利用した和食に特化した小さなお店です。
チェーン店化されていたと書きましたが、個人経営ぽくて、「さばの味噌煮」とか「ひじき」とか、品揃えや内容はそれぞれ違っていました。
店の暖簾の『千成り食堂』と『ひょうたん』の染め抜きだけはどの店も同じで、夏になると藍染から白色に変わったりしていましたね。
仙台に『めしのはんだや』というのがありますが、小皿に各種おかずが載っていて、セルフサービスでとり、食べて、最後に精算するやり方です。『千成り食堂』もこの方式でした。下宿生活に慣れて、友達から情報を得て、安くてボリュームがある食堂を知るまでは結構通ったと思います。まだコンビニなどなかった時代です。
有名な話ですが、『餃子の王将』『天下一品』は京都が発祥の地です。私がいた頃はまだまだ全国区になっていなかったと思います。
安い中華料理店にはよく通いました。当時『王将』には「ポパイ定食」(320円ぐらい?)という、ほうれん草と卵と豚肉の炒めたのがあって、よく食べました。『天下一品』は 友達の下宿で夜遅くまで酒を飲んだ後、ベロベロになりながら今出川の店まで歩いて食べに行きました。当時から、カウンターには、すりおろしたニンニクがどっちゃりと置いてありましたね。
ああ..思い出した。『天下一品』は始め北区の京都銀行の前で、屋台で営業していたんじゃないかなあ? 何回か行った覚えがあります。
それから、『眠眠』っていうのもありました。 カウンターの中で大きな鉄鍋を「ガシャ、ガシャ」やっている白い前掛けお兄さんを見て、こういう仕事もありかなあと思った時期もありましたが、アルバイトをしている友達から話を聞いて、かなりハードな仕事らしく、大きなボウルの餃子の餡を一人で全部包まなきゃいけないと知って諦めました。
まだ就職活動もしてない、漫画もどうなるかわからない、プラプラな時期でしたね。
T. ウォードはエンジェルスの外野手、主にライトを守っています。最近は5番とか6番を打つ若手の強打者です。
シーズン初めは、守備が下手で、取って当たり前のフライを落としてたりしていました。思いがけない一発ホームランだけが期待の選手でしたが、シーズン中盤から打球への追い方も上手くなり、ファインプレーなども見せてくれます。守備は安定してきました。
一方、打撃の方はシーズンも深くなり他球団から研究されて、なかなかホームランを打てるコースには投げてもらえません。それでも、甘いコースは逃さず、スタンドへ持っていく力があります。そんな選手ですが.....
私が一番興味があるのは「彼の顔」です。細面で髭を蓄えていますが、美男子だと私は思います。クールな頭のいい表情をしています。
ただ...「笑うのが下手」。ホームランを打って破顔して、笑いながらベースを回るのを一度も見たことがありません。他の選手とハイタッチする時でもほとんど表情を崩さなない。自分では笑っているつもりなのかもしれないけど、そうは見えない。不思議な選手です。
外国人には珍しいタイプだと思います。
それに対して、大谷翔平は以前の日本人のイメージからは考えられないくらい表情の豊かな選手です。投球しながら声も出すし、塁上で他チームの選手と触れ合いながら笑っています。人が良すぎるくらい明るい性格が見えてきます。
この二人は、打席前によく情報交換をしています。T. ウォードが大谷のアドバイスにうなづいている顔も見受けられます。
いつの日かT.ウォードがホームランを打って、笑いながら飛び上がる姿を見ることができるのでしょうか?
何年か前にポール・ゴーギャン展が東京国立近代美術館であったとき、足を運んだことがあります。
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』を鑑賞しました。
この話のストリックランドはポール・ゴーギャンがモデルだと言われていますが...
はたして、今回も私の記憶のあやふやさが暴露されました。学生時代に読んだときは(新潮文庫?上の部分が黒、下が黄緑の表紙 )、ストリックランドは、(実はこの名前もすっかり忘れていて、こんな名前だったけ?てな感じでした)どこか大きな銀行の出納係みたいで丁寧な書体で記録をする真面目な男、そして、その男を追うのは作者=新聞記者と記憶していましたが、大間違いでした。
今回読んだ、新潮文庫の青い表紙のやつは、ストリックランドは株の仲買人、彼の夫人に依頼されて、後を追うのは作者=作家となっていました。
40代を過ぎてから、家庭も仕事も捨てて、絵を描き始めるストリックランドは物凄いエゴイスト、それまでの上流社会出身の夫人の尻に
敷かれていた姿とは全く違う人生を歩み出します。 芸術を生み出す人間は、こんな性格じゃなきゃいけないのかと思わせるような人間です。
『俺は描かずにはいられないんだ』と言うストリックランド。 ...私はこんな気持ちになったことはないなあ。 まあ、だから凡人です。
ただ、最後のタヒチの小屋のシーンの記憶だけは合ってました。
昔のやつを探して、もう一回読んでみようかな...