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macomoco photos

写真&まち歩き大好きmacomocoのぶらり気ままにフォトエッセイ

年明け早々、病院に行って来た叫び

前日のチクチクとした違和感から、朝起きた時には左目が目やにで開かずウインクしたまま。
診察をしてもらった駅前の眼科では、何やら深刻そうな医者の表情に気持ちがかげり、2012年は快調なスタートがきれなかったことに少なからず不安を覚えているパンダ

初夢はと言うと、最近の傾向で現実とそれほど変わらない出来事を夢の中で再現。
飲食店舗の料理撮影・・・3件。

ノイローゼになりそうだ(苦笑)

まだ何ひとつ正常には戻っていない世の中が、焦りとともに元へ戻ろうとする気負いの中で、空回りそして疲れとなりここそこに蔓延しているんじゃないかと感じている。

去年は誰もが走り続けた。
給水所もたすきを渡す次の走者も見当たらないまま走り続けた。

年明け早々目が開かなかったのは「写真を撮らずに少し身体を休めなさい」ってことの報せなのだろうか流れ星

2012年の幕開け。
スロースタートでようい、ドン走る人

秩父夜祭。
高校生の頃からずっとこころの支えになっている大切なお祭り。

寒さで手指がかじかむ秩父の夜に、ズドンと身体の奥にまで響く花火の音。
その光景に思いを馳せるだけで、こころにポッと火がともる。

今年も仕事でその場所に降りたつことはできなかったけれど、ブログで写真をアップ
してくれている人の記事を拝見して、ほっこりしているニコニコ

高校2年生の頃だっただろうか。
5限の体育の時間中に思い立って早退。そのままひとりで電車に乗り込んだ。

あまりひとりで出かけるたちではなかったのだが、特別な「何か」をすることで願いが
叶うのではないかという気持ちだった。祈りに似た思い。

キオスクでたまたま手にした「戦場のクリスマスツリー」を片手に電車に揺られること約2時間。

幼い頃、父母に連れられて真夜中に家族で訪れて以来の光景だった。父の大好きだったお祭り。

ズドン、ズドンと寒さで震える身体に鋭く刺さる花火の音が、徐々に身体の奥に熱を起こし
疲弊していたこころを癒してくれた。頬を伝う涙がひんやり冷たく感じたのははじめてだった。

病床に伏した父との記憶を思い出しながら、「きれいだったよ」と伝えるために。

それからというもの秩父夜祭りのある12月3日が特別な日になった。
茨城にいた大学生のときも夜通し車を運転して花火を見に行った。
会社員のときも仕事を終えてスーツ姿で降り立ち、翌日風邪をひいた。

ここ数年、カメラマンとして写真を撮ってみたいという気持ちはあるものの、
ありがたいことに仕事でまだその夢は叶っていない。

もう何年前のことだろう。

カメラマンを目指して手探りで通いはじめた夜間の写真学校。

仕事を終えスーツ姿で向かうそこには、
高校を卒業してまだ間もない上京したばかりの学生や、
一念発起して写真家を志し脱サラした元エリートサラリーマン、
ギャラがすべて風俗サービスという悩みを抱えたかけ出しのカメラマンなど
雑多な人間が集まっていた。

そんななかにポツリとまだ高校生かと見まがうほどの可愛らしい女の子がいた。

スーツを見にまとう僕としては、良き人生の先輩、兄貴分のような存在で接するべきか
と多少なりとも意識していたが、その達観した人生感でズバリと安物のスーツ姿を切ら
れていたのを覚えている。

その彼女から今日SNSを通じて一通のメッセージが届いた。

「もしかしたら...元気ですか?」

そのメッセージを読んだとき、一瞬にしてそのときの光景、その時期の思い、心境、
いろんな記憶に色がよみがえった。


「カメラマンになりたい」


ビジネスかばんに忍ばせていた一眼レフ。重たかった。
今日も3本の撮影を終えすでに時計は午前1時30分。

走り続けていると気がつかない「なぜ自分は走っているんだろう」そんな疑問が頭の中をかけめぐる。

当時の夢は叶えられたのだろうか、描いていた夢はこれだったのだろうか。
キラキラ輝いていたあのときの自分に聞いてみたい。