小説と未来 -2ページ目

はじめました

「小説と未来」
タイトルも新たにしてみた。

これから気軽に書き込もう。


こころもりょうちは、
作家である。
そして、未来を描く。
そうありたい。
タイトルにはその気持ちを込めた。

ただこれからは、
ここには自由にあれこれ

そう考える。

今日はそのはじまり。

記録の記憶 38.九年冬

その陽だまりの暖かい日に、女の子は生まれた。父親はまだ冬なのに暖かい花咲く時期のような日に生まれた子だから、その子を陽花(はるか)と名付けた。
「いつもありがとう」とわたしは言った。
「そんな。何もしてないよ」とみかげ君が答えた。


実家に帰省して一ヶ月半が経つ。あっという間の出来事だった。引っ越しにはドタバタしていたけど、出産までわたしは優しく扱われた。
陽花が生まれて家に戻り、これからの長い実家暮らしが本格化し始めた。

母と澄音と陽花とわたし、四人の生活が始まった。
 

年老いた母もわたしが来てから張り切っている。

それまでは、会うたびに亡くなった父の話が止められない母であったけど、今は澄音の世話にてんやわんやで忙しく、父の死も忘れられている。
 

父は仏壇で微笑んでいる。

いつ撮ったかわからないスーツ姿の父はわたしが知る姿より格好いい。母が用意した素敵な写真だ。
 

今日はみかげ君も実家に来ている。澄音の世話を任せて、わたしと母は居間でこたつに足を入れて、ミカンを食べながらのんびり過ごしている。
「早いものね」
母は何に対してかを言わずにそう言った。いろいろな出来事が瞬く間に過ぎていった。

 

陽花が生まれた。

実家に引っ越してきた。

父が亡くなった。

澄音が生まれた。

みかげ君と結婚した。

出会った。

あれから何年経つだろう。

どんどん時間だけが過ぎていってしまう。
 

「ねえ、前からお願いしたかったんだけど」
母は前置きして、わたしの返答を待っている。
「何?」
「わたしの物語を書いてよ。ただで」
「何?ただでって」
「お金を取るつもり?」
「それはそうよ」
「まあ、ケチ」

ただでなんて付け加えられてなんだか腹が立ったから、売り言葉に買い言葉となった。

だけど本当はわたしも、父と母の物語、そしてわたしの話、それを書いて残しておきたいと思っていた。


「じゃあ、ただでいいけど、条件があるの」
「やったぁ。いいよ。何?」
「お父さんとわたしを加えた話にすること。母さん個人の話じゃダメよ」
母はほっとしていた。
「なんだ、そんな事。そんなの当たり前じゃない。私たち家族の話よ。

 お父さんと出会って、あなたが生まれてからの生活よ」
「そう。それなら良かった。しばらくは産休だから、その間に書くわ」
「じゃあ、今から始められる?」
「今から?うーん、まあいいわ。ちょっと待って」
わたしは自分の部屋に一旦戻る。
「ママア、カード、遊ぼう」
カルタを手にして澄音が寄ってくる。
「ああ、ママは忙しいからまた後でね。今はパパと遊ぼう」
みかげ君のフォローに抜け出しノートパソコンを持ち出して居間に戻った。
「じゃあ、いいわね」


「どうぞ、話し始めて」
「お父さんと出会ったのは、桜の咲く季節だった。目黒川で桜がとても綺麗に咲いていたわ」
「お母さんは、お父さんと出会ってどう思ったの?」
「それは…」

『おぎゃあ、おぎゃあ』
眠っていた陽花の泣く声がした。
「ああ、起きたか」
「ママア、陽花が起きたよお」
子供部屋となった父の部屋からみかげ君の声が聞こえてきた。
「はるちゃーん、静かにして」
大きな澄音の声がする。
「すみはママの部屋にいて」
みかげ君が悪戦苦闘している声が家の中に響く。

 

「母さん、話はまた後ね」
「ああうるさい。にぎやかね。行きましょう」
わたしたちは重い腰を上げて、子供部屋へと向かった。

 

家族の物語が完成するには、まだまだ時間が掛かりそうだ。

母が元気なうちに、わたしはこの物語を完成させたい。

静かに落ち着いた時間もないけれど、今しかできないとわたしのやる気は漲る。
 

人生はあっという間だ。

だから生きているうちに、生きていた証を残しておきたい。

メモリアルレコードライターはそういう仕事だ。

わたしはこの仕事に誇りを持っている。

だからこれからも、たくさんの人の記憶を小説として、

できるだけたくさんの人を記録していきたい。

記憶の記録 37.八年秋

久々に呼び出されたわたしは、秋の装いをして都内のカフェへと向かった。

日差しもある朝だけど、風は涼しい。

人のいないテラス席が並ぶ入口を入り、クラシック音楽の流れるカフェへと入る。
わたしの心臓はバクバクいっていた。

あの人に会うのかと思うと、心が張り裂けそうな苦しい気持ちにさせられていた。

いなければいいとも願った。でも彼は、カフェの一番奥の席に座っていた。
 

以前よりも白髪が増えていた。ただ、以前よりは少しふっくらとして見えた。
「こんにちは」
「こんにちは。今日はありがとうございます」
彼は頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。あらためて書きたい内容ができたとお聞きしたので」
そう答えるわたしに彼はうなずく。

 

四年前、彼は書きたい物が無いと言った。

死ぬ前に書き残すつもりだった自分の物語。

彼は死を選ばず、書きたい物ができるまで保留とし立ち去った。
書きたい物ができたのだ。彼は死を選ぶのだろうか。

 

「あれからもずっと長い間、私は何のために生きているのか、

 わからないままでいました。

 それでも働かなくては生きていけませんし、なんとか暮らしてきました」
そこで一旦口をつぐんだ。それからわたしの目を見て尋ねてきた。
「あの、書く物は、未来の想像でも構いませんか?

 私の人生では無くなるかもしれません。それでも書いていただけますか?」
意外な質問だった。今までそんな事を依頼されたことはなかった。

 

どんな人も書き残すのはいつも過去の出来事だった。
わたしは迷った。はたして同意していいものかどうか。

 

「今も変わりありません。自分の過去はやはり嫌な思い出ばかりです。

 貧乏で、借金もあり、独り身です。思い出したくもないことばかり。

 しいて変わったとしたら、未来を夢見るようになっただけです」
もうすぐ50になるおじさんだけに、未来を夢見るとは違和感ある言葉だった。

 

彼は話を続けた。
「未来を夢見たら生きてみようかと、少しその気になりました。

 ずっと逃げ回っていたんですけど、

 借金も返せるよう法律事務所に相談してみました。

 短期の仕事ばかりしている自分ですけど、事務所の方は返済計画を立ててくれて、

 後15年でちゃんと頑張れば返済できると教えてくれました。

 初めて人生と向き合った気がしました。

 もうこんな年なのに、もう人生の半分もとっくに過ぎたのに、

 ふと未来が見えてきたんです。

 借金を返済したら、こういう生活がしたいなとか、こんな風には暮らせないかなとか。

 そしたら夢を物語にしてほしいなと思って、あなたに会いに、電話しました」
 

わたしは安堵した。彼が死を選ばなかったことにほっと一安心した。

それと同時に、このまま彼の夢を書いてはいけないと感じた。
「わかりました。ただ、あなたの夢は描けません。それは現実ではないと思います」

 

彼は落胆した。
「そうですか。そうですよね。そんな話は書けませんよね」
わたしは首を横に振って付け加えた。
「いつかその夢を現実にしてください。その時に、また会いましょう。

 その時に、その夢を物語にしますから。

 今見ている夢とは少し違うかもしれませんけど、

 そこにある現実はきっと貴方と書いてほしかった物語だと思います」
 

彼は唖然としていた。でもすぐに笑顔に変わった。
「わかりました。いつか夢を叶えて、また会いに来ます」


それから彼は夢の話をした。田舎で農業をする夢だ。

最近は、図書館でドローン操縦や農作物診断士の勉強をしているという。

資格を取れば60過ぎても雇ってもらえるシルバー人材を目指し、

その未来に向けて生活している。
 

わたしに笑顔で会話をし、彼は別れ際に最後のお願いをしてきた。
「辞めないでくださいね。わたしの夢が叶ったら、その現実を必ず物語にしてください」

 

「わたし、辞めませんから。必ず、あなたの物語を書きます」

と、わたしは答えた。
 

未来は夢とは違うかもしれない。

それでも、彼の未来には良い思い出を思い返せる過去が溢れているだろう。

 

記憶の記録 36.八年夏


命の終りと命の始まりが重なって、また暑い季節がやってきた。

海の音が聞こえた。両親と行った沖縄の海を思い出す。ささやかな時間にいた父の姿がふとした瞬間に思い出される。

今はいない。ここは鎌倉の海だ。


みかげ君は身ごもの体に遠出は毒だと言ったけど、わたしはどうしても海に行きたいと、だだをこねてここまで連れてこさせた。


澄音は砂利場を走り回り、みかげ君が追いかける。

わたしはその姿を見守りながらお腹の子と二人きり、防波堤に座って波の音を聞いている。海鳥の声がして、人々の話し声が過ぎていく。

車の走る音がして、優しい光を感じている。海の家からは最近流行りのJ-POPが夏の海を彩っている。


わたしは何をあきらめ、何をあきらめず、今日ここへ居られるのだろう。幸せと不安が隣合わせにあって、子供の未来と平和な時を祈る。


母は今日も元気で過ごせているだろうか。

父のいない家で一人過ごす日々を想うと、とても切ない気持ちになる。

みかげ君にはまだ言えてないけど、わたしはどこかで実家に帰ろうと考えている。いつか冗談まがいに喧嘩して帰るなんて行ったこともあったけど、今度は本当に帰る。

みかげ君は認めてくれるだろうか。


夏だけど今日は30度に満たない。ノースリーブの肌を涼しい風が通りすぎていく。

ピンク色のワンピースと麦わら帽子、それが今日のファッションだ。

 


昼食時だ。

わたしたちは海の家の畳の上で焼きそばやカルビ焼きなんかを食べて過ごしている。


風通しが良く、扇風機しかないけどかなり涼しい。

走り回らされていたみかげ君はそれでも汗だくだから、この涼しさが必要だろう。
「まあ、澄音も飽きていたし、今日は来て良かったかな」
みかげ君は負け惜しみのように言う。


澄音は冷たく溶けたオレンジフラッペをストローで飲んでいる。今はおとなしい。確かにいつも家で、アニメの動画ばかりを見てるのはよくない。

今日は澄音にとっても良かったのだ。


焼きそばも食べ終え、ところてんを食べて、みかげ君はジョッキを口に運んでいた。


澄音が走り回る前に、わたしは意を決して口を開いた。
「みかげ君、わたし、お願いがあるの」
みかげ君はポカンとしていた。
「何?」
大したことではないと思ったのか、懐の深い態度を見せている。
「あのね、お腹の子が生まれる頃には実家に帰ろうと思うの」
みかげ君の顔が神妙な面持ちに変わった。でも、すぐににこやかに頷いた。
「帰省出産か。いいよ。生まれるときには何とか休みをとって、自分も行くよ」
ここまでは認めてくれた。さらに続ける。
「それから、ずっと実家で暮らそうかと思っている」
みかげ君はまた、ポカンといている。
「どういうこと?」
「お母さんを一人、田舎には置いておけない」
「お母さんは?何て言ってるの?」
わたしは首を横に振った。
「まだ聞いていない」
「澄音は?」
「連れていくよ。

 でもね、わたしたち、別れるわけじゃないから、できる限り、東京にも来るから」
みかげ君はうつむいた。悲しんでいるのだろうか。
「ダメか。そうだよね。無理だよね」
わたしが先に言うと、彼は否定した。
「いや、めぶきちゃんがそうしたいなら、あと、お母さんがそうしたいなら」
意外にも認めてくれた。


「言っとくけど、大変だよ。僕が子守りをしないとか愚痴を言わないでね」
「一人で寂しくない?」
「それ、聞く?」
「ごめん。

 でも、みかげ君とはこれからまだまだ長い人生があるから。ずっと一緒だから」
「だけど、僕にだって、澄音と生まれてくる子供との時間もある」
いつも誰かが犠牲になる。みんな一緒に暮らせればいいのに。

みかげ君のお父さんとお母さんだって。わたしはわがままだ。
「それでも僕はいいと言ったんだ。君とお母さん。

 ただその事だけはわかってほしい」

 

海の波の音が聞こえていた。わたしはたくさんの別れを恐れている。

今できることをしないと今はすぐに消えてなくなってしまう。

記憶の記録 35.八年春

桜は咲いた。鮮やかに、美しく、世界をピンク色に染めていった。
わたしは生まれた。

だいたい40年前に、生まれてほしいと願った父と母の想いに込められて生を受けた。

わたしが生まれて、澄音も生まれた。

そしてまた、新しい命が宿っている。
 

病院にいた。実家のある町の総合病院だ。父は衰弱して、もうあまり話せない。

癌が見つかって、みるみる悪くなって、一ヶ月前に入院した。

突然のようだけど、

父と母はずっと前から知っていたのかもしれない。

数年前に腸閉塞で入院したことがあったけど、

あの頃からすでに悪かったのかもしれない。
 

母は着替えを取りに家へ戻っている。

今は父と二人きり。
ずっと寝ていた父だったけどふと目を開けた。
「お父さん、起きた?」
苦しんではなさそうだ。今は落ち着いている。

だけど元気もない。ただ目を開けて天井を見つめている。

もう喋る力も衰えてしまった。
 

わたしの方に瞳が動いた。じっと見つめていた。

だからわたしは言うことにした。
「あのね、お腹の中に、また赤ちゃんがいるの。まだみかげ君にも言ってないんだよ。

 お父さんが最初。嬉しい?」
父は何も答えなかった。ただ目は涙でみるみる潤み、やがて一粒流れ落ちた。

わたしはその瞳を見てドキリとした。
「泣かなくてもいいでしょ」
わたしは慌てて父の涙を拭った。そして父は口を動かしていた。
「何?」
「あ、い、た、い」
「会いたい。赤ちゃん、ねえ。

 だからお父さん、元気でいないと。来年までね」
父はそれ以上には何も答えなかった。ただ笑顔を浮かべた。嬉しそうな表情だ。
とても穏やかで優しい。

 

その瞬間、走馬灯のように父との思い出が駆け巡ってきた。自分の思い出だ。
子供の頃の泣いているわたしの頭をよしよしと言って撫でてくれた。

お腹が痛い日にはずっと御腹を擦ってくれた。
運動会でも中途半端で目立たないわたしを見つけてくれて手を振ってくれた。
中学生になる頃には父が苦手だったな。

「何なんだ!」

わたしが避けるように自室に入るのを、穏やかな父もドア越しに文句を言っていた。


いつの間にか年老いて、高校時代はじじいなんて言ってたな。

ごめんね、お父さん。
 

遠い過去の記憶。それでもわたしは、父をどこにも記録にはしていない。

他人の人生はたくさん記録しているのに、家族は誰も記録してこなかった。

頭の中にはたくさんあるのに、わたしはわたしの大切な人を深く知らない。
 

泣いてはいけない。だけど泣かずにはいられなかった。わたしの涙は流れ落ちた。
「ごめんね。お父さん」
わたしは、なぜこれほど知らず知らず、遠ざけるようにしてきたのだろう。

でももう、父から多くの言葉を聞くことはできない。
父はずっと笑顔だった。優しいまま、ずっと笑顔だった。

それから数日後、父は亡くなった。

最期は母と二人。二人は何を話していたのだろう。

言葉の会話ではなくて、心と心で何かを語り合っていたのだろう。
 

遅れて病院に着いたとき、母はわたしに近づいてきた。
「お父さん、いなくなっちゃったよ」
そう言って泣いた。わたしも一緒にわんわん泣いた。

心から悲しいときはこんな風に泣くんだと、冷静な自分がどこかで見つめていた。

その夜、わたしは父の夢を見た。

昔住んでいた家にいた。父はダイニングの椅子に座っていた。少し若く見えた。
「お父さん、若返ったね」
わたしはそう尋ねた。
「生まれてこないかと思っていたんだ。もうダメだろうな。僕たちには子供もできない。

 そうなったら二人で暮らしていく。それも楽しいかなって」
「わたしが生まれて残念だったの?」
「そりゃ年も年だったし、育てていく不安はあったけど、

 生き返ったような気持ちになったよ。

 この子の為に生きていくんだ。そう思った。

 だから残念なことなんて全くあるわけないだろう」
「よかった。じゃあ、いい人生だったね」
わたしはその夢の中で生きている父に何を言っているだろうと思った。

でも父は頷いた。
「ああ、とてもいい人生だったよ。めぶきが生まれてよかった。ありがとう」
そして父は消えた。

 

わたしはいつものみかげ君との家にいて、父はみかげ君と変わっていた。

そんな不思議な夢を見た。