くるくるブームがやって来ては去り、忙しい日本なので、どうやらすっごい「スクイーズブーム」の嵐が吹き荒れた時期があった、と言うことは分かったのだが、今はどうなっているのかわからない。

サンタさん現金お引替え券を日本に持って行って、いざ買いましょ、と思ったら、どこにもありませんでした、と言うのが一番怖い。

イタリアで今ブームと言うことは、日本ではとっくに昔話になっている可能性もある。

 

と言うことが一番心配だったのだが、各方面から頂いた情報から、まだ大丈夫、と言うことが分かった。

どこで手に入るかもざっと聞いてみると、色々専門で扱っているお店もあるけれど、まあどこに行ってもあるかも、ダイソーにもあるかも、と言うのも分かった。

 

そして、どうやら竹下通りが「スクイーズの聖地」と言うことも分かってきたのである。

 

だから竹下通りに行こうかと思うんだ、と母に言うと、母も竹下通りに行きたい理由があった。

それで結局「スクイーズ」目的での買い物は、この竹下通り行き一回のみになったのである。

 

が、しかし。

やはりさすがにブームのピークは越えていたらしく、お店を見つけるのに苦労した。

そしてまたグーグル先生にお世話になったのであるが、グーグル先生を持っても見つけにくい。

 

一つは日の短い年末のこと、暗くて分かりにくい。

人が多い。

そして、店が通り沿いじゃない。

 

そう、どのお店も、あの狭い店の間にある階段を上った上階にあったのである。

しかも2階とは限らず、結構上の方まで登った。

アラコキ両親には可哀そうな階段数である。

そしてその雑居ビルの奥の換気の悪い小さな部屋の中に、かごに入ったスクイーズ。

溢れるほどあるのか、と思ったらそうでもない。

が、溢れるほどなくて丁度良いのかもしれない。

 

臭い。

あの強烈な人工的な匂いが、ビニール袋から漏れ出して気分が悪くなりそうである。

ここで店番をしている人は、倒れたりしないのだろうか。

この匂いで倒れたら労災は効かないのだろうか。

かなり健康に悪そうなお店の中に、娘と同年代の子たちがちらほら。

歩けないほど混んでいるわけでもなかった。

 

そんなお店を2軒ほど回った。

 

それで結局「現金引換券」は使ったのかと言うと、ここはバーバとジージが、と言うことで、

ちゃっかりキープ。

 

まあ、こんなことをしてもらえるのも数年に一回のこと。

それも両親の目的だっただろうと思うので、仕方がない、というところである。

 

この先、現金引換券は一体何になるのであろうか。

さて、では娘が何をサンタさんにお願いしたかったのかと言うと、それはどうやら日本が発祥地らしいのである。

と言うことを、いざ、日本で探さないといけない、と言うことで初めて知った。

イタリアのうちの子ぐらいの年頃の子の間ですごく流行っている低反発のおもちゃである。

ぐにゅーーーと握っても元に戻るぬいぐるみ、と言ったらいいんだろうか。

イタリアではスクイースィーと呼んでいるが、日本では「スクイーズ」らしい。

 

アマゾンで買って、と頼まれて2度ほど買った。

一つはスクイーズもどきで、スライムを少し固めた感じで、騙された、と娘は思ったようだ。

もう一つはまさにスクイーズだが、時間と共に周りのコーティングが劣化し、ボロボロと剥げ落ちて捨てた。

 

いずれにせよ、買った時点で、あるいは買う前から、

「こんなん、どぶにお金を捨てるような物」

と大人には存分に思わせる代物である。

それでもそう言うものを買って「ママの言う通りだった、無駄だったな」と思ってもらわないと、「買ってくれなかった」と言う不満がくすぶりそうだ。

言いたいことは、そんなん無駄、ということなので、見るたびに「こんなもの買って」とか「うわ―臭い」と意地悪をするのを、私は忘れない。

いや、本当に臭いのである。人工香料がふんだんに練り込までており、食べ物のような花のような、化学物質過敏症の人が嗅いだら卒倒しそうな匂いを放っている。子供たちは「ああいい匂い」と顔を近づけるのだから、親は心配である。

しかも、数か月のうちに劣化して捨てることになる。それはイタリアで買ったまがい物だから劣化するのが早くて、日本で売っているものは違うかもしれないが、いずれにせよ飽きれば捨てる運命にある。
ドンだけこの地球上にゴミと毒をまき散らして知るのだろうか、と悲しい気分にもさせられる。

それでもまたサンタにこのスクイーズをお願いしたんだそうだ。

 

サンタはこんなもの持ってくるわけがない、と言っても「自分がほしいと思ったものを持ってくるのがサンタ」なのだから、と自分を曲げない頑固な娘である。

 

私は納得していない。

が、とりあえず日本に行く前に、日本の「スクイーズ事情」について調べることにした。

さて、ジーンズの使命を果たした後、もう一度竹下通りに戻った。

すごい人ごみである。

今度は娘のために竹下通りを歩く。

 

なぜ竹下通りなのか、その話をするためにクリスマスまで遡らねばならない。

今小学4年生の娘(日本だと3年生かな)は、未だにサンタクロースを信じている。

日本のように「欧米か!」と嫌がらせのようにサンタを信じている子供に対して「そんなものはいない」とわざわざ教えてくれる大人は皆無、

子供たちは長くその存在を信じて疑わないが、しかし小学校中学年にもなると、いかなるイタリアでも娘のような存在は少数派である。

しかも昨今クリスマス教徒以外のファミリーも増え、クリスマス自体を全く祝うことのない子供たちもいるのでなおさらサンタの存在は怪しい。

 

いつ真実を告げるべきなのだろうか。
真実を告げたらきっと私は楽になる。
が、やはり子供が真実を問いただしてくるまで言わないほうがいいのではないか。

それが、そのままズルズルと大人になっても「サンタはいる」と思い続ける子もいる。いや、いつからか「いる事を信じている」を演じはじめるのである。

私の妹がまさにそれで、高校生になっても「今年はサンタさんに何お願いしよっかな?」と言っている妹にアホ、いつまでそんなこと言っとる、と喝を入れた所、「信じたいんだから信じさせて。夢は大事だし!プレゼントほしいし!」と返された。
はたしてサンタが存在するという夢の為か、プレゼントがほしいという欲の現実の為か、どちらに重点を置いていたのか、すでに25年以上も経った今は謎であるが、夢と現実、相反する二つの事象をうまく同時に存在させ、それから大人になる人もいる、ということだ。

 

娘もなんだか妹のようになりそうな気配をちょっと感じる。

そうなったらこっちも徹底的に演じる、と言うのもありだな、と思う。

ここで面倒になってはお終いだ。
どこまでも演じ続けようではないか。

その作戦はすでに発動している(それは次回お話ししよう)。

 

しかし、去年のクリスマスは、クリスマス当日に日本へ向かう予定にしていた。

なので、25日の朝にプレゼントを開けることで時間を取られたくなかった。

開けて、持って行く持って行かない、で親子げんかするのも目に見えていたし、日本に帰ったらほしいものが山ほどあるはずだった。イタリアも日本も同時期にプレゼントの山をこさえられるほどこちらも余裕がない。

 

なので、25日の朝、サンタ代理が用意したものは「日本で本物のお金に換えられる金券」なのであった。

夢の世界のサンタが現実的な「金券」をプレゼントする。

そうだ、娘よ、少しずつ大人の現実に足を踏み入れるのだ・・・・。

ある有名な農園のオーナーが、どこへ行っても白いシャツ、黒いズボンを履いている。

一体何着持っているの、と言うぐらいトレードマーク的に着ているらしい。

お金なさそうな感じにも見えるし、服装に無頓着な人にも見えるけれど、それが彼なのだ、と妙に印象に残るのである。

 

アニメのキャラだっていつも同じ服を着ている。

ハイジはいつも赤のベストに黄色いシャツ、クララはブルーのワンピース。

そのぐらい定番を着続けたって良いのかもしれない、と現実にアニメキャラみたいな人が居ると思ったりする。

 

うちの夫もあれこれ服を変えるのは「もったいない」と思うらしいが、それでもなんかしらん、彼なりのこだわりがあって、そこがすごく面倒くさい。

いや、こだわりはあってもいい。が、一着しかなかったら、洗濯を担当する私が面倒なのである。

私が彼に内緒に買うと「これ嫌い」と着ないので、うるせぇ奴だ、といつも思っている。

 

去年アウトレットに行ってあちこちの店を歩き回り、ようやく見つけた「好きな形のジーンズ」、セールだったのに1本しか買わなかった。

「おんなじの持っていてもしょうがないし」

と言うのだが、同じでいいからもう一本買っておけばよかった、と後で激しく後悔した。

一本しかないとそればかり着て、洗濯するのも難しい上に、1年後にはボロボロになる。

そして次のジーンズに出会えるまで、アラカン男がボロボロのジーンズで外を歩く羽目になる。えらく見っともない話である。

 

ボロボロになる前に、なんとしてでも自由の身である日本にいる間にジーンズ・ゲット。

それが私の使命であった。

 

だから四捨五入2万円だって大丈夫。

普段だったらあり得ねー、だけど、日本にいるわけだから、とちょっとハイなのね。

問題は、こだわりジーンズ男が良し、と言うかどうかであった。

 

このジーンズを何と言って渡そうか、考えた。

値段を言う。

値段を言わない。

 

言わない方が良いか。

 

でもそれではちょっとでも気に入らないと「着ない」と言うかもしれない。

2万円払ったジーンズに「着ない」と言う選択肢はないですからね。

 

だからはっきり値段、言ってやりました!

だから「いやだ」とは言わなかった。

 

で、結果は。

 

まあ、いいんじゃない。

ジーンズだからな、こんなもんでしょう。

 

さて、Eで始まりNで終わるジーンズ、寿命がどのくらいあるのやら。
値段なりなら嬉しいのですが。

でも3000円でも2万円でもジーンズはジーンズでしょうね、、、長持ちするかどうかに値段がついているわけではなかろう。

 

このジーンズがボロボロになる前に、次のジーンズを探し出さねば。。。

 

 

 

 

正月前である。車で行った私達は駐車にちょっと苦労した。
が、とりあえず何とか駐車できた竹下通りからちょっと離れているけど、今の時期は仕方がないと諦める。

グーグル先生にお尋ねしたら、そのお店は明治通りの向こう側にあるのだった。
と言うことを、竹下通りを歩きはじめて気が付いた。

幸い明治通り側から入って行ったので、すぐに折り返す。

 

目的はEではじまりNで始まるジーンズ屋であった。

なんでも、海外からの観光客がみな買いに行く、と記事で読んだので、夫のお土産に1本買って行こうと思ったのである。

 

西洋人でも色々な体系な人が居ると思う。

特にイタリア人の体形は色々で、割と日本人に近い人もいるかもしれない。

が、うちの夫は残念ながら日本人には絶対にいないタイプ、いたとしても阿部寛ぐらいの長身細長なので、

服をおみやげに買って帰れないのである。

 

一体日本で暮らしている細長いタイプの西洋人達は、どこで服を買っているのであろうか。

上はまだいい、問題はボトムの方なのである。

これがイタリアにいても見つけるのが面倒なので、日本にいたら言わずもがな、である。

 

それが西洋人がこぞって行くジーンズ屋あると聞いたら、行って見よう、と言う気になるものだ。

夫が大好きだけど普段は全然手が出ないレビス(イタリア風に発音すれば)は、イタリアで90ユーロぐらいなので、まあそんなもんかな、

おみやげだからそのぐらい出したるか、と腹を決めていた。

 

お店はとても落ち着いた和をイメージした内装。
思ったほど混んでいない。

1階ではなく2階へどうぞ、と案内され、女性の方に対応していただく。

 

とてもジーンズの型にうるさい夫の為、穴が開いた古いジーンズを持参していたので、それを見せて

「こういう形」

と言うと、セン、と言うシリーズがそれに近い、と見せていただいた。

思っていたほど色の選択肢がない。

娘に見せて聞いてみると、どれもパパ好みじゃない、との返事。

 

困った。

でも年老いた両親も歩かせて、ここに来ようと決めてきたのだから、買わねば。

 

値段を見てまたびっくり。

予算完全オーバー、倍近い。

 

でもここ以外でジーンズを見つけるのは至難の業!

何でジーンズにこだわる?

 

だよね。

 

と頭の中をちらりとかすめるが、たまにはいいでしょう!ともう清水の舞台から飛び降りることにする。

そんな、清水の舞台って程大袈裟じゃないでしょうよ。

 

たかがジーンズですから!

 

心の中で忙しく葛藤していると、

 

もうこれでいいよ、これにしな!と娘に催促されて決断を迫られ、濃い目のブルーにした。

っていうか、それか、黒か、ぐらいの選択肢しかない。

 

本当にここに外国人が皆襲うようにして買いに来るんだろうか?

でも確かに縫製はしっかりした日本製であった。

ということで、私の買い物の目的は自分の予測していない形で果たしたのであった。

 

さて、そのおみやげの結果はいかに?


 


 

竹下通りに行きたかったわけは、二つ。

私の目的と娘の目的のため。

私は別の場所でも良かったのだが、娘の目的がそこにあったので両方がかなう、と言うことで竹下通りに行こう、と言うことになったのである。

それに両親が連れて行きたい、と言う場所も竹下通りそばにあり、全ての人の目的が合致したのであった。

 

私は子供時代、竹下通りそばに住んでいたことがあった。

丁度竹の子族だのなめ猫などが流行っていた時代、あそこの喧騒が聞こえてくる場所に住んでいたので、

その時の思い出を色々思い出しながら原宿を歩く。

昔と変わってないな、変わったな、と感じることが多くある。

もしそれがなかったら、そして子供が小さくなかったら、竹下通りはあまり行こうと思わない場所かもしれない。

 

さてさて、竹下通りに行く前に、竹下通りとは何ぞや、と言うことをちょっと娘に教えるため、

ある外国人の作ったビデオを見せた。私も今何が流行っているのか、一応ざっと予習をした。
娘の為、母の努力。

 

本当は、上記いきさつもあって、前回の帰国も娘を連れて行っているのだが(その時は単に私の母が連れて行きたいと思ったからなのだが)、
その時は全然反応なしで、さっさと帰ってきたが、今回小学3年生になると大変なのである。

ビデオで見た!

あれ欲しい!

あれ食べたい!

 

前に進まない。

 

が、私がほしいものを先に済ませるため、前に進まざるを得ないのであった。

 

そして私がほしかったの物を扱っているお店は竹下通りではなかった。

ということを、現場でグーグル先生が教えてくれた。

 

グーグル先生ありがとう。

グーグル先生が居なかったら、多分諦めいていたと思う。

 

しかしすごい人だ・・・。


 

年末の忙しい時期であった。

新年を迎えるまでの数日間、毎日出かけていたと思う。

ほとんど親にくっついて歩いただけであるが。

例の虫刺されの件で病院、JHという大型ホームセンターに行って、おみやげや子供の文具を買った。

それから回転寿司。

ここは帰国時は毎回行っている。


回転寿司だけでもう満足。イタリアと何と違うこと!

子供は楽しいし、やっぱり大人も大満足。

 

とはいえ、一度にお腹に入れられる量など、たかがしれている。

そして年のせいか、それほど食に関してはガツガツできないので、

「あーあ、あれ何で食べてこなかっただろう」とか「何で買って来なかったのだろう」と後で後悔するのであった。

 

そしてこの回転寿司の翌日は、もう一つ帰国の目標である竹下通りに乗り出したのであった。
そこには果たさなければならない大事な目的があったのであった。

 

まだ続く

お昼はおこわを買ってフードコーナーで食べることにした。

おこわ・・・おこわだけでお店が成り立つのである。すごい。

イタリアはピザしかない。
 

もう一つ驚いたのは、働いていたのが日本人ではないことであった。

いや、実は日本に帰ったらどのくらいの割合で外国人の人が働いている姿を見るかな、とは思っていた。
前回帰った時も結構いたけど、見かけたのは都心だけであったが、我が故郷にもいた!
出身は中国圏とみた。
別に普通の日本人と同じように丁寧な対応であった。
 

何種類かあるおこわを選んでおかずと一緒お弁当箱に詰めてもらう。

会計を済ませてお店を離れ、すぐ裏のフードコーナーに席を取ったところ、さっきの外国人女性が息を切らして走ってきた。

 

「これ忘れ物ですっ!」

 

見るとそれはポイントカードであった。

丁寧にお礼を言って受け取った。

 

こんなところも日本的。

イタリアだったら、

 

「忘れたんなら取に来るだろう」

 

で、お店の人が走って出てきたりはしない。
絶対にこんな風にならない。

 

彼女の国ではどうなのかな。

外国で働くのは大変だろうけど、頑張ってほしい、と思った。

 

検眼をしている間、自由に店内を回っていいよ、と娘に許可を与えた所、

そこがもうどうしていいか分からないぐらいほしいものがいっぱいのフロアーだったのである。

女の子が欲しがりそうな文具やキャラクターものやら、珍しいものがいっぱい。

イタリアでは考えられないほど物があふれているのだった。

 

あれがほしい、これがほしい、興奮状態で、でもおこづかいから良く考えて買ってよ、と言うと、

ものすごい真剣な顔をして、日本に行ったら絶対に買おうと思っていたらしいペンケースをばーばにお願いして買っているのだった。

なるべく自分のおこづかいが減らないようにと、なかなか計算高い作戦なのだけれど、
そうやってばーばに直接甘えるのも3年半ぶりのことなので、なんだかこっちも切ない気持ちにさせられる。

孫の立場でも祖母の立場に立っても、切ない。幸せな時間、とも言いかえられるかもしれない。

でも幸せも匙加減が必要なので、どこで娘にサインを出すのか見計らう必要はあるけれど、その時は何も言わないことにした。

そして、低反発クッション。

イタリアの子供たちがネットで一生懸命探して描いているかわいい動物キャラものや、食べ物の形。

全部欲しい。

全部無理。

一個でも無理。

クッション、邪魔じゃん・・・スーツケースに入れて飛行機に乗ってクッション家に持って帰るなんて、ちょっとさ・・・・うーん。

 

その時は「ダメ」と言ってしまった。

その代りクッションとの記念撮影をした(お店でカメラ使うのはアウトなのかな)。

 

そして写真に残っているから思うのである。

 

一つぐらい無理して買ってあげても良かったかな。

 

今度行くとき、低反発クッションブームはまだ日本で健在だろうか。

 

帰国の翌日、母と娘と一緒に買い物に出かけた。

日本に帰ったら皆買い物が目的だと思う。

きっと2週間買い物三昧になるだろうとは思ったけれど、過ぎてみるとそれでも足りない。

もっとほしい。

でも先立つものがないので2週間でちょうどいいのである。

 

また来たばっかりだから慌てて買わないでも、と思うのだが、ある程度慌てて買い込んだ方が良い、と言うのが何度も経験して思うことだ。

後から「あー、あの時買っていれば!」と毎回思う。

 

さて、帰国したからには日本でしか買えないものを買って帰る、と言うのが大前提であるのだけれど、

メガネはその代表なのであった。


私達平たい顔族の顔にイタリアのメガネは合わない。鼻に乗せるようにかけるので、ズルズル落ちていくのである。

 

それにプラス、メガネ業界に詳しいイタリア人の友人に、日本に行ったら絶対に日本で買ってくるように、と言われた。
顔の作りの問題だけでなく、 品質も値段も日本の方が良いんだそうだ。

品質がいいのでこちらの人もほしがるが、日本のメガネはこちらの人の顔にフィットしない。
それで日本メーカーがパリにお店を持ったらしいが、どうも難しい、と言う話もしてくれた。

さて、前回メガネを作ってからもう10年以上たった。

前回帰国したとき検眼しに行くと、「まだ大丈夫」と言ってもらったのだが、最近老眼が進んでいることもあって、すごく不便なのである。
メガネをかけると遠くは見えるが近くが見えない。外すと遠くはぼやける。近くも見にくい。

 

これは遠近両用を作らんとダメだろう、と言うことで、これがまず日本で買って帰りたいもののリストに一番に乗せていた。

心配したのはちょうど年末年始を挟んでいたことだったが、

それが日本なのである。

 

お正月明けた途端にできた、と連絡が入った。


すごい、やっぱり日本って。
これからもそう言う日本でいてほしい。


こういう経験を久々にすると、海外に戻ると辛くなる、と思っている人がきっと世の中に何万人もいると思う。