半醒半睡。 -143ページ目

半醒半睡。

夢か現か・・・日々この連続

菅首相の携帯料金値下げ発言により

携帯電話通信事業大手3社のサブブランド名が次々に発表されました。

それぞれの料金プランも魅力的な価格帯で

若者たちやITに馴染んだ世代の方たちにとっては

以前からあった格安スマホなども加えると選択肢が一段と増えたことでしょう。

消費者としては本当に有難いことです。

 

 

でも、有難いことばかりではありません。

今回のことで困っている人たちもいます。

モバイル弱者IT弱者と言われる高齢者達。

家族と暮らしている高齢者であれば心強いでしょう。

時代のギャップを縮めてくれるのは自分よりも若い家族ですから。

 

 

一人暮らしで、パソコンも持っていないし、スマホも使いこなせない。

ガラケーが使えなくなると言われてスマホにはしたけれど料金は高い。

電話を掛けて、受けるだけ…程度しかスマホを使うことのない高齢者にとって

今回のサブブランドのスマホは、もの凄く魅力的。

料金が安いし切り替えたいけれど、どうしてよいのか分からない・・・と思うのです。

 

IT時代と言われ、何でも便利になっているけれど

ネットに馴染みのない高齢者にはその便利さも手探り状態なのではないかと思います。

 

 

電波を使っての文字のやりとりに慣れない高齢者には

銀行にATMが登場した時のような、おっかなびっくり状態・・・そういう人もいるでしょう。

事実、ATM設置初期の頃にはお年寄りに聞かれることがよくありました。

終いには横にいて教えて欲しいと言われ、行員の方を呼んだこともあります。

その時代から随分経ったとはいえ、基本的にはそう変わらないと思うのです。

 

申し込みはWEBのみ。

聞きたいことがあっても受け付けるのはやはりWEBのみ・・・

 

確かにWEB対応で価格を下げているのですからそれは仕方がありません。

元の契約のままでいいか・・・と、高齢者は諦めるしかないのでしょうか?

 

 

同じような一人暮らしの仲間と最近そういう話題になることが多いのですが

結局結論が出ないまま、まず情報をあつめよう・・・という話で終わってしまいます。

それが時代の波になかなかついていけないオバチャン達の悲しさです。

少しづつでもついて行けるような速さなら何とかなりそうだと思うものの

技術の進歩、その速さに高齢者はとてもついていけるものではありません。

 

彼女も私も『ガラケー無くなるからスマホに切り替えた』組。

スマホに固執している訳ではないので『安くできるならそうしたい』派。

 

彼女には離れて住んでいるとはいえ息子さんがいるので相談できるからまだいい。

「でも、なにかあった時すぐには役に立たないよ・・・」

確かに・・・今までなら近所にあるショップに行けば済むことも

WEBでしか対応してくれないなら・・・考えちゃうよね~・・・となる。

彼女は最近パソコンから離れてしまってネット環境はスマホだけらしいから尚更。

 

私達オバチャンが抱える多くの不安要素、どうやったら解決できるのか・・・

 

 

とにかく、時代はネットありき!なんだね。
 

 

 

 

 

今思えば・・・

かなり前からテレビなどで当たり前のように、このような画像を目にしてきました。

 

私達パソコンやスマホを使う人には『検索』は身近です。

というよりインターネットから『検索』なくしては意味がありません。

 

私達はあって当然のように思っていますが

ネット環境に縁のない高齢者にとっては身近なものではないように思いました。

 

 

当時から

 

「すぐに検索!」とか

「詳しくはネットで・・・」とか

「こちらからどうぞ・・・」とか。

 

ネット環境にある者だけの特権・・・的な?

今どきネットくらいできて当然・・・的な?

ネット環境にある?なし?の差別???

 

ネット環境にない人は情報が少ないまま・・・です。

あるいは皆無。

損得で言えば、損。

 

 

私の父は現在90歳ですが10年程前まではパソコンを弄っていましたから

この『検索』は理解していましたし、いろいろと楽しんではいたようです。

しかし、パソコンに触れるようになって僅かな期間しかなかったので

パソコンというマジックボックスを使いこなすまでには至らず

年賀状の印刷だの、住所録の整理だの時々グーグルマップを眺めていたりする程度でした。

僅かでも好奇心がある方だと思える父でさえそうなのですから

触れたこともない・・という高齢者もいらっしゃるでしょう。

 

 

科学技術が進んで、世の中が便利になることは素晴らしいことです。

寿命も延びて、人生を謳歌できる幸せをも感じられます。

 

ただ、その速度が速くて・・・

当たり前のようにどんどん先に進んでいるように感じるのです。

 

戦中戦後の教育を受けてきた高齢者は横文字にもなかなか馴染めていません。

携帯電話を手にして、ようやくそれに慣れてきたとたんにスマホの登場。

スマホも既に存在していましたが、高齢者にとっては手が出しづらいアイテム。

掛けて受けるだけ。ちょっと高度になってメールが何とか打てればいい。

まぁ、カメラ機能で写真を撮ることもあるかも・・・程度。

高齢者の方たちは概ねそのような意見です。

 

 

ネットにもモバイルにも疎いそういう高齢者がどうも置き去りにされている

そう感じるのは、私だけでしょうか?

 

 

確かに、スマホを難なく使いこなしている高齢者の方もいらっしゃいます。

尊敬します。羨ましくもあります。

興味があって、必要性を感じて覚えていくのですよね。

得手不得手もあるでしょうし、興味の度合いも違うでしょうけれど

それは本当に素晴らしいことだと思います。

 

でも、やはりそういう人は僅かでしょう。

 

 

今や携帯電話は生活から切り離すことはできません。

高齢者にとって携帯電話は頼りになる存在でもあります。

家族や友人たちと繋がるための大切なアイテムです。

心強い連絡係でもあるのです。

だからこそ、もう少し寄り添ってほしいと感じました。

 

 

 

WEBのみの扱い・・という

 

 

枠の中から弾かれたような寂しさを感じました。

 

 

・・・考えすぎかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

21日は『国際母語デー』だそうです。

 

言語の多様性、多言語の使用、母語の尊重

それらを推進することが目的・・・とのこと。

 

制定されたのが1999年と言うから、すでに20年以上も経っているのに

初めて知りました。ホント、ものを知らないオバチャンですσ(*´∀`*)

 

 

 

 

私は日本人として生まれてン十年。

であるにも拘わらず、未だに日本語の難しさに四苦八苦している有様です。

正直に言って、日本語は本当に難しいんだよね・・・

 

でも、逆に言うと奥が深いともいえる訳で・・・

 

 

一つの言葉でも表現の仕方がたくさんあります。

その言葉を表す漢字も多いです。多いから覚えるのも大変。

でも、だからこそ日本語の表現は美しいと言われる所以だとも思います。

 

色を表す言葉などもその一つ。数百色もの優雅で美しい言葉で表されています。

黒という色でも

『黒』『涅色』『黒檀』『漆黒』『墨色』『濡烏』『呂色』とこれだけあります。

これにまた違う色が加わると、微妙に変化して新たな名前がつけられるのでしょうね。

因みに『滅紫』・・・心が落ち着く私の好きな色です。

『めっし』と読みますが滅私奉公の『滅私』ではないですよ(〃艸〃)

音が一緒でも漢字が違うと全く別の意味になる・・・ここも難しい。

 

 

先日、とあるTV番組で

漢字をひらがなで書くと優しい印象になる

また逆に、ここは漢字で表す方が情景が相手に伝わる・・・

その句によって使い方を変えてみる。

 

というようなお話をされていた俳句の先生がいらっしゃいました。

確かに!そうだね!ウンウン

 

そういうテクニックをも駆使して表現できる日本語は面白いと思います。

ただ・・・何度もいいますが・・・・・本当に難しい。

 

 

同じ物でも地方地方で名前が変化したりもします。

何が由来なのか全く想像もできない名前だと、聞いただけではさっぱりわかりません。

漢字の読みも、想像できない読み方になったり、ね。

常用漢字・人名漢字・・・周りに溢れている漢字ばかりでなく

パソコンに内蔵されている漢字群を想像すると、気絶しそうです。

地名・人名は難しい日本語の読み部門代表だと思います。

例え読み間違っても恥じることはない・・・そう思えるほど日本語は難しい。

本当に・・・どこの国の言葉より難しいのではないかしら。

 

他の国、知らないけれど( ̄m ̄〃)ぷぷっ!

 

 

 

 

目にする単語だけでもそう思うのに、話し言葉ともなると

丁寧語だの、謙譲語だの、尊敬語だの・・・

どれだけの人が使い分けられているだろうか?と思うわ。

 

昔は目上の人に使ってはいけない言葉・・とか

こういう場合はこういう言葉を使う・・・だとか

周りの大人は本当に煩かった(厳しかった)けれど、今はどうなんだろう?

 

歴史と共に言葉も変化していくと言います。

昔の言葉など私にはさっぱりわかりませんけれどね。

なにせ古典のテストではいつも最悪でした(*⌒∇⌒*)テヘ♪

 

広辞苑改訂版には新しい言葉がかなりの数追加されたと言います。

言葉を知らないオバチャンにとって広辞苑などの辞書は必須アイテムなのかもしれません。

辞書をひかなければわからない言葉が多すぎてパニックを起こしそうです。

今までが知らな過ぎたのか・・・

 

短縮語・複合語短縮などもどんどん登場し、まだまだ言葉は増えていきそうです。

 

言葉の変遷はこんなにも早いサイクルで起こるものなの?

ある程度の年月を経て変わっていくものだとばかり思っていた私は

非常に強い取り残された感に戸惑っています。

 

世の同世代のオジサン、オバサン・・・教えてください。

私だけですか?(*´;ェ;`*) うぅ・・・

特に若者言葉に関しては翻訳機が欲しい・・・

バウリンガルより難しいように思う・・・(=ェ=`;)

 

 

 

若者言葉はまぁ良いとして、大人の言葉も良く分かりません。

横文字を並べられると分からない単語の半分以上はスルーしてしまいます。

英単語は調べれば何とかわかりますが・・・

町内会のオバチャン達の井戸端会議では全くと言って良いほど遣いません。

日本がグローバル化の流れの中にあることはわかります。

私達も世界の共通語を学ばなければいけないとは思います。

そう思うと私達が過去に習った英語の授業は殆ど無駄だった感は否めません。

でも、日本人には日本語で伝えて欲しいとオバチャン達は希望します。

 

 

テレビを観ていても、時々違和感を覚えます。

最近よく耳にしませんか?『~してございます』という謙った(謙り過ぎとも思える)言葉。

私がそういう環境にいないから耳に馴染まないのか・・・?

丁寧語として間違った使い方はしていないのだろうけれど・・・とても気になります。

頻繁に使われているのを耳にすると、慇懃無礼にさえ感じるのです。

長年、ニュース番組やその中での会見等をみていてここ数年特にそう感じます。

 

お話されている方が一貫してこういう言葉遣いであれば

「この人はこういう話し方をする人なんだなぁ」と納得するけれど

時には『~です』であったり、その後に『~してございます』となったり。

使い慣れないなら、自分の言葉で話せばいい・・・まぁTVならば少しは丁寧な言葉で。

そのほうがすんなり耳に入ってくるように思います。

 

いつからこのような言葉を使うようになったのでしょうね?

TVの会見等で最初に使った人をみて

「これだ!」とでも思ったのか・・・

それともプレスリリース担当者の意向か・・・

どちらにしても今までそういう言葉を使ってこなかったエリアで

急に蔓延りはじめたみたいで、やたらと気になって仕方がないのです。

 

 

さらに気になる日本語では『ら抜き言葉』

随分前から耳につくようになっていました。

『ら抜き言葉』は美しい日本語からかけ離れているように感じます。

私だけが感じるのでしょうか・・・

『ら抜き言葉』は既に日本中に蔓延してしまっているようで、致し方ないのかな?

使って当たり前の日本語になってしまっているようです。定着組ですね。

そういう時代なのかもしれませんけれど・・・ね。

私自身『ら抜き言葉』を遣わないよう気を付けたいと思います。

 

 

そしてもう一つ、どうでも良いことなのですが

ある時から気になった病院での「患者様」呼ばわり。

患者様って・・一体誰?いつからこういう扱いになったのだろう?

これこそ慇懃無礼の極みだわ・・・と思った記憶があります。

医療を受ける側と施す側、凄く距離感を感じたのだけれど、それは私だけでしょうか?

規模の大きな病院であればあるほど「患者様」の言葉を強く感じました。

○○さぁん・・・でいいのよ!

その方が早く治る気がするもの・・・私は。

 

 

 

 

 

あぁぁぁ~

今日も何を呟いているんだか・・・

語彙の貧困さを曝け出して・・・恥ずかしくもなく・・・偉そうに・・・

+。゚ハ.:。゚ズ::。+゚(つω・`)゚+。::カ。:.シ。+。イ・・・ネ

 

 

 

日本人として生れてン十年経っても、未だにこんな状態・・・

試しに日本語検定、受けてみようか・・・

でも、もし落ちたら・・・かなりショックだよねぇ・・・

 

その時は、日本に来てまだ僅か・・・ってことにするかな。

ニワカニホンジン デ─ʅ( ‾⊖◝)ʃ─シュ♪

 

いや・・・外国の方の方が日本語をよく勉強されているから

それは失礼と言うものだし・・・

 

 

日本人として恥ずかしくない言葉を使うように心がけよう・・・と思います。

少ない語彙でも自分なりの言葉を使って・・・

そして、ちょっとずつ語彙を増やしていけたらと思っています。

 

 

 

 

いつもこのようなくだらない戯言にお付き合いくださいまして

アリガトウ<(_ _<(_ _<(_ _)>_ _)>_ _)>ゴザイマスッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私事ですが・・・

自分では記憶力は決して悪いほうじゃないと自負していました。

年を重ねてからそれが低下してきていることは十分理解していますし

記憶の抽斗がなかなか開かないことも自覚しています。

 

以前は、家計簿に記載した物を見ただけで、その日にあったことを思い出せたし

一度でも会った人ならば名前も忘れなかったし・・・それが仕事にも役立っていました。

 

それが、今じゃどうでしょう!( o´ェ`o)ノ(。ノω\。)゚・。

記憶の倉庫にあるものは、埃臭い過去の記憶、そして自分の身近にあることばかり。

それさえも段々怪しくなってくるわけで・・・

って、自慢できることじゃないけれどね。

 

 

随分前ですが、固定電話に友人から電話がかかってきた時のこと。

携帯の電話番号教えてーと言われて

「ちょっと待ってー。一回切るわ」

スマホで自分の番号を確認して、序でにメールアドレスもチェックして

「もしもーし。番号はね・・・」

と伝える始末。

オバチャンだからね・・・笑ってください。

 

 

まぁ、私などが学生のころは携帯電話などなかったから

電話をかけるために必ず持っていたのが小さなアドレス帳。

いつの時代も女子学生は可愛らしいものが好きなようで

お洒落な文具などない時代でしたが、可愛らしく工夫して持っていましたね。

アドレス帳を携帯していても、知り合いや友人の電話番号は結構記憶していたと思います。

そういう方は多いのじゃないでしょうか?

 

自宅の電話も、現在のように番号を登録できる機能なんてなかったから

必ず電話の横に電話帳が掛けてありましたよね。

よくかけるところは電話帳をみなくても覚えていませんでしたか?

で、ジーコジーコってダイヤルを回してかけてましたよね(ノω`*)デンワ♪

 

 

そういう時代でした。

とにかく高度成長期に入ってからの日本の発展は目覚ましかったと思います。

私は高度成長期以前の日本を知りませんけれど

日本の社会がかなり便利になり始めたらしい・・・と、随分後ですが・・・感じました。

 

住んでいる処が都会ではなかったから、実感するまでにはタイムラグがあって・・・

それにまだ幼かったし・・・当然ですよね。

 

 

70年代に入って便利さは加速していきました。

それでもコンピューターなんぞは一部の技術者が使うものというイメージでした。

高校で実務の一部として習っただけです。

要するに今のように個人が使うような代物ではなかったわけです。

コンピューターは持つものじゃなく設置するもの・・・だったしね。

とにかく巨大。でも、今のパソコンの方が遙かに能力は高い。

 

 

電子計算機なども、私が初めて手に触れたのはやはり1970年代に入った頃。

それ以前の計算機はレジスターのような大きさだったそうで

(今のレジスターはもっとコンパクトになってるだろうけれど)

それがかなり小型化されたというので父が購入したものでした。

当時の価格で18万円だか15万円だったか・・・

父と母が計算機のことで喧嘩していたのでそういう記憶が残っているだけです。( ಠωಠ)ハァ・・・

 

確かにね・・・便利ではあるのだけれど・・・

ソロバンや計算尺で十分じゃないか!と、計算機など使わない母から見たら

計算機ごときにそんなに出すか?ってな感じ?・・・高いし。

 

結局購入したものの、そのことで父と母はずーっと・・バチバチ状態・・・

計算機の存在がいつまでも火種として燻ぶっていました。( ̄∇ ̄;) 空海の火じゃあるまいし

どーでもいいじゃん・・・父も仕事で使うのだし・・・

 

 

あー・・・これこそどうでもいい話でした。我が家の恥部でございましたわ。

 

 

 

今じゃ、100均でも買える電卓です。

コンピューターは益々小型化し、スペックを詳しく言われても今の私には珍紛漢紛です。

パソコンとの最初の出会いからもうかなり経つけれど

パソコンはマジックボックスだと、私は今でも思っています。

なんでもできるし、世界はどんどん広がるし・・・ね。

可能性を広げてくれる手放せない存在です。

 

携帯電話だって初期のものとは全く比較にならない程能力が高い。

今は5Gだものね・・・凄いよ。

私が80年代後半に使っていた携帯電話は新しく登場した折りたたみ式。

バッテリーが2時間程度しか保たないので予備バッテリーを持参していました。

それがまた重いのよ・・・

基本料金も馬鹿みたいに高くてね・・・

弟が使っていた内の一台を使っていたのですが自分では絶対払えない・・・

その頃の携帯電話は一般的ではないものだったのです。

携帯電話で話していると、「何者だ?」っていう目でジロジロ見られるし。

だからいつもコソコソ隠れて電話して・・・逆に怪しかった。今では懐かしい思い出です。

スマホになった今では、もうこれは一つあれば千人力・・・ですよね?

とても心強いアイテムであることも事実だと思います。

 

 

だけどねーこれもかなり前の話だけれど

携帯電話のバッテリーが切れて難儀したことがあるです。

近くに公衆電話もなくて、何より電話番号が・・・わからない。

その時は公衆電話探し歩いて、記憶する番号にあちこちかけて何とか辿り着いたという

もの凄い疲労感しか残らなかった・・・٩( ⺤◊⺤)۶

 

今は充電するのに便利なアイテムが何処にでも売っているし、どこでも充電させて貰えそうだし。

でも、たとえバッテリー切れになったとしても公衆電話に遭遇して

電話番号が頭の中にインプットしてあれば掛けられる訳だけれど・・・

ただ、その公衆電話が・・・今はないのよね。

 

ついつい頼り切って当たり前のように

着信履歴から指一本でピッ!っと・・・通話できるし

メールもLINEも同じ。

相手の番号やアドレスなんて全く記憶していないし記録もしていない。

 

覚えているのは自分の番号とアドレス。

その番号でさえ、最初のころは聞かれると確認しなけりゃ分からない状態だったけど。

 

 

最初に書いたようなこと(結構電話番号を覚えている)が実際にできてたんだよー

なんて言った私が大法螺吹きみたいで・・・悲しくなるわ。

 

書くことで覚えることってありますよね?

手帳に書き留めて、それで記憶して番号を覚えていたのでしょう。

その繰り返し・・・が、多くの記憶に繋がるのだと思います。

それが今や便利になり過ぎて、電話番号に関してはスマホ任せ。

私の脳味噌はどんどん退化しているように感じます。

 

 

もはや・・・脳味噌はツルッツル・・・

 

ここ最近は言葉も出てこない。

il||li(つд-。)il||li

 

何より変換ミスに気付かなかったり・・・する。

メールなどは確認してから送信しているはずなのに・・・気づかないんだね~

ブログだって読み返しているんだけどなぁ・・・

後で目にして恥ずかしくなることなどしょっちゅうなのですわ。

 

 

 

 

最近、オバチャン達が顔を合わせると、こういう話ばかりです。

 

 

「呆けたくないよねー」

 

「家族に迷惑かけないように少しでも健康で長生きしなくちゃねー」

 

 

何をするにも動けなければ・・・ね。

高齢者にとって元気で動けるということはとても大事なことです。

 

それにはどうしたらいいのか!

 

 

「身体は便利な時代に順応しちゃっているから今更原始的な作業はできないし」

 

「急に始めると、身体が保たないし…ねぇ~」

 

「何かあったら家族に迷惑かけるしね~」

 

「年寄の冷や水って言われそうだし(*≧∀≦)(≧∀≦*)ネー♪」

 

 

ハイ!こういうときは都合よく年寄に甘んじます。

 

 

 

 

ここで、オバチャン達は閃いたのです。

 

 

身体も・・だけれど、脳味噌を鍛えよう!と・・・

 

 

一人でいると言葉を忘れます。

記憶も低下します。

 

そこで登場するのが唯一人間に与えられたこと・・・言葉です。

 

 

オバチャン達の特権『お喋り』

これを無視するわけにはいきません。

 

お喋りはとても大事なことだと改めて悟ったオバチャン達。

 

 

 

一日一回でも誰かに会おう!

 

出不精の私にとってはキツイ目標ですけれど

脳味噌ツルツルから脱却しなきゃ・・・

 

 

 

一日一回、誰にでもいいから挨拶をしよう。

これだけでもいい。

ここから始めよう。

 

と、今後の目標に掲げたまころんです。

 

○o。―ヽ(・´∀`・)ノ―。o○