「BCSA100周年感謝礼拝」と学友たちとの再会
今日は今回のオーストラリア旅行のハイライト、バイブルカレッジオブ
サウスオーストラリアの100周年記念の式典がありました。
私は一応スピーチをすることになっていたのでネクタイを締めて
ジャケットもつけて出かけました。
会場には180人ほどの人が集まり、学生のバンドが賛美をリードし
式典が始まりました。
私の前に三人の人たちがそれぞれ学校で何を学び、今何をしているのかを
語りました。
わたしは四人目のスピーカーで、講壇のところに立ちました。すると
クラスメイトの数人が「わーーい、Kazだ!」と大きな声をあげ、会衆が
びっくりする中、私は話を始めました。
1972年から1925年までのビクターハーバーという町での学びは
私にとってはかけがえのないものでした。
学びといっても神学的、あるいは学術的な学びというより
3年間の寮生活の中で培われた「人を疎外しない関わり」の
麗しさについて私は語りました。
聖書の言葉に「主はわたしの羊飼い」という有名な言葉がありますが
私にとっては「羊飼いによる助け」「羊飼いによるみちびき」も
たくさんありましたが、むしろ「羊」「愚かな、迷いやすい羊たち」によって
励まされ慰められ、乗り越えられてきたように感じていますと伝えました。
留学生としてはちょっと恥ずかしいことですが、私は英語が本当に話せませんでした。
寮生活のルールも覚えるのに時間がかかりましたし、勉強についていける自信は
まったくありませんでした。でも教授たちの優しさもさることながら学生たち
クラスメイト、ルームメイトの優しさ、心配りが本当にありがたく、彼らの助けが
あってこそ卒業までこぎつけることができたのだと確信しています。
式典が終わり、庭の大きな木の下でピクニックランチのような食事をし
その時も1971-1975年ころに学校で一緒に学んで人たちが輪になり
あれこれ分かち合いました。
それが一段落してから、友人のところにまた自由に集まり二十人くらいが
集まったのですが夕方6時頃まであれこれお菓子や果物を食べながら
おしゃべりの時間になり、みんなそれぞれ名残惜しそうに帰っていきました。
あらためて、私はこれらの人たちに祈られ、支えられ、ここにある
疎外されない安心感のなかで「いてくれてありがとう」を実感したのだなと
思いました。わたしの「いてくれてありがとう」のルーツを見たような気がしました。
月曜日も、火曜日も、あちこちに住んでいるクラスメイトたちが私を歓迎してコーヒショップで
集まることになったり、むかし学んだビクターハーバーという場所に集まろうと
いうことになったりして、帰国の日まで、あちこちで明るいクラス会が継続的に
開催されそうな感じです。ありがたいことだなと心から思います。
出来の悪い羊のような私の存在をいつも暖かく迎え入れてくれる仲間たちに
心から感謝しています。
そして、そんなことを経験しながら、MACFのみなさまの継続的な支援の心、
また、優しさを思い浮かべ、また臨床美術の仲間たちの穏やかな包容力を
思い浮かべています。ありがたいことだと思います。
心から感謝しています。
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映像は