ささやかな幸せ | キッチンラーメンのブログ

キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに

ここしばらく、もう真夏かと思わせる日が続きました。6月に入ったのだから当たり前と言われればそれまでですが、歳のせいでしょうかねぇ、正直言って堪えます。

今のところは夜になると涼しくなりますので何とか持ち堪えていますが、近いうちに本格的な夏とともにあの寝苦しい夜がまたやって来るのかと思うと気が重くなりますね。今年の夏は節電が避けられない情勢ですから、熱帯夜が何日も続いたら悲惨ですものね。

熱帯夜明けで寝不足の朝の通勤は苦痛でした。運良く通勤電車で座れたときは、束の間の眠りの続きを味わうことがささやかな幸せでした。しかし、そんなときに限って電車はすぐに下車駅に着いてしまいます。このまま降りずに眠ったまま乗り過ごしたいと何度思ったことでしょうか。

その思いを成就したくて、わざわざ休日に同じような時間帯の電車に乗ったことがありますが、そんなときは不思議なことに眠ることすらなかったです。たとえ眠ったとしても下車駅でパッと目が覚めて、ついに目的を遂げることは出来なかったですね。下車しなければ遅刻してしまうという制約があるからこその幸せだったのですね。制約がないところには、ささやかな幸せは味わえないのかも?と思いました。

学生時代、試験が近付くと本を読みたくなりました。読書家でなかった私は、普段は本に見向きもしないくせに、試験が迫った頃になると決まって教科書以外の本が無性に読みたくなってしまうのです。けれども試験が終わってしまうと、そんなことはすっかり忘れてしまって本から遠ざかった生活に戻ってしまいます。そして、次の試験が近付くと再びむくむくと同じ思いが…(笑)

きっと、現実から逃避したかったのでしょう。読書には、現実から本の世界に逃げ込むという要素があると思います。私に限ったことかもしれませんが、一時期の私には当てはまるのです。

私が定年を待たずに退職したのも、一番には体調のことがありましたが、現実からの逃避とささやかな幸せを期待したこともあったのかもしれません。仕事のしがらみから解き放たれ、時間にも縛られない夢の生活。好きなことが何でもできる自由な時間の連続!魅力的ですものね。

しかし、いざ制約のない生活に足を踏み入れてしまうと、当初こそささやかな幸せが見つかったものの、それが当たり前になってしまうにしたがって、ささやかな幸せを見つけることは難しくなったように感じます。存分に本も読めると考えていましたが、むしろ退職前より読まなくなりました。

負荷を掛けられた方が人間にとって良い結果が生み出されるのかもしれません。制約があるからこそ感じられる喜びがあり、幸せを味わえるということなのかなあと思います。

もっと自由な時間が欲しいとか、様々なしがらみや制約に苦しんでいる方がいらっしゃったら、だからこそ味わえる幸せや喜びもあるんですよと伝えたいなあと思います。

現実から逃避するよりも、立ち向かう気概を持った方が得策のようですよ、と。


読者登録してね ペタしてね