徐々に仕事が順調にいってそれなりに売り上げも伸びているのに、出ていくものが多くて、結局年間の収入は少なくなっている。
にもかかわらず日本に出かけて散財したので、今後の生活はかなり閉めて行かないといけない。


結婚して苦しい時期も通過しているので、物を捨てられなくなっている。まだ使えるかもしれない、まだ大丈夫、と捨てないでしつこく使う。

その中に、寝るときに着るタンクトップがある。もちろんコットンである。冬場寝間着の下に着ている。

別にこだわったわけではないがユニクロ製が多い。ユニクロのコットンは持ちが良い。とはいえ、最初は昼間着てそれから寝間着になって、もしかしたら20年近く着ているのかもしれない。とうとう胸のところに穴が開いてしまった。

それでも「見えるわけでもないし、見せるわけでもない」とまだ着ていた。

だが日本に帰った時に思い切って新調することにした。それでまたユニクロである。

店員に「コットン製のタンクトップはありますか」と聞くと、なんと今の時期はヒートテックかエアリズムだけだそうだ。年間通して売れそうなの物なのに、冬場はひっこめてしまうらしい。多分ユニクロの最近の戦略なんだろうが、海外から帰ってきた人間にはすごく不便である。

 

が、仕方がない。
しまむら(ひらがなで書くらしい、と今気が付いた)に行くとコットン製のタンクトップは見つかった。色展開は少なく、紺しかなかったが構わないのでそれを買った。

家に帰ってきて穴の開いたユニクロのタンクトップをしばらく眺めていたが、やはり捨てることにした。この苦しいご時世にまだ着れるタンクトップを捨ててしまう。何という贅沢を。多少後悔があるのでこんな風にブログに書いている。


捨てたというのはゴミ袋に入れただけなので、切って雑巾代わりに掃除に使って、それからサヨナラしようとは思っている。

日本に行ったらパジャマを買おう、と思っていた。

安いし面白いと勧められたシマムラで探してみたが、デザインはまあまあ、お値段は良いとして素材がポリエステルなので買うのをやめた。寝る時はコットンではないと寝汗をかく。下着もコットンがいい。靴下もなるべくコットンが多いほうが良い、とそこはこだわっている。子供はそれはどうでもいい、と言っている。若いから平気なんだと思う。
シマムラの入っているスーパーの別のパジャマ売り場を見たら、コットン製があった。だが高い。良い寝間着が高いのは知っているが、デザインも好きではないし、今までそういう類は買ったことがない。今回もやはり気持ちが動かなかった。

 

それでやっぱりユニクロに行った。そしたらちょうどいい感じのものが見つかった。ルームウェアであってパジャマとしては売っていないらしいが、十分パジャマになる。

女性物のコーナーだけ見たので、夫のは買わなかった。今思うと買っても良かったかもしれない。

娘が一人行動をしていた時に探しに行ったので、娘には私が選んだ。どれもパステルカラー調の優しい色ばかり。娘の好みにピッタリくるものがない。が、紺のボーダー柄ならいいかもしれない、と思ってそれにした。自分にはグレーのパンツ、上が水色にした。今考えると、黄色とグレーの組み合わせでも良かったのかもしれない。と言うのも、彼女がその後その色の組み合わせの傘を買っていたから。十代の子の好みを推し量るのは難しい。

ボーダー柄のルームウエアを見て彼女が笑って一言、「お父さんのと同じだ」と。そういえば、去年夫に買ったのも同じ色柄のパジャマだった。

夕方ビデオ通話で夫に見せると「俺のと同じだ」と、娘と夫は二人でケラケラ笑っていた。
 

そういえば、私の服もボーダー柄が多い。実家の母に「なんでボーダーばっかりなの?」と笑われたばかりなのに、またボーダーを買ってしまった。たまたま、と思っているのだが自分で自覚していないだけで、ボーダーに取りつかれているのかもしれない。
 

 

 

海外から日本に帰国した人は、ユニクロに一度は足を運ぶのではないだろうか。
他の地域は知らないが、ヨーロッパはユニクロのお値段が高めなのである。特にヒートテックが冬に欠かせないと思っている人は行くのではないかと思う。

と言うことで、ここではヒートテックの話に限定して話す。
 

かくいう私もユニクロでヒートテックを買う気持ちはあったが、帰国中ずっと迷ってしまった。と言うのも、値段は安いものの、子供と夫には日本規格のヒートテックは袖が短い。ヨーロッパで買ったほうがぴったりと合っている。逆に私には長すぎるので、なるべくならヨーロッパ規格は買いたくない。子供に日本で買っていこうか、何色が欲しい?と聞くと「いらない」と返ってきた。親が思っているほど魅力を感じていないらしいが、あったほうが良い、と私は思う。安さを狙うか、ジャストサイズを狙うか。自分の分は絶対買わないと困るというほどではないので、無理して買なくてもいいかもしれない。

というのも、ヒートテックばっかり買うのも飽きた、と言う気もしている。それで試しにシマムラの似たような商品を私に一枚、子供に一枚買った。寒くはないが薄いのが気になるので、やっぱりヒートテックかなぁ、と思っているうちに帰国日になってしまった。

多分空港で買えるだろう、と思っていたのだが、早く空港に着いたにもかかわらず、意外にも時間がなくて全くユニクロを探している暇もなく搭乗してしまった。

 

結局自分用に極暖でオレンジを一枚買ったきりで、子供と夫の分は買わなかった。オレンジは自分の好きな色で、毎年出る色ではないだろうから、買っておこうと思ったけれど、自分の遊び心をくすぐる物より子供と夫の分のほうが必要だったのに、とちょっと後悔が残った。

 

さてこちらに帰ってきてから、サイトを見て夫と子供用のヒートテックがまだあるか調べてみた。ところが、すでに売り切れ。それは毎年のことなので、仕方がない。ヨーロッパは在庫が少ないのだろう、と思い、日本のサイトに行くとこちらも売り切れ。

どうやら毎年同じものを売る分、早く売り切れ御礼の札を掲げて来年に備える戦略は、日本でも同じらしい。

どうやらヒートテックは秋まで待たないと手に入らなそうだ。秋になったら夫の分と子供の分を購入するかまた迷っていると思う。

4年ぶりに日本に帰った。色々やったことはあったけれども、結婚して以来なかなか進まない自分の部屋の整理を少しだけやった。国際結婚して海外にでてしまうと、自分の持ち物をまるまる持って出ていくことはできなくて、なんとなく20年近い月日が流れてしまっている。とはいえ、いつか親がいなくなれば、当然すべて整理しなくてはいけなくなるのだから、今から始められるならやっていたほうが良いに違いない。


まず、辞書を少し整理した。受験時代に大事に使っていたので思入れはあるが、辞書は時代と共に古くなるから甥っ子達も使わないし、そもそも今はすべて電子で済ませるだろう。とはいえ、捨てたのは一部。でもいずれ全部処分することになると思う。
あと20年前に栄養士学校で使っていた教科書もすべて処分した。甥っ子が栄養士になりたいそうだが、これもまた情報が古ければ役に立たない。

 

次に楽譜。これは妹と一緒に整理した。ちょうどコロナが始まる直前に買った電子ピアノを弾き始めたので、楽譜はなるべくこちらに持って帰りたかったが、いかんせん重い。今回持ってきたのは4,5冊、いずれ持って帰るもの、いらない物、に分けて、捨てられるものは捨ててきた。楽譜と言うのはお金をかけて買うものなので、弾かないな、と言う曲でも捨てるのはちょっと躊躇するが、三分の一ぐらいの量に減った。

 

次に手紙。誰だか思い出せない人の手紙はすでに捨てていて、なかった。みんな懐かしい人からの手紙ばかりだった。その中に、一人捨てようかどうしようか迷う手紙の束があった。

それはあるベルギー人からの手紙で、オーストラリアでたまたまツアーの中で出会った人物である。先生をやっていたらしく、世界中を旅するのが趣味だったらしい。私が日本に帰った時も日本にやってきてうちに泊まったこともある。その彼がまめに絵葉書を世界中から送ってくれた。だが、残念なことにヨーロッパ人によくあるミミズ文字で全く読めないので、もらっても読まないで脇に置いておいた。
ミミズ文字に少し慣れた今、頑張って読もうとしてもかなり億劫なので、手紙の最後の部分だけ見ると、次の再会を心から楽しみにしている、と毎回毎回書いている。文字通りに読むと、そんなに私に会いたかったのだろうか、と言うことになる。もしかして私に気が合ったのに、気が付かないまま過ぎてしまったのだろうか。

随分私が鈍かったことになるが、もしそうだったとはいえ、過去の話なので捨ててしまおう、と思って、ふと思いとどまった。

例えば、彼がすでに亡くなっていて、妹や姉が「兄が世界中に発送した絵葉書をもとに旅日記をまとめたいと思う」と申し出あがったら?読めないが前半部分は旅であったことが記されているはずだ。

そんなこともあるかもしれない、と思って、とりあえず束にしてしまってきた。多分そんなことを手紙の整理をするたびにやっている。次回は多分処分すると思う。

最後に日記。

中学生の時、生活の記録と言うのを書かされて提出させられていた。そこには生活の記録ではなくイラストが一杯書いてあった。結構上手かったんだな、と思ったけど、ちょうど書いた時と同じ年頃の娘に見せて捨てることにした。娘以外見せたい人が思いつかないので、もうこの日記の役目は終わったと思う。

次に大学生時代の日記が出てきた。ちらほら読んで見ると、ある男の子のことが書いてある。同級生か、私が浪人していたから一つ下だったかもしれない。誘われて出かけたり、食事をしたりしていたらしい。全く好きではなかったけれど、嫌いにもなれず、当時のモヤモヤした気持ちがつづられていた。そのうちその子の恋話の相談になっている。つまりのところ、相手も私にはその気がなかったのに、なぜか食事に行こうと誘っていたことになる。もちろん友人以上の関係にはならず、お互いに付き合う人が出来て遊びに行くこともなくなった。
当時の彼の気持ちを考えてみると、結局人恋しかったということだろうな、と結論付けた。
多分、あのベルキー人も、会いたい会いたいと書いていたけれども、ただ単に人恋しかっただけなんだろう。

とりあえず、この日記は人に見せられるものでもないし、そんなに思い出したい話でもないので、捨ててきた。

結局年をとっても早々過去のことを振り返ってばかりいられない。過去のすべてが私自身を構成していること間違いないが、どちらかと言うと物も思い出も、整理整頓してすっきりしていく方向にベクトルを向けたほうが良さそうだ。

夫は7年前、慢性リンパ性白血病と診断された。

長らく進行していなかったが、先日の検査で変化を見た。3月に再検査をすることになった。

夫は最近インフルエンザを患ったせいだろうと言っている。そうは思えない。そうならいいけど、違う気がする。

 

来る時が来たんだろうか。考えてみたら7年もほぼ変化がなかったのだから、それだけでも有難いと思わなければ。

だけれど、この7年間原因不明の熱、肺炎、何度も体調を崩してほとんど動けない日があった。あれはやっぱり病気のせいだった。進行していなくてあの状態なのだから、この先どうなるのだろうか。

いずれにせよ、腹はくくらないと、と言い聞かせる。

我が家にはオスメス2匹の犬がいる。兄妹なのでカップルにするわけにはいかない。だからメス犬の発情期は要注意だ。
幸い、逆にオス犬がここにるせいか、近所のオス犬たちがやってくることがない。
近所の犬は皆放し飼いなので、どこかに発情したメスが入れば嗅ぎつけてやってくるはずなのだが。

オスメス放して置いている様子を見た近所の人が、こんなことをして犬を苦しめるのは良くない、と言った。さっさとオスもメスも避妊手術をするべきだ、と言う。

確かに子犬を産ませないと雌犬は子宮や乳がんになったりするのは何度も経験しているから、それなら避妊手術をしたほうが良い、と言うのは分からないでもないし、オスも男である限りでメスを求めて歩きまわるし、けんかはするし、男である故の病気リスクもある。でも逆に去勢した時のリスクもある。いずれにせよ、避妊手術をして一番メリットがあるのは人間だと思う。
だから、避妊手術をする理由を「愛を貫けなくて苦しむのは可哀そう」というのは、犬を人間に寄せてみた勝手な人間の想像でしかない気がする。本人(犬?)に聞いてみないと、結局本当のところは分からない。

自分が何だかしんどいと、人生の先輩たちはいったいどうやってやり過ごしてきたんだろうか、と思う。

もしまだ祖母がいたら祖母に聞いたかもしれない。おばあちゃんはどうしていたの?と。
今思い出すと、祖母は辛くても愚痴をこぼさなかった。少なくとも孫の私には言わなかった。

 

母は50代、まさに私の年に大病を患い、それ以降その病と共に生きてきた。

その辛さを考えると、やはり辛いとも不安ともいうことは少なく、なるべく言わないようにしているように見える。
 

母に電話をし、本当に凄いね、えらいよね、どうして不安を口にしないでいられるの?と聞いた。

答えからは母の気持ちの処理方法は全部はわからないけれど、もうちょっと落ち着かなければ、と言い聞かせるきっかけはもらえる。

そんな母がいなくなったら電話で話もできない、と思うと、また何とも言えない寂しさ、よりどころのなさを感じて、心細い。

まさか20代の時、将来50のおばさんになってますます将来に不安を覚えるなんて、思ってもいなかった。

 

5月ぐらいに締め直してもらったインプラントが再び緩み始めた。

前日までヨガもしてとても調子が良いし、歯磨きもきちんとして「頑張ろう」と言う気持ちでいたのに、
次の日は歯茎がちょっと腫れ始め、歯の間に何かが詰まったような感じがする。首も凝ってきた。

これはまた始まりかもしれない、と思い、インプラントをちょっと押すと、数ミリ動く。

 

すぐに電話、予約は月曜日になった。

 

このインプラントの緩みは、一生続くのだろうか。この先どうなるのだろう。

 

 

 

 

ヨガを毎日朝5分から15分ほど続けてみたところ、ちょっとずつ体重が落ち始めた。
結婚式には間に合わなくてコルセットでしっかり締め付けかろうじてドレスに肉片を押し込んだけれども、顔のむくみ、足のむくみが徐々になくなって、ほぼ元の体重に戻った。

特に前から困っていたアルコールを飲むたびに1週間近くむくみが続き体重も1キロから2キロ増えていたのだが、それがなくなった。アルコールを飲むのはもうおしまいなんだ、私の人生にお酒はなくなった、と嘆いていたのだが、そこから脱出できた。もちろん以前よりかなり量は少ない。それでも今まで飲めていたものが飲めなくなってしまったのは寂しかったので、本当に良かった。
世の中には下戸の人も沢山いて、別に楽し暮らしているのだから、お酒が飲めなことなど本当はどうと言うことないのに、そんな小さなことが気を沈ませていたんだと思う。

ヨガは続けようと思う。
 

友人には慰めてもらえるけど、解決策は自分で見つけないといけないので、解決策を見つけようという気にさせてもらったことが有難い。

さあ、どうしたらいい?

まず自分の問題が更年期障害と全く関係ないとは言えない、と言う点に目をつぶることを止めた。

後ろ向きの思考、根拠のない不安、浅い呼吸、そして体重の増加。

実は去年あたりから体重がどんどん増えてしまい、止まらない。

食べ方は全然変わっていないし、食欲に変化が出ているわけでもない。
時々歯の問題でものすごい不安に襲われて数日食を受け付けなくなることがあって、その時に少し元に戻る。
それがなかったら10㎏ぐらい簡単に増えていたかもしれない。
これだけは不幸中の幸い。

でもこれはもしかして更年期のせいではないのか?

ちょうど一か月後に友人の結婚式があって、どうやっても手持ちのドレスを着なくてはいけなかった。

ダイエットもかねて気休めでも、とヨガを始めることにした。