二十歳を過ぎても部屋に籠り切りで買い物にさえ出かけない一人
娘の華憐は義務教育である中学校卒業同時に家へ戻ってきた。
中学を卒業してからは通信教育で大学卒業資格を取得する事が
出来たのが19歳の時それから現在の21歳まで部屋に閉じこもっ
た。この世に生を受けた時から身体中にはシミとも痣とも思える斑
点が皮膚を覆い幼稚園の子供たちからマダラと呼ばれたのが始り
だ。中学生に上がりマスクを被るようになったのは熱が籠らず呼吸
できる人工皮膚からマスクを作れたからで父である東条厳太郎が
いろいろ調査し探索したお陰である。このマスクの優れたところは
装着したまま喜怒哀楽が可能でさらに食事も出来るし水分補給も
可能、涙や鼻水といった分泌液も流せ自然に汗を流すのも出来る
だが首との切り替え部分が皮膚とは微妙に違うからマスクだと判
るのが欠点だろう。それでも華憐は気に入り家の中でも脱ごうとし
なかった。マスクを装着した時だけは化け物から女性になれると
華憐は考えていた、女性としての自信も得たようで明るくなれた。
明るくなった娘をみて両親は娘の幸せを望み見合いをさせる決断
を出した。だがそれは間違いだった。
見合いの相手の男は人当たりが良く家柄もいい、口調も丁寧で笑
顔からは好感を持てる清潔感溢れる好青年だった。母の香那江に
は完璧な申し分ない結婚相手だったので断る返事など夢にも思わ
なかった。
「ぼくは見た目で判断しません、人間は中身が大事だと思ってます」
「華憐さんみたいに口数が少ない女性は理想ですよ」
男の言葉を素直に信じ華憐はマスクを外してみると男の表情は一
変し汚物を見るように華憐は見られた、拒絶の言葉は即答された。
はじめての見合いだったが人間には裏表があると知らず深く傷付
いた華憐はその後見合いを受けなくなり父の厳太郎が人を招き
入れたり来客があっても華憐の部屋のドアは開くことがなかった。
22歳から23歳となる誕生日、東条の家に父のベンツ560GEが
戻ってきた。駐車場へ停めるとはじめて見る中年の男性が車から
降りてくるのが見える、華憐の部屋からはモニターから来客の様
子がわかるので居間まで行って見る必要はない。いつもなら華憐
が気にする事などなく誰かがやってきたくらいにしか思わないがそ
の男性がどういう訳か気になって仕方なかった。傍に行って話して
みたいけれどもこれまでの嫌悪され忌み嫌われてきた幼少時代を
思い浮かべると自分の容姿に自信が持てない。人に見られるのも
嫌だったから自分から話すことはなかった。気になる男性のいる居
間は廊下を隔て斜め向かいにある為中での会話は聞こえない、な
るべく聞こえるように部屋のドアに耳を当てても聞こえる筈はない。
「済まないがお茶を入れてくれるようにたのんでくれないか」
可憐の部屋には室内通話もできる固定電話が置かれて通話が可
能となっている。父親は使用人に頼んでくれと伝えた、だが華憐に
とって絶好の機会だった。以前中東に旅行にいった父がお土産に
買ってきてくれたシルク製の口元を隠す女性専用のマウスカバー
をつけ華憐はとっておきの王室御用達である紅茶を入れ居間へ
届けた。
「有難う華憐、香那江は今買い物に出てしまってな」
「わたしの娘 華憐だ、挨拶しなさい」
華憐は無言で頭を小さく下げた。そんな娘を見て厳太郎に文句は
ないなぜならどんな人間であろうと部屋から自らの意思で出てき
たのは初めてのことで父厳太郎からすれば進化の一歩目に感じ
たからだ。
「悪いな、波島くん挨拶も出来ない娘で」
「可愛いお嬢さんですね、縁談の話が絶えないでしょう」
「小学校ではマダラと言われ揶揄われたんだよ、それでも可愛い
と思うかな」
「確かに肌のいろは変わっていますが顔など各パーツのバランス
が良い、基本構成が優れている。美しい娘さんですよ」
父がマダラと告げた時華憐の人差し指はピクリと動いたが波島か
ら醜いと思っていた顔を褒められ真っ赤になるほど血が上がって
赤面した。以前なら恥ずかしさのあまり逃げてしまっただろうでも
華憐はその場で立ち尽くしている。
「華憐ありがとう、もうあっちへ行っていいよ」
「・・・」
父の東条厳太郎から部屋へ戻るように言われたが華憐はこの人
をもっと見続けたい、と思っていたようだ。
父が仕事で留守の時家には母と華憐そして使用人だけだった5
月のゴールデンウィーク、彰人の声が聞こえると華憐は居ても経
ってもいられずドアを押す跳ねるように開けると一目散に走る。
「あなた、どちら様。うちはアポなしじゃ門前払いなの」
「厳太郎さんか華憐さんおられませんか」
厳太郎の知り会いは何人か訪れたが華憐の存在を知る男がこ
の屋敷に訪れるのは初めてのこと、使用人の詩織はこの男が
何者なのかどういう関係で華憐を知っているのか興味が出てき
た、そこで華憐を呼んでみようと考えた。
「お嬢様を呼んできます、お待ちください」
詩織が呼びにいこうとしたところで走り寄ってくる可憐とすれ違う。
「あ、お嬢様」
「ハァハァハァ」
「華憐さん、先日は誕生日プレゼント渡し損ねたから持って来たん
ですよ」
「あ・り・が・と」
華憐は言語傷害でなく普通に話す事ができる健常者である。顔を
赤らめ恥ずかしいのか緊張で言葉が口から流暢に出なかった。
香那江はキッチンで男性に対し娘の華憐がはじめて話すところを
見たが見合いの時に見た男性と違い人当たりは良いとは思終え
ない、服装を見る限り粗野で貧乏くさくどちらかというと香那江の
嫌いなタイプだった。それでも娘が自分から迎えるなど今までない
事で娘は好意を持っていると思えた。しかし香那江にはどうしても
波島彰人を受け入れる事ができず帰宅した夫東条厳太郎を問い
詰めたのだった。
「あなた今日はじめて波島と言う男に会ったわ」
「そうか、どうだ華憐はまんざらでもないだろう?」
「ええ その様だったわ、でもわたくしは反対だわ」
「どこが、彼の何が気に入らないと言うんだ」
「すべてよあの男は東条の家に相応しくはない、なんであのような
男を我が家に招いたの?あなたの本心が聞きたい」
「波島さんは恩人だ、出来れば娘の婿となって欲しい。だが婿は
無理だろうからあの子を幸せにしてくれるのは彼しかいない」
「そんな事はないわ、きっとあの子に相応しい男性がいる筈わた
くしが探してみせるわ」
「それで見合いしてまた傷つけるのか?君は何人同じような男を
連れてきた、最初の男と同じ結末になるのがわからないのか」
香那江が厳太郎に意見したのは夕食の時であった、華憐の嬉し
そうな態度を想像すると苦手だった生姜焼きも美味しく感じる、
愉快だった気持ちを妻の波島を馬鹿にした言動が不快にさせた。
まして出勤前に誕生日プレゼントを渡したいという波島の電話に
大賛成したのは厳太郎自身だった。妻の言葉を聞き香那江が考
えを改めない限り華憐の心は開かないだろうと思った。
波島と出会い華憐は変わり始めた、父から貰ったマスクを常に被
り部屋にいる時でさ脱ごうとしなかったのが最近では家の中でマ
スクを被ったことさえない、しかも今まで使用人に頼んでいた買い
物も自分で家から出て買い物へ行く。近頃では愛用品がマスクか
ら橙色した紐で結ぶ革靴がお気に入りのようでどこへ行くにも穿
いて出かけてしまう。香那江からすれば年若き乙女の華憐ならば
パンプスとかサンダルの方が似合うと思い現場作業員が穿く様な
底の厚い靴をいつも穿くのが気に入らなかった。
「ねえ華憐ちゃんそんな武骨な靴はお止めなさいな、靴ならたくさ
んあるのになんでそんな靴を履くの?」
「ママは知らないのね、新しい靴は慣れないと歩き難いのだから
慣れるが必要なのねそれに重い靴でも足にフィットしてくれば軽
く感じてくるのよ」
30分後父の厳太郎が帰宅すると見慣れぬ登山靴が下駄箱にあ
るのを見つけた、国産のハンドメイドでオーダーして作った登山靴
とライトトレッキングシューズは厳太郎も持っている。だがイタリア
製のSPARCOという縦走用の革製トレッキングシューズは欲しい
が買っては無い。
「おい香那江、この登山靴どうしたんだ」
「それね華憐のよ、登山靴だったの?知らなかったわ」
「こんな思い靴疲れるからやめなさいって言ったんだけど足にぴっ
たりになれば重さを感じなくなるって、そんな事ないでしょ」
「いや登山ではそうなんだよ、でも一体誰から聞いたんだろ」
誰かに靴を買って貰ったようだがこれで娘と一緒に山にいける、
靴だけではまだ足りない物、ザックなどが不足しているので一度
華憐と一緒にアウトドアショップへ買い物に行こうと厳太郎は考え
た。外出を嫌がっていた娘だがメイドの詩織に聞いてみると2月1
3日には一人で買い物へ出かけたと聞いたからだ。
「2月13日は何かあったのかね」
「旦那様ご存知ありませんか、2月14日はバレンタインデーです
ですから女の子は2月13日にチョコレートを作りますわ」
「ああ、バレンタインデーか」
「ちょっと待ってくれ、わたしは娘からチョコを貰ってないぞ」
「どこかのニヒルな殿方にではありませんか」
「そいつは一体そこの誰だ?どこの馬の骨ともわからん男にか」
「旦那様はその馬の骨とお付き合いがあるじゃありませんか」
「馬は知らんがカモシカ君なら・・・ああそっか波島さんの事か」
「近頃では波島君と呼んでるみたいですよ」
「波島様じゃなくてか、わたしでも波島さんと呼んでいるのに」
「そこで詩織さんひとつ訊きたいのだが華憐に登山靴をプレゼント
した人物に心辺りはないだろうか」
「お嬢様からきつく口止めされてますのでわたくしの口から申し上
げることはできませんわ、お許しください」
「ああ構わない、そのうち判明するだろう」
詩織は言おうか言うまいか迷っている。実は華憐、家に内緒でア
ルバイトをしている。家にいれば詩織などの使用人がいる為に小
遣いは不要、しかし自分の都合でバレンタインにチャコレートを贈
る為、素材を買うために資金が必要となり仕事探しをした。しかし
中卒通信教育で大学卒業の資格はあるが企業は認めてくれない。
そこで波島彰人に相談し馴染みである喪失山荘という山用品専門
店での販売員を紹介して貰っていた。店の名前を言ったら有らぬ
誤解を生むだろうと考えると父親である厳太郎に教えるのは気が
曳けた。そもそも詩織は喪失山荘という会社名しか聞かされてい
なかったので大人向けのアダルトショップのような気がしたのだ。
2月から始めたアルバイトも鯉のぼりが空で舞う5月になり3か
月が経とうとしている。店の休日に波島を加えた従業員達と初
めて山登りした華憐には何もかもが新鮮で波島の為に弁当を作
ったのも華憐は初めてのこと、料理は詩織から学んだ。三角形に
はうまく握れず多角形のオニギリも形に囚われない波島は残さ
ず食べてくれそれは容姿に拘らない波島の人柄を現しているよ
うに華憐には思え自分の見た目に自信が持てなかった華憐にと
って救われた思いがした。6月になると梅雨前線が日本列島に
近づき雨が続く梅雨のはじまりを迎えた。雨で山に登れない日
波島は華憐の働く喪失山荘へやってくる。自分が紹介した手前
波島は華憐が元気に働いているか気になっていた所為もある。
接客する華憐は波島の姿を見つけると小さく手を振ってしまう。
そして梅雨の中休みとなる晴れた土曜日、波島と華憐が約束し
た二人だけの登山を遂に迎える。はじめて山に登った時はスニ
ーカーを履いていた華憐だが今日はオレンジ色のスウェード皮
の登山靴を履いている。はじめての登山で足を挫いた華憐の為
波島は過ぎた登山靴だったが縦走用の岩場でも登れる登山靴
を選び華憐にプレゼントしたのである。華憐にとって波島から貰
うのは誕生日プレゼントに貰った高度計つきの腕時計と2回目。
ザックはアルバイトで稼いだ給料で波島からアドバイスして貰い
自分で選んだフランス製でミレーというメーカーのもの。登山靴も
そうだがザックも使いたくて仕方なかった華憐は嬉しくて仕方が
ない。
山を登りはじめ1時間が経過した頃だろうか登山道の砂利に縦線
が伸びて何かが崖下に落下したような跡を見つけた。華憐は動物
が引っ搔いた後だと言うが波島にはこれが一体何を意味するもの
か知っていた。普段はよほど危険な場所以外ザイルやハーネスは
持って来ることはないが今回まだ登山経験の浅い華憐と同行の為
ザイルを持っていた。
「ちょっと行ってくるから待ってて」
「行くってどこに?ここを降りるつもりなの、危ないよ」
「なに最悪でも死ぬだけさ」
「そんな簡単に言わないでよ、波島くんが死んだらわたし・・」
波島からなんて言われようと下降は看過できずそれどころか華憐
は自分も下降すると言い出した。何の為に下降するのだろうと疑問
に思っていたが大事な用があるのだろうと華憐は波島を信じていた
ので下降する理由は敢えて聞かなかった。
「君は頑固な女性だね、いいよわかった一緒に降りよう」
「うん死ぬときは一緒だからね」
華憐にハーネスを装着し波島は上からザイルをゆっくりと下げた。
「あなた、どうしよう」
「どうもこうもない、誰かが助けに来てくれるのを待つしかない」
「スマホで連絡できないの」
「圏外だから電話は通じない」
「だから撮影するときは背後を気をつけろと注意したんだ」
「ごめん」
「そういえばおまえ知ってるか、山で事故にあった人は多いんだ」
「特にこの山は滑落事故が多くて若いカップルがよく出るらしい」
「やめてよ、気味悪い」
ただでさえ木に覆われ薄暗い、登山道から気が付かない崖下に
落ちたものだから野宿を覚悟しなければならない、そして日が傾
き夕暮れになろうとしていた。
「あなた、なんか音聞こえなかった?」
「気のせいじゃないか、こんな夕方に降りてくる人なんかいる訳
ない、まさかクマじゃないだろうな」
「熊がでるの?」
山の中腹に聳え立つ大木の影から長い髪の女が見えたようで
妻は恐怖で震えている。その少しあとに男の姿も見えたものだ
からアベックの霊が現れたと思ったようだ。
「で、でたあ~」
「落ち着けよ、あのヘルメットには見覚えがあるよ」
特徴的なヘルメットはBLack Diamondというメーカーのものでそ
れは夫の良く知る人物が好んで愛用しているものだった。
「おお波島さん、助かった」
「東条さんではないですか、どうしてここに」
「いや香那江が連れていけと言うもんだから連れてきたらこのザ
マさ」
「香那江が女の霊を見たって言うんだ、もしかして」
「華憐ちゃん出ておいでよ」
まさかこの山でしかも滑落したのが両親とは思わなかったし滑落
した人がいること自体華憐は思いもしていなかった。両親には黙
って波島と登山にきたものだから木陰で身を隠していたのだ。娘
が登山するとは考えなかった父厳太郎だったが同行者が波島と
わかると娘が登山靴を大事にしていた訳も理解できた。当初は波
島に助けて貰うのを嫌がった妻の香那江であったが厳太郎から
助けて貰うのは2度目だと言われ夫の命の恩人である波島の指
示に従わざる得なかった。暗い登山を4人で歩いているとアベッ
ク二人に声を掛けられた。
「すみません、道に迷ってしまって下山する道を教えて貰えませ
んか」
「・・・この道を進めば下山できますよ」
「ありがとうございます」
深くお辞儀をして歩いて行ったカップルに波島は違和感を感じた
から言葉がすぐに出なかった。ザックというものは毎年新しいデ
ザインが発表され店に並ぶ、だがアベックの背負っていたザック
は20年前に流行ったものであったがなぜか下し立てのように綺
麗だった。
「あれあのアベックは?」
「先に歩いていきましたよ」
骨折した香那江をおぶって先行する波島に東条と娘の華憐が追
いつき姿の見えなくなったアベックが気になったようだ。先に歩い
たとしても同じルートを歩くのならば足跡が聞こえるものだが暗い
登山道は静寂に包まれている。源太郎は小さな声で囁くように波
島に耳打ちした。
「波島さん、あの二人ってもしかしたら・・・」
「しっ、忘れましょう」
波島は香那江と華憐を脅かす真似はしたくなかった。
骨折った香那江を厳太郎は病院へ連れて行き治療が終わった
あとは二人で大町の不動産屋を訪れた。二人は最近のマンシ
ョンがどのような間取りでどういったシステムになっているのか
知りたかったようで物件をいろいろみたが気を引くものはなか
った。
「こんなシステムじゃだめなんだ」
「そうかしら、駅に近いしエレベーターもあるわ」
「セキュリティがしっかりしたマンションじゃないとダメだ」
「大町にはないかもね」
帰宅し香那江が居間で読書をしているとメイドの中でも華憐と親
しい詩織が居間のドアを開け香那江に意見したいような素振りで
速足で入ってきた。
「奥様、わたくし波島さんは良い殿方です。華憐お嬢様の幸せを
願うならば反対されるのはどうかと思っております」
「だからどうしたと言うの?」
「近頃お嬢様が変わったと思いませんか、腕なんて真っ白になり
ましたわ、このデータをご覧ください」
「そんなもの見る必要ないわ、一人で出歩く程綺麗になったじゃな
い。それよりあの靴はどうしました」
「奥様は捨ててきなさいと言われましたがわたしにはどうしても出
来ずに、申訳ありません」
「ふ~んそうなの、捨てていたらあなたを解雇するところだった」
「・・・それはどういう事でしょう」
「判らない人ね、今日も夫とマンションを見てきたところ」
「奥様それでは、」
「だってあの子、波島さんが死んだら死ぬっていうんだもん反対
出来る筈ないじゃない」
山で偶然華憐と会った東条夫妻は娘がアルバイトをしていると知
り娘に見つからない様に客に紛れ仕事振りを見ていると店を訪れ
た波島には家で見た事ないような笑顔で微笑んでいるのを見た。
”あなた、あの方のお仕事は知っているのかしら”
”なんでも新製品のフィールドテスターといって山で試用しレポート
を提出するのが仕事らしい、山岳雑誌にコラムを書いているとも
言っていたな。詳しくは知らんがね”
”固定給はあるのね、なくてもあなたの会社で雇えばいいだけな
んだけど”
”わたしは後釜にしたいと思っている”
二人の思惑など知らない波島と華憐は一歩づつ階段を登っていく。
階段の登りきった場所にあるのは結婚、だが今はそこまで考えて
はいない。
9月になり秋雨シーズン突入、長野では至るところで黄金色した
稲穂をコンバインで刈りこむ姿を見受けられひとつの区切りをつ
ける時期でもある。華憐は最近では珍しいことに自宅で読書をし
ていた。波島に電話しないのは波島が雑誌にのせるコラムの締
め切りに追われていたから邪魔するのを控えていた。珍しく母の
香那江が部屋のドアを叩き入室の許可を貰うことなくベッドに座
った。
「これあなたの鍵だから無くさないようにね、場所は長野市、6F
よ暗証番号はあなた達で決めなさい」
渡された二つの鍵は家の鍵に思えたが暗証番号は一体何の為に
必要なのかはわからない。
「これは一体どういう事なの」
「波島さんに電話して相談しなさい」
波島の入稿が済んだらしく波島の携帯から電話が掛かってきた。
父親の厳太郎から長野市へ住んでみないかと頼まれたそうだ。
東条厳太郎と波島は友人だが引っ越しを要求された場合、大抵
身分の違う男女の交際を親は許さず別れさせるために引っ越し
を東条は要求しているのだと考え不安を抱いた波島は華憐に電
話連絡をしたのだ。
「ちょっと違う気がするの、長野市に家を手に入れたみたいでママ
がわたしに言ったのよ、鍵を大事にしなさいって」
「僕に買ってくれたというの?」
「ううん、二人で暗証番号を決めなさいって言ったわ」
「同居しろってことかな」
「・・・」
家を出て独り立ちするために家を買ってくれたとばかり考えていた
華憐だった、同居することは頭になかったので波島から言われると
嬉しいやら恥ずかしいやらで電話越しに関わらず赤面した。
「まぁ住む住まないに関わらず一度見に行ってみようか」
「そ、そだね」
中古の家か知り会いの住居と思っていたが見に行ってみれば新
築マンションで分譲募集との張り紙から賃貸マンションではない。
しかも家財道具はすべて用意され書斎と思える場所にはカーブを
描く立派な机の上にはパソコンも置かれ寝室へいくとダブルベッド
と思える広大な白いベッドまで用意されていたから二人は驚いた。
「彰人くん、ここで二人一緒にねるのよね」
「新婚の新居みたいだよ」
「どうしようか?」
「どうする、転がってみるかい」
今まで華憐は勝負パンツって何だろう、何の為に必要なのかと考
えていた。今やっとその謎が解け詩織から持っているべきだと言わ
れた意味を理解した。そして勝負ブラも買わなくちゃと思った華憐で
ある。
おわり
この物語はフィクションであり実在の人物
団体には一切関係ありません

