そして迎えた大晦日。大晦日は妹たち家族がやってきた。

うちの子がラッキーだったのは、同じ年頃の従兄弟がいることだと思う。

特に一番下の子はうちの子と学年が一緒で、小さい時からなぜかとても気が合う。言葉は大して通じていなさそうだけど。

 

妹たちは私達が日本に来ないでいた間に増えた家族ワンコも連れてきたので、以前に増して騒がしさ倍増していた。

年末最後にイーオンに出かけ(何しに行ったか忘れた)、母が天ぷらを揚げてそばを食べ、

紅白をいい加減に見て普通に寝た。


私の計画では除夜の鐘を突きに行こうと思っていたのだが、実は生まれてこの方除夜の鐘を突きに行ったことがない。

妹はあるそうだが、全然乗り気でない。

寒いし、眠いし。

今考えるとあまり体調が良くなかったのかもしれない。

子供たちもさっさと寝巻に着替えてしまい、寒いところを私も無理して行くことないか、と思った。

久々の両親と妹とで過ごす大晦日、子供たち一緒は初めてのことで、みんなで一緒にいる時間があれば、それで十分かもしれない。

一応娘には、遠くにかすかに聞こえる鐘の音に聞き耳をたてさせた。

 

娘としてはお寺に行く気満々だったのだが。

 

 

大晦日までカウントダウン。

両親はあれもこれも孫のためにしたいと思うらしく、間違いなくいつもとは違うハードなスケジュールに付き合ってくれようとしていた。

そんなにしなくていいのに、と言う気持ちと、それをむげに断ることもできないし、

私も滅多にこれない日本を娘に存分に味あわせたいという気持ちで複雑である。

 

温泉に連れて行く、と言うのは、いつも母の願いなのであったが、

前回は私と娘の二人で近くの銭湯に行った。銭湯と言っても結構楽しめる場所なので、また今回もそれで十分と思ったのだが、

街のど真ん中にあるので、それよりももうちょっと温泉らしい場所、と言うことで車で30分ほど西に向かう。

 

そこは子供がさらに小さかった頃、一度訪れているのだが、まだオシメが取れていなかった。

行って見てオシメの子はダメと分かり、記念撮影だけして帰ってきた。

やはり寒い冬だった。

 

今回はもちろん問題なく入ることができた。私も初めて訪れたのだが、お湯はよいかもしれない。

ただ、山の中で寒い。

持病持ちの母にはきつかったかもしれない。そもそも長湯ができないので、無理して付き合ったのではないかと思う。

寒い、裸、体を洗ったらもう出ましょ、の日本の温泉は、意外と海外のスパと比べて楽しめる時間が短い。

マッサージとかしてもらったら違うのかも。

 

それにそもまた、ここにも外国人がいてびっくり。インドとかそのあたりの女性が二人お湯を楽しんでいた。
日本も本当に色々変わってきた。

お湯につかっている時間は程々に、出てから食事も予約してくれていた。

大人は松花弁当、子供は子供メニュー。
日本にいたらそんなでもなー、と言う感じかもしれないが、日本ならではな感じがやっぱり嬉しい。

白玉ぜんざいもうれしいが、子供には不評。

そしてこの日もやはりビールが飲めないのであった。


そしてお給仕にしてくれた女の子が、またインターナショナルな女の子なのである。

両親も私も驚いたり、それをとやかく言ったりしなかったし、それが今は普通の日本なんだ、と改めて思った。

うちの子は日本人にも肌の色の濃い人が居るんだ、イタリアと同じだな、と思ったようである。

 

 

心配した新しい年号は、思ったより良かったんではないだろうか。

少なくともみんなが心配していた最悪なものではなくてよかった。

最悪の名前だったらキッパリ年号と決別して生きて行こう、と思っていたのだが、

「私は昭和、平成、令和を生きた」と言っても良いかな、と思える。

 

「令」の字が気になる人が多いらしい。令嬢の令ではなく、実は命令の令なんじゃなかろうか、と思う人も少なくないらしいが、

それは心して否定して「令は’よい’の意味」と思って過ごす方が良いと思う。

 

が、こちらイタリアのネット配信を見ていると「令とは命令のこと」と書いている記事が出回っている。

困ったことに、きっとなまじ日本語ができるイタリア人が書いているに違いないが、そこに深く文化を知るということの難しさを見るのである。

ちょっと日本語ができたら命令の令でいいが、令には他の意味もあるかもしれない、と思ってもいないのだろう。

誰かがその記事を訂正してくれることを期待する。

 

しかし一度正式に記事として出てしまうと、たとえ日本人が「それ違います」と言っても誰も聞く耳持たないのである。

コメントで「違う」と言ってもそれはほとんどの人の目に留まらない。

「なるほど、それが日本の伝統ですね」

とか、

「興味深い」

とそれ一色のコメントになる。

 

同じようなことが先日他の場所でも起こっていた。

その人は日本に住む某イタリア人であったが、春分と節分を間違えて紹介していた。

なんと春分に「鬼は外、福は内!」と言っているので、それはさすがに私も黙っていられない気分で見ていた。

 

だが、それには私より前に気が付いたイタリア人が「え?春分じゃないですか?」と指摘する人が居た。

それに対して、彼はこう答えた。

「確かに、だが、節分とは季節を分けることを意味するので、同じことだ」

そらあんた、いくらなんでも乱暴な。

確かに節分は季節を分ける日を言うが、正確には立春、立夏、立秋、立冬の前日のことなので、言い訳しても間違っている。

そこまで詳しくなくても良いにしても、「鬼は外福は内」は是非節分に口にし、イタリア人的にソラマメを春の味覚として味わうのはよろしいが、ついでに牡丹餅も食べてほしい、と思った。

 

結局その投稿は、間違いを正した数人のコメントをかき消す勢いで、他の日本のことなどほとんど知らない普通のイタリア人に、

「伝統、素晴らしい!」とか「面白いですね!」と言った内容のコメントと、イイネ!を多数獲得して終わった。

 

日本人としてはなんだかなー、と思ったが、イタリア人が節分と春分が分からなくても大したことではないな、と忘れることにした。

 

そしてもう一歩踏み込んで言えば、そいうことが起こるということは、逆に日本人が勘違いしたイタリアについての記事も一杯で回っているということだ。

私もきっとそう言うことをやってしまっているかもしれない。

あとから何年もたって「それって実はそう言う意味だったんだ」と気が付くこともあるのだから。

 

そして再度思う。違う文化を深く知る、と言うのはそう簡単ではないのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒空をなるべく歩かないように、私の為ではなく、病持ちの母のために。

んが、結局寒空に放り出されてしまって、慌てた。

まず父に電話をかける。戻ってきて、と頼む。

道路の反対側に行く。

何処、と聞かれて母が答えるが、父が「分からん!」と怒っているのが聞こえる。

「ちょっと代わって!」

と私に代わるよう促す。

が、どこって言ったら分かるんだろう?

こういうの意外と難しいわ。車で走りながらだと歩道橋に書いてある住所とか分からんものね。

でもとりあえずその住所を読み上げ、アップルのお店があるその反対側!と答える。

 

電話を切る。

 

待っている間どうしようか?

どこかのお店に避難するか。

しかし、自分たちが立っている場所にあるお店がまた高級そうなブランドの服(どこのブランドか忘れた)で、

とってもじゃないが「ちょっと寒いんで中にいさせてください」と頼めるような感じではない。

しかも8時過ぎ。

そもそも閉まってるのか?電気は点いているけど。いやー参った。

ここで母が具合悪くなったらどうしよう、と思っているうちに車が止まった。

やれやれ。

 

そして美味しいお店で買うはずだったこの店の味噌は手に入れられずに終わり、また無事に実家に戻って行った。

 

あと原宿でやったことを2点書き忘れた。

 

一つは竹下通りで、飴だのグミだの色々売っているお店に行ったこと。

店員の女の子がピンクのウィッグを付けていた。

そこは3年前にも来た。

そこの玉羊羹が美味しいのでお勧め。

それと、スヌーピーの帽子を買わされた。

耳に空気を送ると耳が立つ。

これがイタリアに帰ってきてからすごく受けて、子供が学校に行くのにかぶって行った。

学校用に買ったのではなく、ただの遊びに買わされた、と思っていたので、実用に役に立ってくれた良かった。

 

そんなところ。

 

 

 

食事が終わったのはかれこれ7時半回っていただろうか。

これから最後のお店に行きましょ、そこでおいしいもの買って帰ろう、と言うので、

え、まだ開いてるの?とびっくりした。

イタリアだったら多分閉まっている。

いや、スーパーだったら8時ぐらいまで空いてるかもしれない。

だからこの時間で開いているのもありかな?

 

大丈夫、そこ結構遅くまで開いてるから。

この間ももう閉まっているだろうと思って行ったら開いていたのよ、と母。

 

いや、でもこのままいくとお店に着くころには8時になるぞ、とちょっと心配。

でもまあ、開いていなかったらまた今度でいいわけだから。

私のまた今度は何年後になるか分からないけれども。

 

予定ではすぐ裏に駐車できるはずだったのだが、年末で混んでいたので、南の国の中華料理屋さんからかなり離れたところに駐車をしていた。その美味しいお店は、駐車場のさらに先になる。

母は持病持ちで寒空の下を歩けない。私達も歩きたくない。

父が駐車上まで行って車をとってきて、私達はレストランで車に乗って美味しい物を売っているお店で下してもらい、

父は別の所で待つ、と言う作戦で行くことにした。

父は嫌がりもせず車を取に行く。優しい父である。

 

ということで、それから女3人はまたもや待合で車が来るまでちょっと待った。

やはり8時過ぎてしまっていたと思う。

 

本当に大丈夫だろうか。

でもまあ、考えないで行こう。

 

車に乗ってお店まではあっという間、夜なので車も混んでいなかった。

さっと止まって私達を降ろすと、さっと車は走りだした。

お店はメイン通りからちょっとだけ奥に入っているので、運転席からは確認できなかったのだろうが、

 

し、閉まっているでないかーー!店の中が真っ暗である。

 

「あー、ちょっと待って!パパ、待って!」

 

私が走って車を止めようとする。

 

「ジージ、ジージ―!!!」

 

娘が走って後ろを追う。

 

あと20メートル、車までたどり着く、と言うところで、運転手は私達気付くことなく、車は走りだした。

 

かくして我々は都心の冬、冷たい風吹く夜空の下に放り出されたのであった。

 

 

 

 

 

南の国の中華料理店に久々に行って、気持ちがいいなぁ !と思ったのはサービス。

席に通される時も心地よいし、やはり買い物がてら来ることを想定しているからだろうか、

各席に、荷物置き場が結構しっかり用意してくれている。

そして、そこに多分食べ物の汚れが付かないように、か、カバンやコートの雑然とした様子を隠す意味なのか、
椅子や床と同系色の布をかけてくれる。

 

こんな気遣い、みたことある、イタリアの皆さん?

早速写真にとってイタリアに送った。

かなり腰を抜かして驚いている返信が送られてきた。

そうりゃそうでしょー。

 

周りを見ると円卓を囲んでいるご家族連れが結構いる。

が、そちらはコースを頼んだり、北京ダッグを食べたりしている人たちである。

我が家は一人1皿、炒飯や麺類を頼んだ。

私の記憶通り、具だくさんのおいしい一皿である。

お値段が記憶にあったように「すごく高い」感じではない。

若い時の都会の一人暮らしだったら、一品にこの値段は確かに高いかもしれない。

 

いずれにせよ、ここは両親が払うので、太っ腹な私である。

 

実はイタリアでの中国のイメージがすこぶる悪いので、良い雰囲気の中華レストランをうちの娘に味あわせたい、と言うのが秘かにあった。

日本に帰ったついでに中華街まで足を運べたら、と思っていたが、

時間的に難しそうだったので、それも味あわせてあげることができて、大満足である。
 

さて、これで一日のスケジュールが終わったのか、と思いきや、まだあるのである。

 

最後のスケジュールはどうなるか?

 

まだ続く。

 

 

両親が、特に母が私達を連れて行きたがっていたのは、表参道にある某中華料理屋のことだった。

そこで食事をしたい、と言っていたので、やはり綿菓子は止めて良かったと思う。

 

もうかれこれ20年前、まだ都内で会社勤めをしていた頃、ちょくちょく来ていたお店である。

個人的にではない、仕事でである。

一人で来るお店ではないし、恋人同士でもちょっとロマンチックさには欠ける。

オシャレ、ではなく、高級中華、の雰囲気だと思う。家族連れが一番いいかもしれない。

母はちょっと他にはないその雰囲気を私達に味あわせたい、と思ったらしい。

が、私が実はすでに知っていることは、知らなかった。

でももちろん、滅多に来ない場所だし、20年も前の話で、喜んでついて行った。

 

私が来ていたのは本館ではなく隣の迎賓館の方であった。

なんだかその頃の思い出がいろいろと思い出された。

でも本館の方もなぜか知っている。

思い出すことも沢山だが、忘れたことも沢山あるらしい。

 

とにかくボリュームある麺類が、本館メニューで一番記憶に残っている。

 

さて、いざ入って見ると、かなり広いスペースであるが、待合が混んでいる。

年末だからだろうか。

 

娘は一体どこに入ったのか分からない。まさかレストランの待合だとは思っていなかったと思う。

レストランではなく、ホテルのラウンジの雰囲気である。

ただし、お持ちかえり点心の入った冷凍庫がおいてあるのが、ちょっと特殊である。
家が近ければ持って帰りたい、と一瞬思ったがすぐ諦めた。
 

これは待つのかな、と思ったら結構早く順が回ってきて無事に着席で来たのであった。

 

つづく。

 

さて、虹色の綿菓子以外に何が流行っていたのだろうか。

実は食べ物には関心が行っていなかったので、下調べはしていなかったが、しかし行列ができている店は目立つので、

「これが今のはやりか!」

と言うのは分かる。

 

一軒なんだかすごい行列の店に、ふ―――と魅かれて覗いてみた。

行列が、ではなく、匂いに魅かれてと言うのが正しい。

堪らない良い匂いなのである。

母が、

「買ってみようか」

とすすすっと、行列を無視してお店の中に入って行った。

 

あれあれあれ。


焦ったけれど、すでに先頭近くまで言って自然と列の中に入り込んでいる。

お店の外まで続く行列に、彼女は全く気が付いていないのである。
そして、実に自然に行列の中に溶け込んでしまって、誰も「このばばあ、横入りして」と言う態度に出たり顔に出したりする人もいない。

誰の反感も買わぬ見事な横入りに、娘の私以下他の家族は、口をあんぐり開けて何も言えずに待つことになった。

そしてものの5分もしないうちに、紙袋にアツアツのその良い匂いのお菓子を買って母が出てきた。

「なんかわからないけどね、前の人が言っているのを真似して、私もなんとかを3つ、って言って買ってきたわ。」


ところが、一度口にしたけど、なんとなーくしか記憶に残らなくて、二度と同じ名前を言うことができないのだった。

ということで、我々はその流行りものが何というか分からないまま、アツアツでカリカリで、中にカスタードクリームがとろりとは言ったそのお菓子を頂いた。

 

これは人気が出るわけだわ。
大変、美味しゅうございました。

そしてその流行り菓子は、あとで竹下通りの復習をしていたら「クロカンシュー」と言うことが分かった。

と言うことで、母は、
「クロカンシュー3つ」

と言ったらしかったのだった。

横入りの件は、年のせいでもなく、昔からそう言う人なので、いまさら反省の促しようがない、と娘の私から見ると思う。

きっと母の徳だと思う。
なんだか久々に母らしい様子を見た気がし、私だけでなく、誰にもまねできない、と思うのであった。
 


 

 

私が原宿の近隣に住んでいた80年代は、まだ竹の子族と言う言葉が現役で、なめ猫グッズが売られていた。

流行りの食べ物と言えばクレープ。

その後に原宿ドック、と言うのも登場した。筒状のワッフル地のチーズが入っている。チーズっておいしいんだ、と思った最初の食べ物かも知れない。よく母が生協でおやつに買ってくれた。

なぜ原宿ドックなのか、多分、原宿で流行らしていたからだと思うが、原宿で食べた記憶はない。

 

さて、今はと言うと、クレープは今も現役なのである。不思議なことに消えていない。

原宿ドックは知らない。あるんだろうか?

 

でも今も、何か流行りものを食べさせるらしい。

きっと私が知らない間にこの通りで、新しいものが生まれては消えて行ったのに違いない。

 

娘に竹下通りとは何ぞや、と言うことを予習させてるために見せた某外国人コメディアンのビデオには、

虹色の綿菓子が写っていた。

 

それを見つけてしまった。

当然娘は食べたがる。

 

がしかし。

でかい。

 

そんなん食べたら夕飯、入らないから!

 

しかも綿菓子って、ただの砂糖ですからね。

健康に悪そ。

 

しかし、あとになってから考えるのである。

あの行列に並んで、自分の顔よりも大きい虹色の綿菓子を食べる。

顔と指を飴でべたべたにする。

写真を撮る。

人に見せびらかす。

「もー夕飯はいらない!お腹いっぱい!」

と親を困らせる。あるいは食べきれずに結局捨てて、

「全くお金を捨てるようなことを!」
と怒られる。

それはまた思い出になったんだろう、と。


自分は残酷にもその機会を奪ってしまった。

また竹下通りに行ってもあの虹色の綿菓子には二度と会えないかもしれない。

いや、きっとブームは去っている・・・・。

ひどい親だ・・・・。

 

夕飯よりも綿菓子を取るべきだった。
 

・・・か?

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3年前に帰った時も原宿は外国人が多いな、と思ったけれど、
今回もやはり多い、と言う印象である。

中でもイタリア人の声ははっきり聞き取れる。

声が大きいのもあるけれど、もちろん聞きなれているのもある。

 

向こうから2メートルもありそうな大男が歩いてきた。

それだけでも目立つので目は行くのだが、大声でイタリア語を話しているので、

娘が反応した。

 

「イタリア人だ!」

 

・・・と、都会だったらイタリア人探しをするのも楽しいかもしれない。

私の知人も六本木や銀座で働いているので、結構見つかると思う。