「ケーキの切れない非行少年たち」批判を考察する | ひらめさんのブログ

ひらめさんのブログ

メランコリー親和型鬱病者で理屈好きな私の思うところを綴ります。

 

 

遅ればせながら話題の本を読んだ。既読の方も多いだろう。丸いケーキを三等分するためには相似形に切るのが一番シンプルだが、どうしたら相似形になるかに気付けない認知能力の人がいる。そんな人たちは初期の社会経験の中でも躓くことが多く、結果として疎外感とも相俟って非行に繋がっていることが見受けられるとした内容である。私の半世紀前の公立小学校時代の級友にも該当するだろう人が数名いたように思える。

 

内容はほぼ同意出来るので、本書への批判的意見についてその批判も含めて考察したい。私の問題としたい批判は、ステレオタイプ化することで該当者への差別、排除に繋げているとする意見である。「私はこの本の序盤の書かれ方には大きな疑問を感じている。著者が刑務所で働く精神科医という事が意識的にか無意識的にか、境界知能や知的障害が犯罪と結び付く、と錯覚させる内容になっているからだ。まるで境界知能や知的障害が犯罪者を生む様な書き方をされている。これは完全な間違いで犯罪を生むのは障害ではなく人格である。」下記サイトより抜粋

 

 

この零氏は当事者というのだから境界知能ということなのだろうか。文章自体からは境界知能だと想像することは全く出来ない。ただ読解力に問題を感じる。まるで境界知能や知的障害が犯罪者を生む様な書き方をされている」これは境界知能や知的障害が犯罪の原因になっている、彼等の多数が犯罪者になり得るとの解釈に思えるが、そんなことはどこにも書かれていない。(この読解の傾向が境界知能故の誤りだとすれば貴重な資料とも言える)

 

本書で著者の宮口氏は、調べてみると犯罪者に少なくない割合で境界知能とされる人がいたと言っているのである。零氏は自らの解釈との違いを理解出来るだろうか? つまり境界知能の人には健常者には無い特性上の弱点があり、それが配慮されないままだと犯罪に繋がる確率が上がってしまうとの主張なのである。意識的に錯覚させるような悪意に基づいた差別意識などとは無縁である。

 

零氏は自身を含む境界知能の人への偏見が深くなることを心配しているのだろう。それは理解できる。だが、零氏自身の犯罪者への偏見も気になるのだ。それは「犯罪を生むのは障害ではなく人格である」という一文だ。ここには多くの人が陥っていたパラダイムがある。障害は努力しても克服出来ないものだが、人格は努力すれば磨かれるものだという認識である。故に、努力しない人格陋劣なる犯罪者は偏見を持たれて当然だとするわけだ。

 

だが本書の主張は違う。一見人格と思われていたことが実は障害に起因していたという発見である。つまり努力しても磨かれない人格があったということだ。それはそんな犯罪者に対しても排除ではなく温情的理解を持つ著者だからこそ出来たことである。そんな基本的なスタンスを読み取れないことも誤読に繋がったのではないだろうか。零氏の日常も少し心配に思う。私も宮口氏には及ばないが、零氏の障害(読解力)を正しく理解して多数派から無用な誤解を受けないよう助言したいと思うからだ。(もちろん、私の読解力の欠如を指摘してくれるコメントも歓迎する)

 

しかし、これはもしかしたら零氏にとっては差別と感じるのかもしれない。「お前はまちがっているからこうしろ」と言っているのだから。上から目線であることは確かだが、だったら逆に訊きたいのだ。こんな能力差あっての指摘を上から目線でなく伝える術があるのかを。客観的事実として正しく劣っている点を認識することは差別意識とは違うはずである。上から目線=悪というステレオタイプに囚われているのは誰かという話だ。

 

だが(これも極めて差別的だと思われるだろうが)認知能力が低いが故に差別だと誤解してしまうこともしばしばあるのではないだろうか。認知能力の減少した認知症の物取られ妄想も当人にとっては正当な主張である。身近に思いつく理由、あったはずの物が無い=盗まれた(ステレオタイプな判断もそのひとつだ)を直結させてしまうことは充分にあり得るからである。

 

こんなことを考えるのは私自身の鬱の経験による。以前にもブログに書いたが、私の持論は「鬱とはメモリ不足によるフリーズである」というものだ。このメモリは心理学で言うワーキングメモリと同義と思ってもらえればいい。例えば複数のアイデアを並立させそれらを吟味するという作業があるが、それがとても難しかった記憶があるのだ。そんな時に何か判断を求められれば吟味することも出来ずに手近なものを採用していた。その手近なものにステレオタイプという外部委託された判断もあるのではないかという推測なのだ。それは障害者にとっては便利なものかもしれないと思うのである。