[短篇小説] 死の足音が聞こえる時 | 妄想小説日記 わしの作文

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わたしの妄想日記内にある”カゲロウの恋”の紹介するために作った
ブログです

わたしは入院して心臓に爆弾を抱えている知った。いつ破裂するかわからないから覚悟だけは持っていてくださいと医師から言われた

。コロナに感染し意識を失った時、他の人みたいに死ぬ運命だったの

かもしれないが仏はわたしを呼び戻し今に至る。わたしにはまだやるべき事が残されているようで今死ぬことは許されなかったようだ。わたしの代りと言っては変だがわたしより5才年下のわたしと同様に副生産組合長をしていた男性がコロナに感染し死亡した。

 

20代で他界した彼女はやりたい事、夢を持ちながら癌が転移して他界しなければならなかった、30代で妻子を残したまま病死で他界した同級生、悪行を尽くしノイローゼで自殺した自業自得と呼べる同級生だが何を考えて何を感じていたかわたしはなにも知らない。

 

死はすべてを投げうつ、親や家族、知人、友人への憎悪や愛、続きを

見たいドラマやアニメ、好きな食べ物、愛しいペット、借金に貸した金や物品などであるが自殺を考え始めたら死ぬことしか考えられない。

そう考えると生者とは逆の思考でありがん患者でさえ息をする、物をみることさえ当たり前のことでなくなる、死が怖い、死んだ後のことさえ考え始める。死に恐怖しない為に宗教が存在し人は心の拠り所を

作る。人によっては死んだ後には何もない白黒のモノカラーの世界へ

いくしかないと考える人がいるが自然を謳歌し宗教を信じた人は天国か地獄へ行くことになるだろう、天界や天国を作るのはあなたの考え方次第なのだ。霊がいると信じていれば死後に先祖に会えるかもしれない。

 

死が近づくと幽霊と同じ土俵に立つとわたしは考えている。幽体離脱しているせいかわたしは霊に異質な存在とは思えず同じ人間だと思っている、しかしながら闇は怖い、だから本音で言わせて貰えれば闇に現れる霊は怖い。5才で海で溺れたせいか海中に闇をつくるせいかわたしは海が嫌いで海水浴など40年していない、そんなわたしでも海釣りが好きで30年海へ出かけた。海に恐怖心を持っていたから海で溺れなかったのかもしれない。

 

心臓が悪いと言っても痛い訳ではないし痛みがでるわけでもない、以前からあったのは疲れやすいだけで山登りには息切れがあっただけでその程度では病院で診て貰おうとは思わない。ふらつく、平衡感覚がおかしいなどの症状が出るだけで痛みがないのはある意味幸福と呼べるかもしれないが痛みがないので診察を受けようとは思えない。

だが死の足音は確実に近づいている、そんな時なにをするべきか?金があれば体験したことがないものを体験する、行った事がないところへ行くなど出来る事は広がる、金がなくても出来ることはある、それが料理や人の為にやるボランティアだ。声を出す勇気だけであなたを待っているひとがいる。諦めないで声をかけて欲しい。

 

おわり