Macrowavecat現像室 -241ページ目

Dジェネシス -セカンド・コンタクト-

れまた恒例になりつつある小説『Dジェネシス -ダンジョンが出来て3年』ネタ。

 

小説本編第8巻とコミカライズ版第5巻。

 

 

いつもの当てにならない勘を発動するなら、ダンジョンの向こうに居る<デミウルゴス=ダンツクちゃん>は、我々のようなヒューマノイドではなく、どちらかというと惑星Solarisの海に近い存在のように思える。スタニスワフ・レムのSF小説『Solaris』におけるコンタクトの相手は、惑星を覆うスライムのような原形質の海である。Solarisの海は、人間による刺激(X線照射)によって初めて「他者」の存在を認識した<乳幼児期の神>とでも言える存在であり、人間の精神をスキャンして、その内部のイメージをニュートリノを構成要素として実体化する能力を持つ。これは、ダンツクちゃんが人間の思惟を基にダンジョンをデザインし、魔素によって実体化することに良く似ている。『Solaris』における問題は、Solarisの海が実体化したのが、人間の精神の中で真珠の核のように隔離されたトラウマであったという点だ。このことが宇宙ステーションのクルーたちを精神的に追い詰めていってしまう…。『Dジェネシス』におけるダンツクちゃんは、このようなコンタクトの失敗を経験して成長した<少女期の神>のような印象を与える。

 

この少女のイメージは、代々木ダンジョン31層で遭遇した『秘密の花園』の少女につながる。

では、ダンツクちゃんの目的とされる「人間への奉仕」とは何か? 花園の園丁の作業は、世話をされる花からすれば<奉仕>に他ならない。花が生長し開花することこそが園丁の喜びなのだから。ダンツクちゃんは、人類がより高い階梯の存在に成長することが喜びなのだ。人類の進化を助ける存在という辺りは、人類の精神生命体(オーバーマインド)への進化を描いたアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』に通じるものがある。このSF小説では、地球人類が宇宙へ乗り出す直前に、高度な科学を持ったヒューマノイド型宇宙人(オーバーロード)に統制される。オーバーロードは、羊の群れを率いる羊飼いのように、揺籃としての地球の平和を維持し、人類の進化の瞬間を待つ。

 

 

 

さて、『Dジェネシス』ではどのような結末になるか楽しみだが、「進化を拒否して元の日常に戻りました」という結末は勘弁ね。

 

 

花園。

 

 

オーブならぬガラス浮き。

 

 

「俺は人間を辞めるぞー!」

 

 

ドーン(元ネタにはないエフェクト)。