勉強にコピーを利用することの効用をよく耳にする(たとえば,和田秀樹『和田式書きなぐりノート術』学習研究社)。我が家でも,ほんの数枚の複写が必要といったときにはコピー(デジタル複合機のコピー機能)を積極的に利用している。
しかし,参考書まるごと1冊など,ある程度の量の複写がまとめて必要なときは別である。ページめくりしてはボタンを押すという単調な繰り返し動作の労力を同じくかけるのであれば,コピーよりスキャンに対してするほうが合理的である。スキャンしたものを印刷すればコピーと同等であり,しかもスキャンにはコピー以上の効用がある。スキャン(+印刷)とコピーとは大は小を兼ねる関係にあるのである。
書物をスキャンしてデジタルデータ化することを最近は「自炊」という。従来,コミックを「自炊」してiPhoneで読むといった使われ方が一部でなされ,そのためのノウハウが蓄積されてきた。この記事は,教材を自炊することの効用と方法を検討するものである。教材に特有の制約が機器選択に影響することが明らかとなる。
スキャンに固有の効用(コピーに比べ大なる部分)は次のとおりである。
- 再度必要になったとき,もういちどコピーする手間が省ける。
- 画像編集ソフトにより,編集できる。
(ア)オークション等で入手したり,塾や家庭学習で書き込んでしまった使用済み教材の書き込みを消去して再利用する。
(イ)必要箇所のみを抜粋してまとめノート・間違いノートを作る。
(ウ)1ページ1問のレイアウトにしてやる気をかき立てる。
(エ)一部を白抜きにして穴埋め問題を作る。
(オ)一問一答問題集の解答の赤色のみを消してかわりに解答書き込み欄を作る(スキャナの機種によっては,画像編集の介在すら必要とせずに赤色ドロップアウト機能によって自動でできる)。
(カ)フチの影やゴミを除去して見栄えをよくする。 - コピーと違い,うっかり汚すなどのリスクがない。
- 保存場所をとられない。
(ア)必要な時にその都度印刷して使うことができ,整理しやすい(PDFファイル化したものをネットワークHDDに保存し家庭内で共用するのがおすすめである)。
(イ)すぐに使うとはかぎらない教材を将来に備えてよそから借りるなどするとき,コピーでは保存場所をとられることになるが,スキャンして作成したPDFファイルならその必要はなく,心理的ハードルが下がる。
(ウ)「たぶん使わないがもしかしたら使う可能性がある」程度の資料の原本を念のために保存するかわりに,スキャンしてPDFファイルにしておくことで原本を処分するまでの心理的ハードルが下がる。 - バックアップをとりやすい。そのもつ意味は様々である。
(ア)情報交換(よい子は著作権を守りましょう)。
(イ)遠隔利用のための参照。たとえば私が出先にいるとき,子供からSkypeやLine経由で質問が寄せられることがあるが,手元のバックアップを参照しながらすぐに回答できる。
まず,1.作業効率・スキャン品質と2.機器導入コストのいずれを重視するかに分けたうえで,次いで,教材の形態に応じて最適なスキャン方法を紹介する。
A.プリント教材の場合~ドキュメントスキャナ
プリント教材の場合,1ページごとに手差しでスキャンするのは無駄である。ADF(自動原稿送り装置)で数十枚を一気にしかも両面同時にスキャンする専用のスキャナ,すなわちドキュメントスキャナを使用することで圧倒的に作業が効率化できる。
ドキュメントスキャナの分野では,富士通のScanSnapとキヤノンのimageFORMULAが従来からしのぎを削ってきた。対応用紙サイズがA4どまりである点をのぞけば,いずれも最上位機種の完成度は高い。
しかし,やはり教材スキャン用途としては用紙サイズがネックになる。富士通もキヤノンも,B4サイズ以上に対応するドキュメントスキャナは業務用の非常に高価な機種しか発売していない(たとえば,業務用の中での最低ランク機種でも,富士通fi-5530C2 実売220,000円[価格.com],キヤノンimageFormula DR-M1060 実売211,000円[価格.com])。一般家庭にとって現実的な選択ではない。
一方,コクヨS&Tが唯一,普及価格帯(実売58,000円[価格.com])のA3対応のドキュメントスキャナ CaminacsWを発売している。かつて私も利用していたが,富士通やキヤノンの上位機種とは異なり,超音波による重送検知機能がないため,重送にひどく悩まされる。また,ホコリや紙粉の影響を敏感に受けスキャン画像にスジが入りやすい。用紙サイズの点で一般家庭用には他に選択肢がないとはいえ,非常にストレスのたまる機種であり,おすすめできない。
では,どうしたらいいのか。私の結論は,業務用ドキュメントスキャナの中古品をYahoo!オークションや中古OA販売店から購入するという選択である。中古市場価格と機能のバランスから,現在なら,キヤノンDR-5010Cの完動品が3万円以下で手に入るならば悪い買い物ではない。(追記:2024年4月現在は,その後継機種のDR-6030Cがリース落ちが安定して流通して値段が下がっており,おすすめである[3〜4万円]。なお,DR-5010CはWindows11に対応の記載はないが,実際には動作する。)
私自身もDR-5010Cを落札相場6万円程度の時期に購入し,現在も非常に満足して使用している。ScanSnapとは別世界が開けること請け合いである。とはいえ,この種の機器に疎い一般人にいくら説得しても無駄なことも経験済みであり,なんとももどかしいことである。
機種の候補をもう少し広げるにしても,下表の中から選択するとよいだろう。型落ちのものも型落ちになった時期が比較的最近であり,数十万円する現行品と遜色ない機能をもつ。リース落ちの発生するタイミングによって流通量は変動する。
機種 | 発売日 | 販売終了日 | 備考 |
キヤノン DR-6030C | 2010年10月22日 | 販売終了 | 2024年おすすめ |
キヤノン DR-5010C | 2005年4月6日 | 2010年10月15日 | おすすめ |
キヤノン DR-9080C | 2003年10月20日 | 2009年4月15日 | |
キヤノン DR-7580 | 2005年5月上旬 | 2009年3月 | カラー非対応。グレースケールでかまわなければ。1万円代で流通。 |
FUJITSU fi-5530c2 | 2007年7月30日 | 現行品 | 中古相場30,000円を切る |
なお,キヤノン DR-3080C2(発売日:2004年9月6日,販売終了日:2008年9月)も一見よさそうに思われるかもしれないが,B4サイズには対応していてもA3サイズには対応していないため,A4の中とじ冊子のスキャンに使用できないという点で,上表の4機種に比べて活用できる場面が狭くなる。また,FUJITSU fi-5530c(FUJITSU fi-5530c2の前モデル。販売終了日:2007年8月20日)がオークションで格安で流通しているが,いくらA3サイズ対応していても,古すぎてWindows7ですら動作しないので,買ってはいけない。
B.本の教材(中とじ製本)の場合
教材の多くは製本されている。教材の製本の方法にもいくつかあるが,スキャンとの関係では,中とじ製本とそれ以外の区別が重要である。
ほとんど知られていないが,中とじ製本の場合,A3対応ドキュメントスキャナで一気にスキャン作業を終えることができる。この方法なら裁断も不要なので本を傷める必要もない。
大きな流れはこうである。たとえば1~16ページで構成される中とじ冊子教材では、まず中心の針金止めをはずし(スキャン後に針金を戻すには,中とじ製本用ホッチキスを使うとよい。別記事「中とじ製本のすすめ~中とじ用ホッチキスの決定版」を参照),中心で見開いた状態の左側(1~8頁)のみを領域指定して両面スキャンする。次に排出された原稿を180度回転して原稿をセット,こんどは見開きの右側(9~16頁)のみをやはり領域指定して両面スキャンする。つまり手作業2回の工程のみで1冊分のスキャン作業が終了するというわけである。
C.本の教材(中とじ以外の製本)の場合
(1) 裁断可能な場合
製本されていても,裁断機(ダーレー Durodex 180DX,ダーレー Durodex 200DXまたはPLUS PK-513LN)で背を裁断して,ページ単位の状態にバラしてしまえば,その後はプリント教材と同様に扱える。Aで述べたドキュメントスキャナで一気にスキャンすればよい。
(2) 裁断不可の場合
本の背を裁断してページ単位にバラすことは原本を毀損する行為であり,常にそれが現実的とはかぎらない。本の経済的価値は著しく下がるし,バラバラになって使いにくくなる。
かといって製本されたままの状態で一般的なフラットヘッドスキャナでスキャンするのは非常に作業効率は悪い。また,スキャン品質についても,のど(閉じられた一辺)の部分にかげができてしまい,見栄えが悪いし,本を開いて手で押さえるので傾きが出がちである。できるかぎり見栄えがよいようにとか,傾きを避けようなどと気に掛けているとなおさら作業効率が落ち,ひいてはスキャン活用の場面が減ってしまう。
このような不都合を回避し,本の状態のままで,効率的にかつ高品質な仕上がりのスキャン作業を可能とするのがブックスキャナである。その代表的な機種で,実勢価格等も踏まえ総合的にみてイチオシなのは,plustek OpticBook 4800である。私も使用している。
plustek OpticBook 4800 54,800円
オーグショップ販売ページ
付属スキャニングソフトウェア Book Pavilionが非常に使いやすい。ページをめくっては本をスキャナに置いてスキャンボタンを押すという手作業を繰り返すわけだが,そうすると1ページごとにスキャン後の画像が逆さまになるのが自然である。Book Pavilionには「偶数ごとに180度回転」のような設定があるので,画像の向きを気にせずに機械的に作業することができる(私はだいたいテレビを見ながら作業する)。
Mac用ドライバは提供されていない。Macの場合はParallels Desktop for Mac上のWindowsで使用できる。
なお,plustek OpticBook 4800の上位モデルとしてplustek OpticBook A300 165,000円(オーグショップ販売ページ)がある。A3対応が魅力に思えるかもしれないが,製本物の教材にはA4サイズを超えるものは皆無に近く,A3対応ならではの活躍の場はほとんどない。
1で紹介した,A3対応業務用ドキュメントスキャナ(中古)(CANON DR-6030Cなど)とplustek OpticBook 4800 という最強の組み合わせを導入するとすると,中古の価格にもよるが,あわせて少なくとも9万円近くになる。
どんなに便利だといわれようとも,スキャン単機能にそこまでの出費をすることには躊躇するというのが賢明なる一般人の判断かもしれない。自炊生活に踏み出すにはとくに心理面で高いハードルがあるようである。
作業効率・スキャン品質より機器導入コストの安さを重視し,手軽にとりあえずA3対応環境を整えるには,A3対応のインクジェット・デジタル複合機がよいだろう。超音波による重送検知やスキャン後の回転保存,傾き補正といった,ドキュメントスキャナにおけるような便利な機能がない点で,作業効率・スキャン品質は多少劣るが,やむをえない。
Brother MFC-J6973CDW 実売33,500円(価格.com)
メーカー製品情報
価格だけなら業務用ドキュメントスキャナ(中古)と大差ないが,複合機としての機能も込みでのこの価格である。6年生になると,過去問の解答用紙(B4やA3)等を実物大で印刷する環境があると便利である。そのためにも役立つだろう。隣町のコンビニまで出かけて後ろを気にしながらコピー機を占領するといった気疲れの必要がなくなる。
結論として,教材のスキャンに最適な機器は次のとおりである。
教材形態 | 最適なスキャン機器 | ||
1. 作業効率・スキャン品質重視 | 2. 機器導入コスト重視 | ||
A. プリント | A3対応業務用ドキュメントスキャナ(中古) キヤノン DR-6030Cなど |
A3対応インクジェット複合機 Brother MFC-J6983CDW |
|
B. 本(中とじ) | |||
C. 本(中とじ以外) | (1)裁断可 | ||
(2)裁断不可 | ブックスキャナ plustek OpticBook 4900 |
A3対応と非対応とでの利便性の差はとてつもなく大きい。A3対応機なら中とじ冊子を裁断せずにオートドキュメントフィーダーにかけて高速でスキャンできる(たとえば,中学受験のサピックスの教材やテストはB5中とじ冊子が多い。それらをA3対応機でなら裁断せずに一気にスキャンできるのである)。このメリットを指摘する情報を一般には全く目にしないのは,A3対応機が業務用ばかりだからだろう。
更新履歴
2014年1月11日:初出
2016年1月:最新状況を反映
2016年8月:最新状況を反映
2017年6月:最新状況を反映