4年ぶりに日本に帰った。色々やったことはあったけれども、結婚して以来なかなか進まない自分の部屋の整理を少しだけやった。国際結婚して海外にでてしまうと、自分の持ち物をまるまる持って出ていくことはできなくて、なんとなく20年近い月日が流れてしまっている。とはいえ、いつか親がいなくなれば、当然すべて整理しなくてはいけなくなるのだから、今から始められるならやっていたほうが良いに違いない。
まず、辞書を少し整理した。受験時代に大事に使っていたので思入れはあるが、辞書は時代と共に古くなるから甥っ子達も使わないし、そもそも今はすべて電子で済ませるだろう。とはいえ、捨てたのは一部。でもいずれ全部処分することになると思う。
あと20年前に栄養士学校で使っていた教科書もすべて処分した。甥っ子が栄養士になりたいそうだが、これもまた情報が古ければ役に立たない。
次に楽譜。これは妹と一緒に整理した。ちょうどコロナが始まる直前に買った電子ピアノを弾き始めたので、楽譜はなるべくこちらに持って帰りたかったが、いかんせん重い。今回持ってきたのは4,5冊、いずれ持って帰るもの、いらない物、に分けて、捨てられるものは捨ててきた。楽譜と言うのはお金をかけて買うものなので、弾かないな、と言う曲でも捨てるのはちょっと躊躇するが、三分の一ぐらいの量に減った。
次に手紙。誰だか思い出せない人の手紙はすでに捨てていて、なかった。みんな懐かしい人からの手紙ばかりだった。その中に、一人捨てようかどうしようか迷う手紙の束があった。
それはあるベルギー人からの手紙で、オーストラリアでたまたまツアーの中で出会った人物である。先生をやっていたらしく、世界中を旅するのが趣味だったらしい。私が日本に帰った時も日本にやってきてうちに泊まったこともある。その彼がまめに絵葉書を世界中から送ってくれた。だが、残念なことにヨーロッパ人によくあるミミズ文字で全く読めないので、もらっても読まないで脇に置いておいた。
ミミズ文字に少し慣れた今、頑張って読もうとしてもかなり億劫なので、手紙の最後の部分だけ見ると、次の再会を心から楽しみにしている、と毎回毎回書いている。文字通りに読むと、そんなに私に会いたかったのだろうか、と言うことになる。もしかして私に気が合ったのに、気が付かないまま過ぎてしまったのだろうか。
随分私が鈍かったことになるが、もしそうだったとはいえ、過去の話なので捨ててしまおう、と思って、ふと思いとどまった。
例えば、彼がすでに亡くなっていて、妹や姉が「兄が世界中に発送した絵葉書をもとに旅日記をまとめたいと思う」と申し出あがったら?読めないが前半部分は旅であったことが記されているはずだ。
そんなこともあるかもしれない、と思って、とりあえず束にしてしまってきた。多分そんなことを手紙の整理をするたびにやっている。次回は多分処分すると思う。
最後に日記。
中学生の時、生活の記録と言うのを書かされて提出させられていた。そこには生活の記録ではなくイラストが一杯書いてあった。結構上手かったんだな、と思ったけど、ちょうど書いた時と同じ年頃の娘に見せて捨てることにした。娘以外見せたい人が思いつかないので、もうこの日記の役目は終わったと思う。
次に大学生時代の日記が出てきた。ちらほら読んで見ると、ある男の子のことが書いてある。同級生か、私が浪人していたから一つ下だったかもしれない。誘われて出かけたり、食事をしたりしていたらしい。全く好きではなかったけれど、嫌いにもなれず、当時のモヤモヤした気持ちがつづられていた。そのうちその子の恋話の相談になっている。つまりのところ、相手も私にはその気がなかったのに、なぜか食事に行こうと誘っていたことになる。もちろん友人以上の関係にはならず、お互いに付き合う人が出来て遊びに行くこともなくなった。
当時の彼の気持ちを考えてみると、結局人恋しかったということだろうな、と結論付けた。
多分、あのベルキー人も、会いたい会いたいと書いていたけれども、ただ単に人恋しかっただけなんだろう。
とりあえず、この日記は人に見せられるものでもないし、そんなに思い出したい話でもないので、捨ててきた。
結局年をとっても早々過去のことを振り返ってばかりいられない。過去のすべてが私自身を構成していること間違いないが、どちらかと言うと物も思い出も、整理整頓してすっきりしていく方向にベクトルを向けたほうが良さそうだ。