海兵隊員AEGISの凸凹軍功記( ̄∀ ̄) -35ページ目

海兵隊員AEGISの凸凹軍功記( ̄∀ ̄)

萌えと燃えとミリタリーが好きなaegisのなんかようわからん奮闘記。
BF4の発売を控え、興奮しつつBF3の戦場を駆け巡る。
題名とは裏腹にロシア陸軍に配属されることが多い模様。
三流以下の同人系小説やイラストを気まぐれで上げたりして。
エロは至高だ!!ヾ(@゜▽゜@)ノ

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本文はここから



友達が増えました。(///0///)
若い人は小学生、最高で40~50代ぐらいの方々です。
みんなガンダムかマクロスかアニメかボカロかラノベでつながってます。
ネットに未熟ですがいろんな年代の方々と友達になれて嬉しいです。
本人さんはどう思ってくれてるか定かではないですが…。
皆さん僕にとっちゃ大切な人です。
コメ、ぺたあんまできてませんが、
毎回ブログは必ずチェックしてます。
なのでこれからも皆さんAEGISと仲良くしてやって下さいwww
テーマ
戦争について考える
なんかいつものブログよりも人気があったようです。
夏限定というのを取りやめようかとも考えています。

自分の意見がある人には是非コメントしてもらいたいです。




さっきまでピグ久々にしてました。
今日はリアともとPともでアニメとかラノベとかボカロとか自作小説について語りました。
自作小説の件はだいぶ元気になった。
ではこの辺で。
時間があるときにまた「戦争について考える1upします。
ではでは。
AEGIS黙示録0079
AEGIS黙示録0079
AEGIS黙示録0079
AEGIS黙示録0079

先ほど初めてvip店長のマトリョシカ聞いてきました。
あの声で男!?
マジかっ!!
96猫さんにもはまったかもwww
ではでは~
小説の応援頼みます!!
↑最近読んでくれる人がいない気がしてなかなか進まない時があるんですよ…。
ではでは
どうも。現在読みきり小説製作中です。
面白無くても読んで欲しいですね。
一応名前は
anotherLetters from Iwo Jima もう一つの硫黄島からの手紙
と言う事にしています。
一応がんばってます。
映画の
硫黄島からの手紙
を別視点から書いて見ました。
一応やりやすそうなので西郷(ニノ)と似た行動をとらせてます。
それが理由で何回か劇中に出てきた言葉が出てきます。
日本独立戦争(アメンバー限定記事)よりは面白いと思いますのでお願いします。
誰か応援してくれぇぇぇぇぇぇ
メタルギアソリッドピースウォーカーのミサイルついにゲット!!
最強のミサイル、ドラゴンです。
こんな事でスイマセン。
次回は、また「戦争について考える」デス。
てーまは明日発表します。
読んで、自分の考えがある方は是非コメント下さい!!
ではでは
どうも。しばらく夏っぽさが続くまでは(AEGIS的感覚で)このテーマを多く出させていただきます。
今回のテーマは「玉砕」
・玉砕とはどこから来た言葉か
 この「玉砕」と言う言葉は、1943年5月29日、アリューシャン列島アッツ島の日本軍守備隊約26000人が全滅した時に初めて使われました。この言葉は、大本営(日本軍司令部)が、報道の際、「全滅」と言う民間人の動揺を少しでも軽減させるため、“玉の如くに清く砕け散った”という印象を与えるため使われました。ですが、この言葉はアッツ島以前にも使われていた記録があります。

・主な玉砕戦
 

・玉砕の行われた場所
これは完結に書きます。
島などの孤立したところで多く見られました。

・玉砕前提の攻撃
★万歳攻撃
太平洋戦争で、日本兵が行った玉砕覚悟の突撃。軍事的には浸透攻撃の一形態とされている。

戦術的な意味よりも、「捕虜になることなく潔く死ぬ」という思想のあらわれとも言われ、敵軍優勢の中、補給や増援を望めず撤退も不可能な状況の日本兵が、自決する際のように「天皇陛下万歳」などの雄叫びを上げて突撃したもの。「万歳」の歓声とともに敢行されることから、連合軍兵士から『バンザイ・アタック』(banzai attack)又は『バンザイ・チャージ』(Banzai charge)と呼ばれ、バンザイ突撃とはこれが和訳されたものとされる。英語から再輸入された日本語由来の言葉であるので、漢字で「万歳突撃」と書かれることもある。

当時のアメリカ兵などからは、バンザイ突撃は狂信的な兵士達による理解不能な自殺行為として受け取られ、バンザイ突撃を受けた兵士の中にはストレス障害(戦闘ストレス反応)などの精神的ショックを受ける者もいたことが記録されている。

また、ガダルカナル島の戦いにおけるバンザイ突撃の日本側視点の資料としては、バンザイ突撃に加わりながら生還した歩兵第30連隊第11歩兵中隊の中隊長・勝股治郎大尉の著作「ガダルカナル島戦の核心を探る」がある。

・戦術的意義

島嶼 部での戦いでは、長期の包囲により備蓄した食糧弾薬が不足し、輸送船も沈められ補給の望めない日本軍によって行われたが、自動火器や火砲の充実したアメリカ軍に対し、武器弾薬の欠乏した日本軍による突撃で勝利した事例は無い。これに対し、アッツ島の戦いやタラワの戦い、ビアク島の戦い、ベリリューの戦い、硫黄島の戦い、沖縄戦などではこうした自殺的突撃が戒められ、防御線を敷き持久型の縦深防御戦術が採られた。ペリリュー島で戦った海兵隊員ユージン・スレッジは、自著の中で、バンザイ突撃が始まりこれを撃退すれば早々に決着がつくので、むしろ行われるのを待ち望んでいたが、実際は縦深防御によって戦闘が予想以上に長引き、海兵隊は多数の死傷者を出したと述べている。日本軍がバンザイ突撃を実行したのは二ヶ月以上後、武器弾薬が尽き玉砕を決意してからのことであった。こうした戦術は米軍側の損害を増やし、バンザイ突撃の戦術的評価が低かったのとは対称的に、『日本軍の兵士は極めて勇敢、精強であった』という評価につながった。

米陸軍第442連隊戦闘団における「バンザイ突撃」

第二次世界大戦の欧州戦線に於いて、日系人のみで編成された米陸軍の「第442連隊戦闘団」 は、日本語の「バンザイ」を含む各種の雄叫びを上げての突撃を実行した。ただし海外で認知されている『進退窮まった部隊が最後の戦術として行う自殺的な突 撃』を意味する「バンザイ突撃」とは別物で、通常戦術としての、鬨の声を上げての白兵突撃であった。用いられた言葉も「バンザイ」だけではなく、ピジン英語で「死ね」という意味の「マケ」、日本語の「バカヤロー」など、個々の兵士の叫び声がこだまし、その絶叫は近隣の村にまで響く程であったという。

一説には1943年11月3日のナポリ南方、ボルツレノ川渡河作戦で、ドイツ軍狙撃兵に対しスコップを武器として突撃をかけたのが最初とされる。こ の時は個人による突撃に続いた小隊規模のものであったが、後に戦闘の決着をつける着剣しての白兵突撃が中隊単位でも行われるようになった。最も日系部隊に 限らず最後の突撃は一般的に見られたが、特にブリュイエール(ブリエラ)の解放を巡る戦いでこの戦法が多用され、戦場となった丘は記録者により「バンザイ ヒルズ」と命名され、アメリカ国務省に報告されたという。


民衆の力は凄い。
何のことでしょう。
分かりますよね。リビアですよリビア!!
独裁者カダフィ大佐のことに対し反発する民間人が武装発起して戦っています。これに補助をするNATO軍もやっぱカダフィ大佐がウザいんだろうね。
 軍はプロパガンダ作戦でカダフィ軍の寝返りも狙っています。がんばれ反政府軍!!
NATO軍は地上制圧部隊が送れず空爆だけのようですが、どうなるやろか?
車を改造して先頭車両にしたり、身を守る装備はろくに無いのにがんばっている反政府軍にはがんばって欲しいです。その中で死んでいった方々には、心から冥福を祈ります。
 アラブの春が成功する事を願っています。独裁国家の社会主義に良い事は無いはずだと思います。
 がんばれ、反政府軍!!

ここから下は、反政府軍の方々の画像です。

Boje v Líbyi/REUTERS

Boje v Líbyi/REUTERS Boje v Líbyi/REUTERS Boje v Líbyi/REUTERS Boje v Líbyi/REUTERS Boje v Líbyi/REUTERS Boje v Líbyi/REUTERS
今回は前回に続き戦争ネタです。
皆さんのよく見ている戦争ドラマは大抵が主人公になった方々は必ず生き残るか、アメリカ軍に投降して、今に至った方ばかりではないでしょうか。
 戦争とは一部の生存者がよくテーマに描かれる為、NHKの生き残った方々の仲間の死の話よりもだいぶ戦争が何たるかがわかりません。
 やはり硫黄島からの手紙や父親達の星条旗のように自決で血肉が飛び散ったり、自決で中身が飛び出している映像、首だけが転がってくるシーンなどは、見る年齢層が限定できないなどで放映できません。ですが、その分この二つの映画などのように、戦争のリアルが分かりません。
どんだけ生存者の実話を載せて放映しても所詮はドラマ、映画ほどのリアルは得られない。俺はそう思います。
話がそれましたが、今回書きたいことはそうではありません。
皆さん、玉砕、自決等の第二次世界大戦末期の日本軍ではつき物の行為はご存知の事と思います。では、人間魚雷、人間爆弾を知っていますか?
 近代よく増える自爆テロ、それは言うなら生存確率は事実上0の行為。正規軍が搭乗者の生還が不可能な兵器を正式に採用・運用した例は日本、当時の大日本帝国軍、ドイツの二ヶ国だけでした。いずれも敗戦国です。
 人間魚雷とは、大きな魚雷に人一人入るくらいのスペースがあり、そこに兵士が乗り込みます。先ほども言ったと売り生存確率は0。ここに乗り込んだ多くの兵士は、日本の勝利を願い、英霊となりました。
 ここの中には操縦者の突撃までの酸素があり、その中で操縦者の兵士は中で魚雷を操り敵の船や潜水艦に突撃していきました。この兵器を見たアメリカ海軍のとある将兵はこの兵器を見て
「日本とは酷いことをする。」
そう言ったそうです。 
 
 人間爆弾は魚雷の爆弾版です。これは爆撃機を改造し、特攻のためだけに作られた機体です。零戦などと違い、特攻するのが前提で作られています。
特攻専用機桜花11型。所謂「人間爆弾」で、火薬ロケットを搭載し高速を誇ったが航続距離が短く、殆どが母機である一式陸攻諸共撃墜された。
艦隊爆弾を搭載した特攻機も作られましたが、戦果は全く上がりませんでした。

 神風特攻隊、これはアメリカの戦闘機、爆撃機に対応できず、日本政府が行った自爆攻撃です。この部隊に入隊し、出撃した若者はほとんどが帰らぬ人となりました。
 最初に言いました対応できないというのはB29の最高高度です。当時の戦闘機は良くても最高750mぐらいでした。アメリカの爆撃機がこれくらいを飛行していた時は日本の零戦は最強といっても過言ではなかったのです。ですが新型爆撃機B29は悠々と高度10000mを飛行していたのです。零戦にも10000mはいけなくはありません。しかし、一度10000mに行くと後は落ちていく時に迎撃と言う状況でした。ですがB29には100門もの砲塔がついており、B29出現後の零戦は時代遅れとなって行きました。日本の地上迎撃部隊も迎撃しようとしていましたが、当時の日本に射程10000m等在りはしません。なのでほとんど役立たず、結局そのため、多くのB29が日本を火の海にしました。
 ローカルと化した零戦をどうするか、日本政府は考え、結局至ったのが神風特攻隊でした。
 そもそも日本はこの戦闘機に乗る乗員の生存は考えていません。なぜならその零戦は行きの分だけの燃料があり、帰ってくる分は入っていませんでした。
 零戦以外の戦闘機以外のものも多く体当たりをしました。
↑1945年5月26日、出撃前日の陸軍第72振武隊
 この部隊の物は皆若者で、最年長でも25歳でした。
しんすけさぁ~~ん
まさかのあの伸介が芸能界引退!!
理由は
「暴力団関係者との一定の関係を持っておると思われるメールが複数発見」
だそうです。蒼天からそれっぽい話は聞いてたんですが。まさか本当だったとは( ̄_ ̄ i)
ヘキサゴンとか行列とかどうなんのやろ。