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わくわく夢クラブ

『わくわく夢クラブ』は、敗戦後60年の日本の現状の中で、お米を中心とした食に還る~食改善こそが個人の健康への道そして日本の再生への道と考え活動しています!

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彼がアメリカに来た目的は、

勉強をすることではなく、永住権を得る事!

 

 

そんなことは付き合って長いことたってから分かった!

 

 

そもそもマクロビの勉強でアメリカに来た私は、

永住権?それ何?としばらくは理解できずにいた。

 

 

いつでも帰れる平和な国がある私には

常に不安定で、なにが起こるかわからない

祖国を持つ人の気持ちなどわかるはずもない。

 

 

しかしそんな背景は飛び越えて、

私たちは仲良くなった。

 

 

そして私のサンフランシスコでの第3章が始まることになった。

 

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彼の祖国だったパキスタンは複雑な国だ!

 

そのころは詳しく調べてみようともしなかったのだから、

私も相当いい加減な人だったのだ。

 

 

イギリスの植民地であったインドが独立の際、

3つの国になったのだ!

イスラム教徒地域がパキスタンとして独立、

ヒンドゥー教徒地域がインド、

そしてもう一つ最初パキスタンに組み込まれた

東パキスタンがバングラデシュとして分離独立した。

 

そしてその後、政局はずっと不安定、

彼がアメリカにいた1977年にはクーデターが起こっている。

 

 

そして今、現在も変わらない混迷を続けている。

国家財政も厳しくIMFの支援が不可避な状況!

調べた資料にはパキスタンが『暗黒政治』から

脱却するのは難しいと書いている。

 

 

今更ではあるが、

そういう事情だったのかと思う!

 

→次に続く

 

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彼の名前はSyad Zafer Husain  !

パキスタンから来た18歳の青年でした。

 

 

18歳の青年と付き合うのは

私にとっては対象外で、

何度もお断りをしましたが、

日本の女性が珍しかったのかもしれません

なかなか諦めてくれませんでした。

 

 

帰りに私を待っているので、

仕方なくあちこちにお付き合いしました。

 

 

彼はどこからか車を手に入れていて、

ドライブに連れて行ってくれました。

 

 

ツインピークスの夜景もその一つです。

 

 

 

同じ国から来た仲間とはとても仲良くしていて

そこから集めてくるのか

多くの情報を持っていました。

 

→次に続く