わくわく夢クラブ -76ページ目

わくわく夢クラブ

『わくわく夢クラブ』は、敗戦後60年の日本の現状の中で、お米を中心とした食に還る~食改善こそが個人の健康への道そして日本の再生への道と考え活動しています!

 

 

前回の記事

 

時折姿を見せる可愛い動物たちと

一面の草原!

 

大木にぶら下がったブランコ!

 

 

大きな太陽と乾いた風、

 

そんなのんびりしたカリフォルニアの山中から

サンフランシスコに移った私は、

 

自然食品と漢方薬を販売するお店を手伝うことに、

ここのオーナーもやはりマクロビの先生で

東洋医学にも詳しい人でした。

 

 

ただサンフランシスコの気候は

あの晴れ渡って乾いたカリフォルニアの山中とは随分違っていました。

 

 

時折街を包む霧は湿気を運んできました。

年中似たような気候なので、

衣替えなどというようなものは必要がなく、

クローゼットには同じものが一年中ぶら下がっていることになります。

 

 

私は、四季のはっきりした日本の気候を

随分懐かしく思ったことでした!

 

 

サンフランシスコのメリハリのない気候が、

メリハリのない人間性を生むのではなどと考えたことがありましたが、

 

 

これだれかのことを見てそう思っていたのかもしれませんが、

一般的には全く当てはまらない考えですよね(^_−)−☆

 

 

最初は変わった環境が珍しく生き生きとしていた私ですが、

とんでもないことが次々に起こることになります‼️

 

→次に続く

 

 

前回の記事

 

 

ヘルマン相原先生のところで、

私は何をしていたかというと、

 

山の中の畑と料理の手伝い!

 

 

 

私は日本ではしたことのない

草取りや草刈りのお手伝いをしました。

 

 

ヘルマン先生のところでは、

料理はほとんどが薪ストーブで作られていました。

 

 

日本のマクロビ料理はとても細かくて、

家庭料理としては取り入れるのが難しいところがあった。

 

 

ところがアメリカに来てみると、

全てがおおらかで、

え!こんな楽な料理の仕方でいいの?

とびっくりした。

 

でも人間は(私は)とかく優しい方を好むものである。

私はアメリカのマクロビがすっかり気に入ってしまった。

 

 

薪ストーブを使って、

パンを焼いたり、

パイを作ったり、

 

私は奥様のコルネリア相原先生から、

いろんな料理を教わりました。

 

 

しかし相原先生のところでの生活はそう長くは続かず、

程なくして私はサンフランシスコに出ることになります!

 

→次の記事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の記事

 

さて、窓の外は真っ白い霧!

何も見えないサンフランシスコ上空!

 

しかし一瞬にしてまわりの景色が見え始めた。

 

 

これがアメリカ・・・・

 

 

一緒に行った日本CIのアメリカツアーの人たちと

フィッシャーマンズワーフを楽しんで、

 

 

迎えに来てくれたヘルマン相原先生の車に乗った!

 

 

ヘルマン先生はサンフランシスコからは延々と離れた

カリフォルニアの山の中で

ベガインスティテュートという

マクロビオティックを学びに来る人達のための

研究所を運営していた。

 

本当に何もかもがただただ珍しかった!