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キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに

しとしとと雨が降り続けてジメジメするというのが、子どものころからの私の梅雨のイメージです。何となく重苦しくて嫌な気分に陥ってしまいそうなこの季節ですが、その憂鬱な梅雨の季節をも、古来日本人はその風情を楽しむ心の余裕を保ち続けて来ました。

しかし最近では、季節も日本人も様変わりしたように思います。
学校で日本は温帯地方にあると教えられましたが、最近の日本の気候が亜熱帯化したことは疑う余地がないところです。今年の梅雨入り後も、梅雨とは思えないカラッとした天気が続いたかと思うと、一転して各地を襲う豪雨の波状攻撃。激しい気象の変化に日本の四季の危機的状況が長年続いています。

住宅の気密化とエアコンや乾燥機の普及によって、梅雨特有の蒸し暑さや乾きにくい洗濯物から解放された反面、日本人から梅雨の季節を楽しむ心のゆとりが奪われたようにも思えて少し悲しい気もします。

台風の接近も影響してか、昨日の夕方から私の部屋は急に蒸し暑くなって来ました。
今年の夏、関西では節電が求められているところです。それに備える意味もあってエアコンの使用を極力抑えようと身構えているのですが、昨夜は「試験的に」と自分に言い聞かせてエアコンを入れてしまいました。

私の部屋のエアコンは、8年前に購入して以来一度も冷却ガスの交換も補填もしていないので、果たして今夏を乗り切れるかどうか不安なのですが、昨夜の2時間限定の試用結果では、何とか役目を果たしてくれそうで、少しほっとしました。

しかし、今夏が猛暑だったらどうしよう?今の時期でこの有様では先行き不安が募ります。

今日は昼前から重たい暑さが見舞ってくれました(笑)
午後は外へ出る気にもならず、しかしエアコンは入れずに空気の抜けたゴム風船の如く、浜辺に打ち上げられた水クラゲの如く、部屋の中でグダ~っと過ごしていました。

日が暮れかけたころになって少し涼しくなってきたので、ウォーキングの暫定目標である1日1万歩に少しでも近づけようと外へ出てみることにしました。

すでに7時を回っていましたが外はまだ明るかった。それはそうですね、間もなく1年中で最も昼間が長い夏至ですものね。今年は6月21日(木)ですから、4日後に迎えることになります。

私は季節の移り変わりを頭の中で反時計回りにイメージしています。
どういうことかと言うと、アナログ時計の文字盤に似たイメージを頭の中に浮かべて、1年間のカレンダーというか季節の位置関係をとらまえるのです。ただし、反時計回りに。

12時の位置は12月、6時は6月と時計の文字盤の配置と同じですが、11時を1月、10時を2月、9時の位置を3月、3時の位置は9月ということにしてイメージするのです。

季節については、文字盤の左上の4分の1=90度は冬、左下が春、右下が夏、右上は秋というふうに大まかにイメージします。

どうしてそうするのかは私にもわかりません。最近になって気付いたのですが、子どものころからそうでした。

この方法だと3月であれば今年も4分の1が過ぎたのだなあとか、残りは4分の3かというふうに角度で時間の経過を認識できるのです。ですから今は6月ですから、2分の1が過ぎて残り2分の1だなと。

夏至がやって来て、逆回りの時計の針が180度進めば次は冬至がやって来ます。時計の針を180度戻したら昨年の冬至ということですね。昨年の冬至から今年の夏至に至る180度の時の経過を考えると、今年の冬至を迎えるまでの時間の経過を想像することが出来ます。

180度=半年なんて、あっという間に来てしまうだろうな、との結論。

もちろんすんなりと針が進むわけではないでしょう。何しろ右下の90度=夏という手強い季節を克服しなければなりませんからね。

訳のわからないことを並べ立ててしまいましたが、「プレ夏バテ」のせいにしてお許しを(笑)

こんなことを考えながら、今日は何とかウォーキング1万歩をクリアしました。

今夜は扇風機だけで過ごしています。


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俳優の要潤さんは香川県の三豊市出身。最近では「うどん県副知事」として、すっかり有名になられました。

彼の「うどん県副知事」就任のPR効果は抜群で、昨年暮れには年賀状のあて先を「香川県」でなく「うどん県」としても有効かなどということが話題になったり、JR高松駅が「さぬき高松うどん駅」を愛称に採用したり、香川県丸亀市は、名物の骨付鳥にちなんで「骨付鳥(ほねつきどり)市」に改名する観光振興作戦を始めると発表したりと、ちょっと悪乗り気味かなと思われるような波及効果も生み出しました。

「うどん県副知事」であるとともに「三豊市ふるさと大使」の肩書も持つ要潤さんが、今月10日(日)、故郷の三豊市で司馬遼太郎原作の「燃えよ剣」を一人芝居で成功裏に演じ切られたことが、三豊市長のコラム「市長のちょっといい話 No.95(H24.6.8)」で採り上げられています。

1400人もの観客の4割近くは市外から、中には新潟や名古屋から駆け付けた方もおられたようです。私も行きたかったのですが・・・。

当日の様子は、直接ご自分の目で観られて肌で感じられた三豊市長の文章からひしひしと伝わって来ると思います。是非お読みになってください。

市長のちょっといい話 No.95(H24.6.8)
『要潤 ふるさと三豊に見参!』
http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=8130


なお、前にもこのブログで書いたと思うのですが、三豊市の企画部門は充実していて、ホームページにしても広報誌にしてもハイレベルだなあと感心していました。

その広報紙「広報みとよ」と映像PR「Mのつぼ」が、平成24度全国広報コンクールにおいて、広報紙・市部門で入選、映像部門で2席を獲得と、めでたくダブル受賞を果たされました。

じつはこのことを、すっかりブログに書いたつもりになっていたのですが、朗報を知ったときに頭の中でブログの構想を練っただけで具体化していなかったようです。

遅まきながら今回お伝えしたいと思います。
これも三豊市長の文章をお借りすることにさせていただきますので、こちらの方も是非ともご一読ください。三豊の元気の発信が、要潤さんの一人芝居の成功にも繋がっていると考えますので・・・。

今回は「燃えよ剣」で「燃える三豊」。
しかし、見方によっては「燃える三豊」が「燃えよ剣」の成功を生み出したとも・・・。

市長のちょっといい話 No.94(H24.5.22)
『全国広報ダブル受賞』
http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=8069

ここしばらく、もう真夏かと思わせる日が続きました。6月に入ったのだから当たり前と言われればそれまでですが、歳のせいでしょうかねぇ、正直言って堪えます。

今のところは夜になると涼しくなりますので何とか持ち堪えていますが、近いうちに本格的な夏とともにあの寝苦しい夜がまたやって来るのかと思うと気が重くなりますね。今年の夏は節電が避けられない情勢ですから、熱帯夜が何日も続いたら悲惨ですものね。

熱帯夜明けで寝不足の朝の通勤は苦痛でした。運良く通勤電車で座れたときは、束の間の眠りの続きを味わうことがささやかな幸せでした。しかし、そんなときに限って電車はすぐに下車駅に着いてしまいます。このまま降りずに眠ったまま乗り過ごしたいと何度思ったことでしょうか。

その思いを成就したくて、わざわざ休日に同じような時間帯の電車に乗ったことがありますが、そんなときは不思議なことに眠ることすらなかったです。たとえ眠ったとしても下車駅でパッと目が覚めて、ついに目的を遂げることは出来なかったですね。下車しなければ遅刻してしまうという制約があるからこその幸せだったのですね。制約がないところには、ささやかな幸せは味わえないのかも?と思いました。

学生時代、試験が近付くと本を読みたくなりました。読書家でなかった私は、普段は本に見向きもしないくせに、試験が迫った頃になると決まって教科書以外の本が無性に読みたくなってしまうのです。けれども試験が終わってしまうと、そんなことはすっかり忘れてしまって本から遠ざかった生活に戻ってしまいます。そして、次の試験が近付くと再びむくむくと同じ思いが…(笑)

きっと、現実から逃避したかったのでしょう。読書には、現実から本の世界に逃げ込むという要素があると思います。私に限ったことかもしれませんが、一時期の私には当てはまるのです。

私が定年を待たずに退職したのも、一番には体調のことがありましたが、現実からの逃避とささやかな幸せを期待したこともあったのかもしれません。仕事のしがらみから解き放たれ、時間にも縛られない夢の生活。好きなことが何でもできる自由な時間の連続!魅力的ですものね。

しかし、いざ制約のない生活に足を踏み入れてしまうと、当初こそささやかな幸せが見つかったものの、それが当たり前になってしまうにしたがって、ささやかな幸せを見つけることは難しくなったように感じます。存分に本も読めると考えていましたが、むしろ退職前より読まなくなりました。

負荷を掛けられた方が人間にとって良い結果が生み出されるのかもしれません。制約があるからこそ感じられる喜びがあり、幸せを味わえるということなのかなあと思います。

もっと自由な時間が欲しいとか、様々なしがらみや制約に苦しんでいる方がいらっしゃったら、だからこそ味わえる幸せや喜びもあるんですよと伝えたいなあと思います。

現実から逃避するよりも、立ち向かう気概を持った方が得策のようですよ、と。


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映画監督の新藤兼人さんが5月29日に亡くなられました。満100歳。宗派によって違うと思いますが、仏教だと享年101歳ということになるのでしょうか。

いくら高齢化社会の時代だと言っても、大往生であることは万人が認めるところでしょう。しかも、長年病床に臥せっていて亡くなったのでなく、現役の映画監督として次回作品の制作にも意欲的だったといいますから、まさに燃焼し尽くした素晴らしい人生だったのではないかと思います。

心からご冥福を祈ります。

新藤監督の訃報が伝えられた昨日の夕方、大阪ローカルのテレビ情報番組「関西情報ネットten!」(読売テレビ)という番組で、満91歳になる母親を、大阪の北新地でクラブを経営しながら介護しておられる女性のことが採り上げられておりました。ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、とても感動しました。

寝たきりになってしまった母親の介護を、夜はクラブのママとして働きながら、朝の食事から身の回りの世話まで自宅で毎日欠かさずこなしている姿は神々しくさえ見えました。

老人だからあっさりした食事だと考えがちだがそんなことはない。毎食のメニューは肉類も多用して3~4品以上並べ、体力の維持を図る。私なんかより遥かに充実した食事内容は羨ましくさえ思いました。

料理の品数を揃えるのは大変でしょうと訊かれても、自分が子どもの頃、母親がしてくれたことだからなんでもない、と語る彼女にとっては母親の介護は生き甲斐になっているのでしょう。

クラブ経営との両立は難しいことだと思われますが、かえって気持ちの切り替えが出来るので続けられるのだろうとも言っておられました。

少しですが私にも母親を介護した経験があります。と言っても、仕事との両立は難しくて、母が世話になっていた介護施設に最後の2年間、土日を利用して週に1~2回通い続けて食事の介助をした程度の経験しかありませんからとても偉そうなことは言えません。

しかし、自分の親が壊れていくのを目の当たりにすることは辛いものです。波が寄せては退くように状態は不安定。今日は元気そうで会話も成立したのに、次に行ったときは「あんた誰?」

情けなくて悔しくて気持ちが滅入ることも度々でしたが、次に行くときは若くて元気だった頃の母に戻っているのではないか、との儚い望みを抱いて気持ちを奮い立たせて施設に通いました。

しかし、彼女の場合は毎日毎日へこたれないで仕事と介護を続けておられるのです。頭が下がります。

日付が変わった深夜に帰宅してからも、母親の下の世話をし、会話を楽しむ。調子の悪い日もあって言葉のキャッチボールが成立し難くて気持ちが萎えるときもあると思います。深夜3時4時になってやっと持てる自分の時間に何を思っておられるのだろうかと考えると胸が痛くなってしまいました。

でも、それは彼女に対して失礼なことだと反省しました。彼女は誇りを持って毎日を生きておられるのですから。

91歳で寝たきりというのに母親の食欲は旺盛で栄養も行き渡り肌の艶も良く、床ずれがないのが彼女の誇り。週1回入浴サービスで訪問する看護師さんも、床ずれの気配もないことに驚き絶賛しておられました。

母親の誕生日である5月25日に店をオープンして、今年20周年を迎えたというので、それを祝って多くの常連客が来店して賑わっている様子が映し出されていました。

テレビが入っているからというだけでなく、客層も上品な方ばかりだということが画面から伝わってきました。ママさんが母親を介護しながら経営していることを、客の皆が尊敬している様子が滲み出ていました。

この母娘を見ていて、二人の絆の強さを感じました。彼女にとっては子どもの頃に母親にしてもらったことを返しているだけという自然体で介護をしているように思えます。

もしかしたら介護を受けている母親が偉大だったのではないかと思いました。

この女性の年齢を聞きそびれたのですが、母親が30歳のとき生まれたとしたら既に還暦を過ぎていることになります。母親が100歳を迎えたときには70歳。「老老介護」ということになってしまいます。彼女自身の健康が心配です。失恋して結婚をあきらめてクラブ経営の道を選んだという彼女ですから、万が一介護が必要となった場合、誰が介護してくれるのだろうと他人事ながら心配してしまいます。

他人のことより自分のことを心配しろと言われそうなので、この話はこの辺で打ち切りましょう(笑)

高齢化が進んだ我が国では100歳を超えても珍しくなくなってきました。しかし、いくら「元気な」100歳ではあっても、自立して生活できる人は少数派でしょう。多くの場合、程度の差はあっても周囲のサポートは必要だと考えられますから、今後、ますます「老老介護」のケースが増えることでしょう。

唐突に「子ども叱るな、いつか来た道。年寄り笑うな、いつか行く道」というフレーズが頭に浮かびました。

「老老介護」は「子育て」から始まっているのではないかと思ってしまったということを書きたかったのでしょう、か?わからなくなってきました。

なんか取り留めのない文章になってしまいました。
誰か私の介護をしてくれる人はいませんか?(笑)


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大阪では今日も最高気温がらくらく25℃を超え、夏日となりました。少し早いように思うのですが、そろそろ節電の夏本番を覚悟しなければならないのでしょうか。

暑い季節でもコーヒーはホットで飲むのが私の基本ですが、やっぱり夏にはアイスコーヒーが似合いますね。

現役の頃、朝の出勤時に駅で缶コーヒーを飲むのが私にとってささやかな楽しみでした。

私はいつも改札の手前にある自販機で缶コーヒーを買っていました。

冬の寒い朝は、駅に着く頃には体が冷え切って指先は感覚を失ってしまいます。ホームにも自販機はありますが、熱い缶を右手と左手でパスするうちに徐々に手の感覚が戻ってくるという何とも言えない心地よいプロセスを一刻も早く楽しみたくて、改札に入る前に買っていました。

そしてホームに上がった頃には、ちょうどいいくらいに感覚の戻った指先でプルトップを引く。プシュッと小さな音がして立ち上る微かなコーヒーの香り。口の中に含むと、熱い液体は喉を通って冷え切った私の体にじんわりした温かさを拡げながら胃に落ち着きます。

思わず口から出る「ホッ」、まさに「ホッとコーヒー」(笑)
自然と「さあ今日も頑張るか!」という気持ちになって電車に乗り込むことが出来ました。

暑い夏はその逆で、駅に着く頃にはすっかりオーバーヒートした体をクールダウンする効果は抜群。冷え切った缶を右手と左手でパスして冷たさを満喫。額や首筋に当てると一気に汗が退く感じ。口に含むとほどよい冷たさが口の中に拡がり、喉、そして胃を満たし、体の中から涼しさを与えてくれる。

独りでに口から出る「ホッ」、冷たいコーヒーを飲んでも「ホッとコーヒー」?(笑)

そんなある朝、この温かさや冷たさが、「熱っ!」とか「冷たっ!」と感じるようになります。季節の移ろいを感じる瞬間。私にとって缶コーヒーは、季節感を感じるバロメーターだったようです。

缶コーヒーによって感じる「季節缶」(笑)


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