私は、年上の女性が好きですし、
年上の女性から好かれもします。
ひと呼んで「さすらいのオバハンター」…
我ながら、呆れた異名をいただいたものです。
ところで、私は年上の女性からだけではなく、
年上の男性からも好かれます。
(断っておきますが、性的な意味合いではありませんから)
職場の先輩や上司、なかでも50歳以上の方々には、
かわいがられてきたのだろうと思います。
みなさん私を褒めてくださるとき、
「お前は最近の若い者には珍しく礼儀正しい」
と、口を揃えておっしゃいます。
私としては、そうでもないように思うのですが、
確かに気遣いを忘れたことはありません。
恩には恩で、毒には毒で、笑いには笑いで
逃げ出したくなるような過酷な状況下であっても、
誰に対しても、それなりの誠意をもって応えてきました。
いや、自画自賛は慎みましょう。
日本では、自分自身や身の回りで起こる変化を、
年齢と関連づけて考えてしまう傾向が根強く残っています。
これは、儒教の教えとも関わりがあるのかもしれません。
しかし、残念なのは、あらゆる負の要素を、
ときには正の要素でさえ、年齢によるものとしてしまうことです。
社交性を身につけるのと年を重ねるのとは異なります。
成長と老化も、まったく別のものなのです。
努力をしたか、しなかったか、問題はそれだけです。
ひとは「若さ」を羨みます。
しかし、「若さ」は、すべてを無と化す、口実の切り札にすぎません。
ひとは「老い」を嫌います。
そして、「老い」は、怠慢を隠蔽する口実の切り札となるのです。
by スグル