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まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,553号)
 

○神戸新聞に武庫川女子大学の三宅正弘先生。56歳の先生は、これまで携帯電話やスマホを持ったことがない「アナログ教授」である。あまつさえ腕時計も着けない。

 

○パソコンはある。コロナ禍でリモート講義をする必要があり、その時にネット回線を引いた。時計はそこらじゅうにあるし、電話は公衆を使う。みんながテレカを譲ってくれる。情報は街を歩いて集める。分からんことは人に聞いたり講演会に行って仕入れる。情報収集には手間とコストがかかるが、むしろ「AIが全盛になっても生き残れるかも知れない」と言う。

 

○足を使って見に行き、聞き、調べる。これはもう「考現学」だ。今和次郎が見聞きしたものは、今も貴重な資料である。

 

○落語作家のくまざわあかねさんは、一か月間「昭和十年」生活をした。そのドキュメントは『落語的生活ことはじめ』(平凡社)で読める。大層面白い。

 

○元新聞記者の稲垣えみ子さんは、年中節約生活だ。なんと家電ゼロ。冷蔵庫もない。炊飯器も電子レンジもないので、すべての調理をコンロでする。

 

○アナログ教授は、AIで書いたであろう論文をAIに評価させて遊んでいる。おもろい。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,552号)

○「衣食住」という。落語「寿限無」では「食う寝るところに住むところ」という。或いは「衣食足りて礼節を知る」ともいう。

 

○礼節は礼儀と節度の事で、食物だけでなく着る物も整っていなければならない。私は裸族ではないので、服を着る。今は寒いので、有難みを感じる。

 

○問題は「足りて」だ。何を以て足るのか。そも何故「足す」が「足」なんだ。「手」ではいけないのか。

 

○閑話休題。寒さと風雨が凌げるだけであれば千林商店街に並んでいる吊るしの服でいいし、スタイルを言うのであればユニクロでイケる。一方で、同じ型のコートでも7千円のものと20万円がある。

 

○事程左様にモノゴトは二極化し、20万のマダムはもっと高いコートが欲しい。衣食住のトリプルで贅沢すれば年収1千万でも足りない。前川裕の『アトロシティー』では水道を止められた母子が餓死する。ライフラインでは水が最後に止まる。

 

○なので本当に必要なものは「衣食住」ではなく「火水金」ではないか。調理し、水分補給し、幾許かの金銭でユニクロに行く。私にも礼儀と節度が無くなりつつある。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,551号)
 

○拙宅に「福助工業株式会社」製の大判の日めくりが掛かっている。日付が大書されてあり、周囲に仏滅や大安などの「六曜」や旧暦、その他の様々な暦が載っている。

 

○そして格言というか名言なども載る。例えば元旦は「その日その日が一年中の最善の日である」というアメリカの思想家エマソンの言葉。「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる」に近いか。

 

○正月二日は「将来を思い煩うな。現在為すべきことを為せ」というスイスの哲学者アミエルの言葉。今できる事を考え、行動しながら新たな可能性を創り出す「エフェクチュエーション」に近いか。

 

○三日は「次に来る旅人のために泉を清く保て」というジンギスカンの言葉。風呂の掃除は怠るな、と読んだ。四日は「青春の辞書には失敗というような言葉はない」イギリスの小説家リットンの言葉。確かナポレオンの辞書には「不可能」という言葉がない。

 

○六日はディズレーリの「成功の秘訣は断固とした決意にある」。そんなことはアンタに言われなくても分かっておる。素直じゃないねぇ、屈ッ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

 

「神戸ニニンガ日誌」(第3,550号)
 

あ 明けましておめでとうございます
け 血気盛んな歳ではないのでお正月
ま までワァワァ言うことはないです
し 仕方がないのでまぁお屠蘇を飲ん
て でお節料理をつまむのですがこれ
お を三が日で繰り返していると疲れ
め 目になるのは詰まらない正月番組
で でそうなるのだと思うが仕方ない
と とこれも毎年思うことだがやはり
う 午年も思ってしまったよそれから
ご ゴマメをかじりながら年賀状など
ざ ざっと目を通すのだが枚数は少な
い いなぁと思うがこちらも都合50
ま 枚しか出してないので仕方ないで
す すがまぁ今年もよろしく頼みます

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

 

「神戸ニニンガ日誌」(第3,549号)

 【金曜日は過去の号を再録します】

○小銭入れに471円入っている。硬貨には「日本国」と書いてある。もう少しセキュリティしないと、どこかの国がその内「目本国」や「日木国」と刻印した硬貨を出すと困る。

 

○百円玉のひとつは平成十年だ。38歳の私は何をしていたのだろう。次は平成19年。その2年前から広報職に就いたが、何もかも手探りであった。そして平成四年。3年後に阪神・淡路大震災やサリン事件 が起こることなど知らずにノホホんとしていた。

 

○そして昭和49年。中2の私は人生で最悪の暗黒時代だったと思う。中学時分の記憶はもうあまり無い。

 

○五十円玉が平成2年で10円玉のひとつは平成3年だった。30歳になったとき、その年齢がもの凄くショックであった。40の時はそうでもなく、50の時はショックだった。

 

○もうひとつの10円玉は平成15年。21世紀になって私もピークだったのかも。1円玉は昭和47年で6年生だ。

 

○銀行は金のあるところに貸して、無いところには貸さない。道理だ。俺が銀行だったらたぶん同じ事をする。カネはカネのあるところに集まる習性がある。類は友を呼ぶという法則だ。

 

○その段で云うと小銭を数え、ラジオで紅白聞きながらプラモデルを作る親父は来年も確実に小庶民であろう。(2014年12月27日号) 

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,548号)
 

○街行く人の服が黒い。老若男女皆な黒い。よく見りや黒服ばかりじやないか。一体これはどうしたことか。猫も杓子も犬もお玉も黒服だ。私のズボンは白だがおパンツは黒の日もある。これはインナーなので対象外だ。何? お前は腹が黒いって? ほっといてくれ、屈ッ。

 

○黒服と言えば水商売や喪中を連想するが、そこには夜の闇に溶け込む必要や、故人を悼む心中を現わすという目的がある。

 

○街行く人の黒服化は、コロナで外せなくなったマスクと同様に匿名性を高める心理が働いた結果のドレスコードではないか。「その他大勢」主義の時代か。

 

○白服や柄物では食べこぼし汚れが目立つので、社会の高齢化と共に黒服が選択されているという可能性もある。

 

○阪急梅田本店前にはホワイトクリスマスの演出が為されているが、その下を黒装束の集団がせかせかと通り過ぎるのである。そのコントラストには何の美観もない。

 

○1980年代には黒服の若者を「カラス族」と呼んだ。「考現学」の今和次郎であればどのように分類し、どのように名付けたか。

 

○黒服ファーストの日本黒服党を設立すればある程度いくのではないか。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,547号)

○振り返れば10月31日は雨だった。「全国的に雨の降るところが多い」という天候で、「昼間も肌寒く感じられ」、あまつさえ「雷を伴った強い雨に注意が必要」であった。

 

○例年渋谷の交差点には仮装大賞の人達が殺到して飲酒や騒音、ごみの問題などでエラいことになる。渋谷区が「禁止だよ!迷惑ハロウィーン」と呼びかけ、昨年あたりから「逆にダサい」という風潮も生まれた。今年は雨天でなくともパニくることはなかったのかも。

 

○そして聖夜の今夜も予報では「西〜東日本では雷を伴った激しい雨が降る」でしょう、と言う。

 

○今朝の朝日新聞「天声人語」は、子供は正直だとし、【神社へ初詣に行った3歳の越川まひろさん。大きな声で「またサンタさんが来てくれますように!」】と紹介した。

 

○このような状況で日本の神々、特に風神様や雷神様は「怒るで、しかし!」(by横山やすし)と言って、耶蘇の祭典日を荒天にするのである。

 

○しかし、山下達郎は「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」と予報し、ホワイトクリスマスに希望を持たせるのである。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,546号)
 

○ラジオ「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」は、昭和53年から平成元年まで日曜深夜に放送されていた。リスナーは「ぬかる民」と呼ばれ、結束を見せた。スポンサーの「千房」に裏メニュー「ぬかるみ焼き」が登場し、今もある。

 

○笑福亭鶴瓶と新野新がごそごそ喋る。新野新は尾木ママ登場の遥か以前からオネエ言葉だった。今年9月、新野新が亡くなった。

 

○先日「鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」が生放送。本放送終了から36年経過。当時は葉書よりも封筒で長文のメッセージが大量に届いた。新世界ツアーという集まりを呼びかけたら1万人近くが来てパニックになった。

 

○当時の「ぬかる民」に生電話をした。帯広の女性リスナーで、当時はラジカセで周波数を合わせながら大阪からの弱い電波を北海道で聞いていたという。合間に当時掛けていた「生活の柄」(高田渡)や「ぽつん」(とんぼちゃん)を選曲。

 

○山本浩之は、関テレを辞めてフリーになったのは、かつて「隠れぬかる民」で、自分もラジオをやりたかったから、と10月の「ぴかッとモーニング」で語る。「鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」放送数時間後、上柳昌彦は「あさぼらけ」で、自分も「ぬかるみの世界」リスナーだったことを語った。


ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,545号)

○向田邦子『無名仮名人名簿』(文春文庫)。昭和35年刊の『明解国語辞典改訂65版』を「めくっているとあきない」という。

 

○「恋女房」と「小芋」が並び「手文庫」と「出臍」、「左派」と「鯖」。「恋愛」と「廉価」では「恋もお手軽になってきている」と感じる。その他「ハネムウン」と「はねまわる」、「結婚」と「血痕」ではよからぬことを連想してしまう。

 

○拙宅にも『新明解国語辞典』があるが、見当たらないので『広辞林』をみた。なかなか面白い。「国旗⇔骨気」、「羽衣⇔破婚」、「チャーシュー⇔チャージ」、「入院⇔ニューイングランド」など。

 

○私が先日受けた「生検」の隣は「性決定」だ。性を同定すること。見てないが「同定」の横は「童貞」かな。「執筆」の隣は「湿布」だ。パソコン肩というか六十肩というか、肩凝りがあって、先日も両肩に温シップを張った。

 

○今年の漢字「熊」の横は隈取の「隈」だ。歌舞伎で使う独特の化粧法が隈取だ。「熊」が「隈取」するとパンダになる。『広辞林』で「パンダ」を引くと、隣は「ハンター」だった。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,544号)
 【金曜日は過去の号を再録します】

 

○「【おばんです!青森】のお時間です。33年前の昨日、凶弾に倒れたジョン・レノンをイタコの口寄せによって降臨させようとここ恐山に来ております」

 

○「ご案内とイタコの通訳をしてくださる、五所川原さんです。おばんです!」「はいス」「五所川原さんのご職業は」「なにやワスのしゴてサきくけ。まァこんたら、キよードスかタっちャら」

 

○「本日は、郷土史家の五所川原さんと恐山に来ています。あれがイタコさんでしょうか」「イタコでネぇ。あレはヒロコだ」「イタコのヒロコさんにレノンを降ろしていただきましょう」

 

○「ヒロコなー、こんだレノンさ寄せロテ」「アイー」「ヒロコ、レノンぐリゃちョペっとハ知ッとるナ。33年前にダコタで撃っちゃレてスんだずーとルびの毛唐」

 

○「あなたはレノンさん ですか」「アイー」「33年前を覚えていますか」「ソれタゴダちゅうとこへオったてまルけエると、オろーチゅうテがっパかちゃクちゃストる間にドンとさレたしワシのずーとルびモもうやメっパってなしテか」

 

○「五所川原さん、何て?」「33年前に、おったってまルでダコタハウスにけエたトコで撃たれ、ズぶんも ビートルズもモうダメだなと感ずマシタのダヨ」

 

○「では先日来日されたポールさんに一言お願いします」「え。」「ポールに」「なニガさ」「ポールです」「あァ、ワしがサポール買うの、よぉワかるナ」「いや、そのポールじゃなくて」「あァ、きらきらポールけ。ソリャもう要ランて」

 

○「……これで恐山からの中継を終わります。バカ」(2013年12月9日号)

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。