私は、結婚式というものはしたくない!と思っていました。
「あんな形式的なものは必要ない!」と思っていたからです。
でも父は「どうしても結婚式をあげて欲しい」と、譲りませんでした。
国鉄職員であった父は一応駅長まで出世し、
人脈を作ることに長けていました。
同級生の国会議員のパイプで、
多くの人の就職のお世話をしたり、
また国鉄にも何人も就職のお世話をしたりしました。
父は母に何度も起業させましたが、
その一つに新聞販売店がありました。
その販売店の権利は、
徳島新聞の偉い人との人脈を作り
得たものでした。
もちろんその裏には、
父の友人であった池田の名家が持っていた
販売店の権利を手放すという情報を得ていたことがありました。
若い頃は、私はこういう策を弄する父が嫌いでした。
ただ純粋?な私は何か悪いことをしているように感じていました。
今となっては、
少しくらい学んでおけばよかったと思うばかりですが、、(^-^;
そんな父だったので、
やはり長女の結婚式はしておく必要があったのでしょう!
というよりもあの時代の親にとっては、
違った意味があったのかもしれません❗️
小川先生に確か「親の言うことを聞いてあげるのも大切なこと」
というようなことを言われ、
その言葉に納得して、
お家で村上光照先生に仏式の結婚式をしていただき、
結構、盛大な披露宴を阿波池田観光ホテルでしました。
それから下田に行き、
下田の皆さんにマクロビパーティを開いていただきました。
