2020年、やはりこのことが一番のネックか、という感じである。

 

発送業務のことである。

 

ここのところ、年末の混乱が激しい。

以前は12月中旬に出しても無事に日本についていたが、去年は10日に出して年明け、今年は11月26日に出してまだ着かない。

 

まだ着かない。

 

ちょっと待てである。あと1週間でもう2か月たってしまうではないか!

 

先週火曜日郵便局から税関に電話してもらったところ11日に日本に向けて発ったとのことだった。11月26日に出して翌年の1月11日に国を出る。ありえないけど、とりあえず出たのだから良い、としよう。ところが、それっきり日本についた気配がない。

 

あーあ、これがなんとも一番のストレスである。

こういうことがたまりにたまって帯状疱疹だとか、そういう病気になるのだと思う。

明けましておめでとうございます。

いやいや、色々なことがあるものだ。

全部語るのには重すぎるので、一つだけ話すことにする。

 

数日前に自分が帯状疱疹であることに気が付いた。

色々話を聞いていたので、ぴんと来て、気が付いてから二日後に医者にかかった。

今薬を飲んで治療中。

だるさは抜けたけど、痛みはまだ進行中である。

 

ということで、今年もすでに盛沢山の予想。

新天皇皇后ご即位の様子、そして昨日のパレードの様子は海外に住んでいる私にも届いている。
私もまた、雅子皇后さまの笑顔がとても素敵だと思った一人である。
パレード中に流された涙も、山の頂上から景色を見ている人の涙なのだろうと、想像した。
山とは社会の頂点と言う意味ではなく、人生の山のことである。
景色が開け、裾野を見、ここまで来たんだ、と言う感慨ではないだろうか、と言う私の勝手な想像。

いや、多分そんなに違っていないに違いない。多くの人が共感しているのも、安堵しているのも、きっとそこだから。
良かったですね、色々あったでしょうけれど・・・と特に多くの女性は思っている。
もちろん自分の人生とは重ねられない。そもそもどんな人とも自分の人生は重ねられない。
でもそれぞれの人生の中で辛い時期がある。そしてその大変さを越えた人の笑顔と涙なのではないだろうか。
そしてこれからまた新たな山登りが始まるのだろうと思う。

生き続ける限り全ての人がそうであるように。

これからの両陛下のご活躍をお祈りしたいと思う。

少しだけ生活に余裕が持てるようになった。

と言うことが一つ。

結婚して10年以上たって、ほとんど自分のために服を買わなかったのだが、やはり10年も経つと捨てなければならない服も出てきて、

そろそろ買い足しも必要になってきた。

ベーシックなものは消耗必需品なので、その分は捨てたら足す。それ以外の服は、せっかくなら自分らしい、そして長く着られる服を沢山いらないから、良く吟味して足していくことにした。したい。しよう。
で、何が着たいんだろう、私は?
私は何になりたいんだろうか?

 

いつの間にか時間がたってしまい、

去年の暮れから今年の年始にかけて日本に行って帰ってきた話はずいぶん前のことになってしまった。

で、もう思い出すのもおっくうになってしまっているので、書くのはやめる。

写真の整理もしていない。

こんなことをしているうちにどんどん時間が過ぎ、人生の残り時間も減って行く。

 

去年散々書いた「電話番号をどうしても間違える人」は、今年もぶっとんでいて私達の頭を悩ましてくれている。

やっとのことで、私と夫の電話番号の区別はできるようなったのかなー(要は登録の名前を変えればいいだけなのだが、どうやらそれを彼は出来ないらしい)、と思ったら、つい最近、一度夫の電話にかかってきたとき、うっかり私が出てしまった。
夫が話をしたかったけど電話を置いてどこかに行ってしまった、とか、そんな状況だった気がする。
電話の向こうの人はまた自分が間違えたのか、と大慌てだったので、
「ちがうちがう、これでいいの、ただ彼はここにいないから、またしばらくしてかけて」
と言ったのだが、彼はそれから今度はまた私の電話を鳴らすようになってしまった。もちろん私は出ない。

しかし、何をそんなに彼を惑わすことがあるのだろうか。

何度言っても覚えない、支持が届かないので、夫はとうとう彼を会わなければならない前日、熱を出すようになってしまった。
それはストレスですぞ、と言うと、本人はそんなことはない、と言い張る。
私はストレスだと思う。

それはともかく。「電話の彼」ではわかりにくいので、仮に「るうちゃん」と呼ぶことにしよう。
そしてなぜるうちゃんは、なぜ覚えないのか、と言う謎に迫ってみたい。

夫が気が付いたことには、るうちゃんはメモを取る習慣がない。というか、書いているところを見たことがない、と言う。
今どきペンと紙は古臭いので、電話にメモを取ったりしてもいいが、それもないんだそうである。

最近思うのだが、メモを取る、と言うのは人の記憶と結構直結しているので、メモは取ったほうがいい。
私は古い人間だからかもしれないが、スマホにメモするより手と紙を使って、体を動かして書いたほうがいいと思う。

ということで、私はるうちゃんの「メモ取らないっぷり」を知ってから、よりメモを取るようになった次第である。
 

 

元旦のうちにもう一つしたことがある。

近隣のスーパーで魚を見に行った。

恐ろしい数の魚、きれいにパックされた刺身、寿司。

 

皆お正月用に買っていくのだろうか。元旦当日に。

 

私の子供の時とは大違い。でも確かに魚は鮮度が良いほうが良い程いいけれども。

 

とてつもない数なので、思わず沢山写真に撮った。

それをイタリアの家族と友人にすぐに送って見せた。

この写真が何といっても帰ってきてから「すごい」と一番言われた。

そんなことをしている私の様子を母が、

「まるで外国人ね」

と言っていたが、本当にそうだと思う。

外国人の目で日本を見ると、写真の内容がだいぶ変わってくると思う。

 

日本に帰る前から見たい見たいと思っていた映画があった。

「ボヘミアン・ラプソディ」。

特にクイーンのファンでもなかったが、映画がヒットしたことで、実はよく耳てし聞いていたこと、

好きだな、と思っていた曲も結構あることに初めて気が付いた。

 

特に驚いたのは、「Who want  to love forever」が彼らの曲だったことを知ったことだった。

クラッシックをちょっとアレンジして歌っているのだとばかり思っていたのである。

 

イタリアで見ることもできたが、近隣の映画館がパイプいすの映画館であるので、

日本で見たほうが全然いい、と思って待った。

 

正月に妹を誘ったのであるが、めんどくさそーであった。

結局正月は諦めざるを得なかった。

彼女が帰った後、なんとか時間を作れないか、と思ったが、時間切れ。

 

残念である。

 

おうちシアターで見るしかなさそうである。

 

私達が子供の時は、もっと古典的なお正月の遊びをしたものだ。

凧揚げや羽根つきも普通にやっていた。カルタもあった。まるでサザエさんである。

福笑いもやった気がする。

今はどれもやらないが、アプリで写真を加工するのが、これが結構大笑いである。

 

 

紙で切り取った顔のパーツを並べる福笑いと違って記録として残っているので、お正月が終わってもまたネットで見せ合ってまた大笑いした。

もちろん家族内だけで。

 

まさに今の時代の福笑いかもしれない。

 

夕飯の後はまた父がおかしな空手パフォーマンスを子供たちの前でやって大笑い。

 

良く笑った元旦だった。

良いお正月だった。

ずっと子供の時から実家にいた時はほとんどそうだったように、出かけることもなく除夜の鐘も初詣もないまま、元旦になり、

そしてこれは毎年私が過ごしたのと同じように、父親から子供たちへの一言が、今回は祖父から孫への一言となった違いはあったにせよ、

それが終わると親から子供へのお年玉の儀式があって、皆床に座って手をついて挨拶をし、

お屠蘇を子供たちにもなめさせ、おせちを食べて、と、一通りのお正月していることを何十年もやってきたようにやった。

 

私は久々であり、妹たちはいつもの流れであり、両親もまたそうであるが、うちの子だけがきっと初めて見るような気分で見ていたに違いない。

 

さて初詣はどこに行くかということで、近隣の山の上の神社でいいよ、人ごみなんて見たくないし、と言うことになり、

天気もいいし、両親は残し子供たちと妹と出かけることにした。

 

そこに行くまでの道が好きで、小さい時から良く家族で出かけた。

遊具がいくつかあって、逆上がりの練習に来ていたのもここだった。

なのに神社の名前を知らない。両親も私達もずっと「山の上の神社」と呼んでいた。
そうだ、ネットがあるのだから調べてみよう、と言う気になって初めて今、名前を知った。

そして結構歴史がある神社であることも知ってびっくりである。

 

子供の時はもっとうらぶれた感じがしたが、徐々に整備されていき、ちゃんと守っている人が居るのだな、と思っていたのだけども。

 

その日はそんなことは知らず、何も考えずにいつものようにお参りをした。
そしていつもほとんどの日がそうであるように、私達の前に参拝者がいたような気もするが、いなかったかもしれない。
私達の後には誰も訪れる人もなく、静かでとても穏やかな初詣だった。

 

年は明けて2019年早朝、竹下通りで車が暴走し、被害者が出たようである。

今はそういう事をテロ、と言うみたいだが、政治的な意味はないからテロではなくてやはり通り魔だと思う。

区別は難しいかもしれない。

 

ほんの数日前いた場所で車を使った通り魔が起こった。多分年越しに行ったとしても、車が暴走した朝方にはいないと思うから、

被害にあったとは思えないが、年明け早々ということもあり、やっぱりぞっとする事件だった。