男女の仕事の差

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ほとんど主婦だけれども、ちょっと仕事をしている私だが

一言、日々の感想。


個人差はある。

がしかし、男と女では、仕事の仕方が違う、とよく思う。

 

男性は先を見て今を考えるんだろう、と思う。

全体は見えているけど、細部は見えていないかもしれない。


女性は細部はとことん見ているのかもしれないが、

先はあまり見ていない。

 

それゆえ男女では、同じ問題が出た時、出す結論が全然違う。

 

結果は日々の積み重ねだから、

その日「100点」を毎日積み重ねて行ったら、すごい結果がでる、と大概の女性は思う。

 

そう言う努力が必須な仕事ももちろんあるだろう。


でもそれだけではない未来も予測しないといけない仕事もある、と私は思う。

その日「-10点」でも、そのマイナスのお陰で3か月後に「300点」が出るかもしれない。

 

そもそも何がプラスで何がマイナスか、

男女でまた見る目が違う。

だから下手をすると意見が全く食い違う。
だが、特に経営という仕事は、

「損をして得を取る」

度胸が必要だ、と感じている。経営は計算ドリルを毎日こなすのとは違う感性が必要だ。

女性はあまりそういうやり方は得意じゃないかもしれない、と、女性経営者達と付き合っていて思う次第。

女性は損をするのはあまり好きではない。

 

自分は損をする度胸があるのか。

自分に日々問うことの一つ。

 

 

 

 

 

 

 

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もう一度初心に戻りたい

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最近小さなエラーが続いている、と言う気がしている。

私も夫も両方で。

明かに失敗だ、と言うこともあるし、

後々考えてみると、あれはダメだったんじゃないか…と思うこともある。

 

そこで一歩踏みとどまれば済んだことを、

なぜ前に出て足をくじくようなことになっているのか、

一つに慢心、と言うことがあるかもしれない。

 

去年も今年もメディアで取り上げていただくことが多かった。

去年は立て続けに賞を頂いた。

みんながちやほやしてくれるけれど、
実はそれほどの物ではないと自分自身は知っている。

にもかかわらず、そう言う周りの言葉に踊らされている自分がいるのではないだろうか。

 

そんな時小さなミスが、大きな傷口になる可能性に気が付いて、

ハッとする。

 

自分たちはそんなものじゃないんだ、
こんなことで、消し飛んでしまうほど小さな存在なんだ、本気で気を引き締めるべきなんだ、と。

 

そこまで分かれば、今、自分はどうしたらいいのか、はっきりしている。

 

初心に帰ろう。

もう一度、しっかり足固めをしていくことを意識しようと思う。

 

自分がどこにいて自分が何をしているのか、

それをタイトルやニックネームであらわすのを止めた。

 

なるべく自分の素を見つめて、前に進んでいこうと思う。

 

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書くと言うことは

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何かを書くという行為は、

もしかして自分の知らないところで誰かを傷つけているかもしれない、と、

いつも心に置いている。

気を付けていてもやっぱり傷つけてしまっているかもしれない。

悪口や批判をするのは言わずもがな。

でも、怖いのは、良かれ、と思ってやったことが、誰かのマイナスになってしまうかもしれないこと。

 

そういう事もあるな。

大いにある。


そう思い始めると、

思考も止まり、

何を書いていいかちょっと分からない状態。

 

食べた物を載せる位が丁度いいのかな。

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年齢と人間の成熟度

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段々年を重ねて50に近くなり、

色々な人と話をし、

その人を見、

言葉の下に見えるその人の背景や生い立ちや、
そういうところまで感じられるようになってきて、

人間の成熟度と言うのは年齢ではないんだな、
と思うようになった。

 

そういう事が見えるようになったことは、年を重ね経験を積んできたお陰ではあるんだけれど。

はたして自分自身は大人になっているんだろうか。

成熟する方向に言っているのかな。

 

大いなる疑問です。

 

自分の欠点を見つめるべきだし、

足りないところ、行き過ぎているところ、
何処をどう変えればいいのか、

日々見直して行きたいと思います。

 

まだまだ修行が足りない、と思う今日この頃。

アラフィフになってもまだなお足りない。

若い時にまさか50でまだそんなことを考えているとは思わなかった、大いなる誤算・・・。

 

我が家のバレンタイン。

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イタリアのバレンタインデーは、

男性から女性へ、の流れなので、

当然私が夫からもうらうわけですが、

ここ数年、毎年バレンタインデーの朝になると、

 

「プレゼントもサプライズも、レストランに連れて行くこともできず、甲斐性のない夫でごめん」

 

と、謝られて終わる。

 

よし、いつかやってもらうからな!ニヤ

 

助け合い

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我が家を回ってくれる宅配会社はいくつかあって、

うちにとっては欠かせない。

仕事も生活も彼らに頼っている。

 

ここを回ってくるのは面倒だろうと思うので、

余計にそれなりに気を使う。

 

気持ち的には、

「我々の従業員」

と言うつもりで接している。

 

本人たちはどう思っているか知らんが。

 

Sと言う会社の担当の男の子が、カワイイ。

10代だったら絶対に好きになるタイプ、でもアラフィフになった今は、カワイイ止まり。

 

この間、青い顔して具合悪そう来て、

薬を飲むから紙コップちょうだい、と言うので、渡した。

 

小包を見ると、B社のシール。

どうやらB社から送られてきた小包を、S社の彼が持ってきたらしい。

 

宅配会社はお互いに助け合っているのである。

 

それともあたしに会うためにそうしたのかしら?具合が悪いのに??

 

昨日はそのB社のトラックが来た。

B社経由で送られてきた15kgパックのドックフードを持ってきたのである。

そして、

「G社経由で引き取りあるでしょ、持って行きますよ」

と言う。

SとBだけでなく、BとGも相互協力し合っているのか。

 

お互い協力し合うって大事だよね。時間の節約、ガソリンの節約にもなる。

ってか、日本だったら絶対にアウトだから。

いや、イタリアでもダメだろう・・・・

 

私は間違いなく荷物が届いてくれれば、いいです。

でもこれ、間違いがあったら誰が責任取るんですかね。 

みなさん、本社にばれないように、間違いなく、慎重にお願いします。

それは誰が金を出すのじゃ。

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先日、隣町の市議員をやっている友人が、紙を一枚持ってきた。

先日6市合同の会議があって、全市のワイナリーが集まっていたのに、

私達が居なかったから、ということである。

 

声かかってないけど。
どうやら忘れ去れたらしい。

 

内容は、全市にある博物館・美術館が協力し合い、

この近辺の地質と生産物との関係を研究し、

研究家や学者も協力し、

ワイナリーもレストランもB&Bも賛同し、
小中学校の教育機関もプログラムに加わり、

地域を活性化させる、

壮大な計画、

 

なんだそうである。

 

なんか凄い。

 

なので、各ワイナリーは、ワイナリーの資料を出せ、

と言うことでした。

ということらしい、と夫に報告すると、

そんなのダメだ、という。

なんで、別にいいじゃない、地域が活性化するなら。

 

いや、違う、誰が金を出すか、と言う話さ、どうせ誰も出さないから。

だからこの計画は途中で挫折する。

 

えー、だって、市で集めて会議やったんでしょ、市が出すんでしょ、そんなの。

 

と思ったら、後日その市議員の友人に、

「誰が出資するのか」

と聞いたら、うやむやな返事しかできなかったらしい。

 

春の選挙に向けて、票集めのため、市民の耳触りの良いプログラムを作った、と言うのが夫の予測。

 

そんなもの?なんだかイタリアらしい話だな。

 

とりあえず、資料は出しますが、

どうこの話が終着するか、こうご期待。

我が家はカーニバルへの情熱度が非常に低い家庭で、

私はイタリアに嫁いで11年も経つというのに、

カーニバルの知識は、毎年薄皮一枚ぐらい増えるぐらいで、

ほとんど良く分からない。

 

ヴェネチアや他の割と熱心な街と比べると、我が街が、かなり情熱度が低いせいもある。

それでも一応、パレードはやる。

かなりしょぼいパレードである。

中心は学校で、クラスごとの山車が出る。

山車を引くのはトラクターで、それもまたしょぼい。

 

クラスによって毎年テーマを決める。

どの年が何だったか忘れたけど、M&Mチョコ、消防士、あと何だっけ。

 

今年は道路標識になった。

 

子供たちは黒い上下を着て、前後同じデザインの道路標識を付けて、

トラクターの引く山車に乗り、紙ふぶきを巻く。

 

私も家族の色に染まって、カーニバルに全然情熱がないけれど、

その道路標識を製作する事に参加できなかったことに引け目を感じていた。

全て人任せであった。
 

なおかつ、街に出ないのもあって、他の父兄と全然話をしなかったから、

状況が全然わからない。

 

これはやはり何か「かたじけない、皆様に感謝」を形に表そう、と、

パレード当日に、巻寿司を作って持って行くことにした。

 

こういう時、妙に日本人を発揮したくなる。

そんなことしても誰も喜ばないし、感心しないぜ、と分かっていても、

自己満足、に終わるかもしれない、と知っていても、
やらないと気が済まない。

実際行って見て話を聞けば、

クラスの父兄のうち、製作に関わっていたのは5人程度、

後は私と同じ、蚊帳の外だった。

 

やりたい奴がやればいいのである。

出来なかったからと言って、

「あそこのお宅、何考えているのかしら。こういう行事はみんなで協力し合わないと」

などと、責められたりしないのである。

 

やっぱり、そんなことだ。

あー、よくやってくれたね、ありがとね。

みんなブラーボ!

と言っておれば全然OK。


それを大量の寿司を持って行って、本当にバカバカしい。

腐っても日本人の自分なのであった。