ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記) -168ページ目

ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記)

 心にうつりゆく よしなしごと

私たちが日ごろ街中や家でよく見慣れている形には、

実は、非常に重要な意味や法則が隠されている場合があります。


たとえば、鉛筆は六角形をしていますが、なぜでしょうか。

それは、机の上で転がるのを防ぐためです。


もし、四角形だったら、手になじまないで書きにくいことでしょう。

もし、八角形だったら、転がってしまうことでしょう。

だから、鉛筆は六角形でなければならないのです。


また、マンホールのフタは、普通は丸い形をしています。

これには、四角形に比べて作りやすいとか、

フタを運ぶのに転がせるとかいう利点もあるかもしれませんが、

そのほかに、どうしても丸くなくてはならない強い理由があるのです。


それは、フタを丸くすることによって、

マンホール内に落ちるという事故が起こるのを防ぐためです。

四角形や三角形では、フタを取ったり、かぶせたりするときに、

誤って落としてしまう危険があるのです。


気づいてしまえば簡単なことでも、

そこには人間のすばらしい叡智が見え隠れします。


いまでは広く普及し、一般的なものとなりましたが、

自動洗濯機の側面につけるほこりを取るためのメッシュ地の布や、

かかとの部分がないダイエット用のサンダルなどにも、

叡智に基づくひらめきが存在しています。


私たちの生活を安全で豊かなものにするために、

実に様々な工夫がなされているわけです。


                                     by スグル

例年に比べ、日照時間が少ないといわれながらも、

ここ数日は、全国各地で気温が上昇し、

昨日は、大阪でもほとんど真夏日という暑さとなりました。


予報によると、しばらくは好天に恵まれるようですが、

来週末には天気が崩れ、いよいよ梅雨入りが近いということです。


今日は、この6月の始めにぴったりの詩を紹介します。



六月

             茨木のり子


どこかに美しい村はないか

一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒

鍬を立てかけ 籠を置き

男も女も大きなジョッキをかたむける


どこかに美しい街はないか

食べられる実をつけた街路樹が

どこまでも続き すみれいろした夕暮は

若者のやさしいさざめきで満ち満ちる


どこかに美しい人と人との力はないか

同じ時代をともに生きる

したしさとおかしさとそうして怒りが

鋭い力となって たちあらわれる



みなさんはいま、何を思いますか。


昨日の怒り

今日の喜び

明日の憂い


「喜怒哀楽」は、そこここに渦巻いています。


                                     by スグル

みなさんは、道に迷ったとき、

また目的地までの行き方がわからないとき、どうされますか。

たいていの場合は、地図で確認するか、交番で尋ねるか、

あるいは、手っ取り早く通行人や店員などに聞くでしょう。


道を尋ねようと通行人に声をかけるたび、

「このあたりの人間ではないので」と断られたり、

いい加減なことを教えられたりしたことはありませんか。

そんな経験からか、道を尋ねる場合は、意識的にも無意識的にも、

地元のひとや、それを「知っていそうな」ひとを選ぶものです。


私は、どういうわけだか、よく道順を尋ねられます。

ずいぶん前の話ですが、中国からやってきたらしい観光客に、

某ホテルまでの道順を聞かれたので、親切丁ねいに教えてあげると、

「チョット遠スギルヨ」と理不尽に怒られたこともありました。


私なら、坊主頭にひげ面、全身黒ずくめで、

黒いサングラスをかけて歩いている長身の男に、

まずもって話しかけようなどとは思いませんが、

実際のところ、老若男女・国籍などを問わず、

とにかくよく道や場所を聞かれるのです。


ヘッドホンをして音楽を聴いていても、本を読んでいても、

お構いなしに声をかけられます。

単車に乗って、何十km/h というスピードで走っていても、

後ろからやってきた車が私の横について、

走っている状態で窓から顔を出し、道を聞いてくるという始末。


なぜ、私なのでしょうか…


道に詳しそうな身なりをしているとでもいうのでしょうか。

謎は、深まるばかりです。


                                     by スグル