ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記) -143ページ目

ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記)

 心にうつりゆく よしなしごと

アメリカで行われた最新の調査で、左利きの男性は、

右利きの男性よりも多く稼いでいることがわかったのだそうです。


全米経済研究所の発表によると、大卒男性の場合、

左利きは、右利きに比べて約26%も給料が高いといいます。

今回の共同研究論文は、示唆的かつ経済的、統計的に、

意義のあるいくつかの結果が得られたとしたうえで、

これらの事象をすべて説明できる理論は見つかっておらず、

また、女性にはこのような差は見られなかったとしています。


そういえば、アメリカの大統領には左利きが多いらしく、

フォードやレーガン、ジョージ・H・W・ブッシュも左利きだったそうです。


かつて、左利きは矯正されることが多かったようですが、

無理な矯正は、子どもの精神状態に悪影響を及ぼし、

神経症など深刻な弊害を引き起こしてしまうということで、

最近は、特に先進国とされる国々では行なわれていません。


しかし、実情はどうにも左利きにとって不便なままのようで、

はさみ、急須、電車の自動改札口、コンピュータのマウスなど、

至って身近なものごとが、右利きを基準に作られているのです。


ところで、利き手と脳の関係は、よく知られていることですが、

右手は左脳と、左手は右脳とつながっているといわれています。


情報処理・言語・論理能力などを司るとされるのが左脳で、

空間・音楽・図形認識能力などを司るとされるのが右脳で、

理屈っぽいひとは左脳優位だから右利きで、

芸術肌のひとは右脳優位で左利きだとする説もありますが、

最終的に決定を下し、何かを実行に移すのには、

両方の脳が総合的にはたらいてこそ実現するのだそうです。


誰彼なしに、土地がらや文化的背景に差異はあれど、

血液型に星座、利き手と、とかく統計学的分類がお好きです。


にわとりが先か。

たまごが先か。

そんなことは、まるで問題ではないというわけです。


                                     by スグル

地球温暖化の危惧が叫ばれるようになって久しいですが、

こうも酷暑が続くと、本当にそうなのだろうと思い知らされます。


特に都市部の暑さは、尋常ではありません。

冷房の室外機や自動車から立ち込める熱気、そして、ひといきれ。

まさに、「熱の島」という形容は、いい得て妙です。


涼を求めて、郊外へ出るひとも少なくありませんが、

私のような「貧乏暇なし」には、そう易々とは叶いません。

遺憾ながら、いま私と同じ境遇であるという方に、

お気に入りの詩を一篇、一服の清涼剤として紹介します。



葉月

             阪田寛夫


こんやは二時間も待ったに

なんで来てくれなんだのか

おれはほんまにつらい

あんまりつらいから

関西線にとびこんで死にたいわ

そやけどあんたをうらみはせんで

あんたはやさしいて

ええひとやから

ころしたりせえへん

死ぬのんはわしの方や

あんたは心がまっすぐして

おれは大まがり

さりながら

わいのむねに穴あいて

風がすかすか抜けよんねん

つべとうて

くるしいて

まるでろうやにほりこまれて

電気ぱちんと消されたみたいや

ほんまに切ない お月さん

   お月さん やて

あほうなことを云いました

さいなら わしゃもうあかへん

死なんでおれへん

電車がええのや

ガーッときたら

ギョキッと首がこんころぶわ

そやけど

むかしから

女に二時間待たされたからて

死んだ男がおるやろか

それを思うとはずかしい



男性のみなさんに限らず、女性のみなさんにも、

一度ならずこんな心境の変化を経験されたことがおありでしょう。

その捉えようのない、色恋沙汰のニュアンスを、

大阪弁を用いることで、余すところなく見事に表現しています。


「ほんまに切ない お月さん」


                                     by スグル

某銀行でのできごと。


プルルルル…


携帯電話の鳴る音。

かんかん帽をかぶったおじいさん。


 はい、もしもし。

 ああ、どうも。ご無沙汰してます。

 へ?いま京橋の南森町におるんやけど。

 いえいえ、とんでもない。

 そんなことより、お誕生日おめでとう。

 何を、滅相もない。

 やっぱり健康が一番ですわ。


この際、「京橋の南森町」がどこであるのかはさておき、

私の友人は、「お誕生日おめでとう」に引っかかったようでした。

つまり、あの歳になっても誕生日はめでたいのかということです。


歳を重ねることと成長することは同じではありません。

ひとは、ただ年齢を重ねるだけでは成長しないのです。

その証拠に、品性や知性はまったく年齢に比例していません。

どれだけ長く生きたかよりも、どれだけ多くを学んだか、

要は、どれだけ時間を有効に費やしたかが問題なのです。


私が10代のころ思い描いた20代。

私が20代のころ思い描いた30代。

その心象と現実のギャップは激しく、戸惑いを覚えるほどです。

私は、時間を有効に費やせてこなかったのでしょう。


しかし、私はそこに人間のおもしろみがあるのだと思います。

ときが流れて、あのころとは違う私がいるのと同時に、

ときが流れても、あのころと変わらない私がいるはずなのです。


歳を重ねることと幼心を失うこともまた同じではないのです。


                                     by スグル