ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記) -203ページ目

ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記)

 心にうつりゆく よしなしごと

私は学生のころ、勉強の成績は芳しいものではありませんでした。

理数系の科目はもとより、好きな英語の成績もいまひとつでした。


それでも、美術の成績だけはいつも良かったものです。

決して絵を描くのが得意だというわけではないのですが、

ものを描いたり作ったりするのは好きです。

なかでもコラージュやデザイン画などは、

校内に何度か掲示されたこともあるのです。


高校時代の美術科担当の先生はプロの画家で、

当時は彼の個展にも足を運んだことがありました。

だから、その先生に褒められたときの嬉しさはひとしおで、

内心鼻が高かったものです。


ところが、これを認めてはくれなかったひとがいました。

何を隠そう、私の母です。


褒められて掲示までされた作品を家に持ち帰って見せたところ、

まず「誰が作ったんや」といい、

自分で作ったのだというと、

次に「誰の真似をしたんや」という始末…

何とも信用のないことです。


トンビは鷹を産まない、ということだったらしいのですが、

人間の可能性は、想像をはるかに上回るものです。

もし、子どものころピアノを習っていたら、

もし、習字を習っていたら、

もし、絵画を習っていたら…


いやいや…

私はこの歳になっても、挑戦し続けます。


                                     by スグル

ミステリの女王、アガサ・クリスティの作品に登場し、

数々の難事件を解決に導いた、名探偵エルキュール・ポアロ。

彼は、会話の端々でフランス語を使い、

英語にも独特のなまりがあるので、よくフランス人と間違われますが、

実は、ベルギー人なのです。

本国では、警察署長にまでなった敏腕刑事でした。

退官後は、戦火から逃れるためにイギリスへ亡命し、

ロンドンで私立探偵として開業したというわけです。


さて、今日はミステリクイズ第5弾です。



〈難易度 ★☆☆☆☆〉


M氏は、会社の金を使い込んだとして、

事業から手を引くようにと共同経営者であるN氏から言い渡された。

もはや言い逃れはできなかった。

「話は以上だ。悪いが引き取ってくれないか」

M氏は呆然と腰をおろしたままだ。

ここへ来るときには降っていなかった雨が、窓ガラスをたたいて響く。

「10時に客が来る約束になっているのでね」

時計は10時15分前を指している。

「客ってのは、あの女か」

「ああ」

「ずいぶんともめているようだな」

「よけいなお世話さ」

そう言って、N氏が背を向けたとき、

M氏はテーブルの上の灰皿を取り、N氏を殴り殺してしまった。


自分の触れたものについた指紋は、念入りに全て拭きとった。

電気は全て消し、玄関からそっと外へ出た。

雨は、すでにやんでいた。

彼は足跡を残さないように門の外へ出た。


しばらく待っていると、一人の若い女が入っていった。

それを見送った彼は、大急ぎで近くの警察分署に走っていった。

「10時に約束をしていたので家を訪ねたのですが、

ベルを鳴らしても、戸をたたいても誰も出ないのです。何かあったんだ」

そう言って、M氏は刑事を連れてN氏の家に行った。

そっと裏へ回ってみると、明かりのついた書斎で、

女が机の引き出しの中をかき回していた。

もちろん、女はN氏を殺したことを否定したが、状況が悪い。

刑事は女を逮捕し、警察で尋問することにした。

そこで、刑事はM氏に、車を出してはもらえないかと申し出た。

M氏がそれを快諾し、車を出そうとしたとたん、刑事はM氏にこう言った。

「彼を殺したのは君だね」


いったい、どういうことだろうか。



名探偵のみなさん、いかがでしょう。

「灰色の脳細胞」を働かせてください。


                                     by スグル

私は、年上の女性が好きですし、

年上の女性から好かれもします。

ひと呼んで「さすらいのオバハンター」…

我ながら、呆れた異名をいただいたものです。


ところで、私は年上の女性からだけではなく、

年上の男性からも好かれます。

(断っておきますが、性的な意味合いではありませんから)

職場の先輩や上司、なかでも50歳以上の方々には、

かわいがられてきたのだろうと思います。


みなさん私を褒めてくださるとき、

「お前は最近の若い者には珍しく礼儀正しい」

と、口を揃えておっしゃいます。

私としては、そうでもないように思うのですが、

確かに気遣いを忘れたことはありません。


恩には恩で、毒には毒で、笑いには笑いで


逃げ出したくなるような過酷な状況下であっても、

誰に対しても、それなりの誠意をもって応えてきました。


いや、自画自賛は慎みましょう。


日本では、自分自身や身の回りで起こる変化を、

年齢と関連づけて考えてしまう傾向が根強く残っています。

これは、儒教の教えとも関わりがあるのかもしれません。

しかし、残念なのは、あらゆる負の要素を、

ときには正の要素でさえ、年齢によるものとしてしまうことです。

社交性を身につけるのと年を重ねるのとは異なります。

成長と老化も、まったく別のものなのです。

努力をしたか、しなかったか、問題はそれだけです。


ひとは「若さ」を羨みます。

しかし、「若さ」は、すべてを無と化す、口実の切り札にすぎません。

ひとは「老い」を嫌います。

そして、「老い」は、怠慢を隠蔽する口実の切り札となるのです。


                                     by スグル