◆柴犬 男の子 ひなた、あお、そら7歳

自己紹介2、みんな7歳~柴犬ひなあおそら

自己紹介を更新しました。

 

◆父と3兄弟の歴史

父、犬を飼う~ 犬嫌いだった男が、柴犬3匹と暮らすに至った物語

 

 


9月6日に起きた北海道での震度7の地震。気象庁はこの地震を「平成30年北海道胆振東部地震」と名付けた。読み方や場所が想像つかず、実は「たんしんとうぶじしん」と読んでいた。


昨日になってやっと「いぶりとうぶじしん」と読むことを知った。(かなり遅い!)
胆振東部は安平町、厚真町、むかわ町の3つの町をさすようです。被害が大きかった3町が胆振東部なので命名は的を射てるのでしょうか。

地震、台風、豪雨が続くが災害は増えているのか?

実は阪神淡路大震災も気象庁の命名では「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」という地震名がついている。でも実際この名前で覚えている人は少ないと思う。

災害そのものもついても阪神大震災、東日本大震災は自分の実家があったり住んでいる場所だったのでずっと記憶に残っているし気にしている。でもそれ以外の震度7を記録した3つの地震は記憶から薄れていくのは早い。マスコミの報道も全国ニュースからは消えていくので地元以外では忘れ去られていく速さは顕著だ。


報道については阪神大震災のときのことで今でもよく覚えている事がある。1995年1月17日に大震災が起き2ケ月間は地震報道が続いたが3月にある大事件が起き、報道は一気にそれ一辺倒になっていく。


その事件とは「地下鉄サリン事件」。
当時、私も東京にいたのでその混乱を見ていたし、ニュースも話題もそれに集中していき、もうその年のニュースはオウム真理教一色になっていった。

教祖逮捕の時は中央自動車道を東京から山梨まで通行止めにして護送専用道路にしてヘリからずっと生中継をしていたのを覚えています。

インターネットの無い時代。テレビとラジオと新聞雑誌しかメディアが無かった時代。テレビが話題を作っていた時代です。

この年Windows95が発売され、amazonがオンライン書店を開業しインターネット時代が少しづつ歩を進めたていたのです。

 


父が更新
 災害時のペットとの関りは難しい問題です。東日本大震災の時は犬を飼っていませんでした。あのとき犬がいたらどうなっていただろうかと想像することがあります。

 犬の食事や散歩に排便、きっと大変だったであろうと思います。自宅にいましたが我が家のライフラインの復旧時期は電気が4日後、水は2週間後、ガスは1ケ月後でした。ゴミの収集がいつ来たかは覚えていません。こう考えると食事と水の確保、排便処理は自宅にいても大変なはずです。


 避難した場合は特にペットの扱いは難しくなります。ペットが嫌いな人やアレルギーの人もいるのでその迷惑を考えると連れて行っていいのか迷います。ただ今の行政の流れは同行避難推奨で避難所にもペットが入れる場所をつくることが多いようです。ペットを置いて避難して死んでしまったり、逃げたペットが野生化したりといった過去の反省からの同行避難という流れのようです。飼い主に出来ることは普段のペットのしつけや人に慣れさせておく事とペット用品の備蓄だと思います。実際はとても難しいですけど。


 東日本大震災当時、屋根に避難していた人をヘリで救出する際に犬を抱きかかえ放さなかった被害者の方がTV中継され賛否が起こりました。ヘリで運べる重さには限りがあります。人の命だけを優先するべきだという意見が当然あるでしょうが、飼い主はそこに犬を置いて避難することなど出来るはずもなく救助の人も犬と一緒に運んでいました。もしそこに置いて行けばもう会うことが出来ないでしょうから。


 もう地震から7年以上がたち水や食料の備蓄やガソリン常時満タンといったことを忘れています。「天災は忘れた頃にやってくる」ことがわかっていても忘れてしまうのです。
 

 

 

柴犬3兄弟ひなあおそら写真集

Kindle版いい感じでした。(父より)