座敷童子を探して東北の温泉旅館まで訪れた。老舗旅館は
座敷童子が現れると有名になり見ると幸福が訪れるというこ
とで訪れる人は多い。旅館は古く客室は太い柱を組み天井は
高く畳8畳間が二部屋襖で仕切られている。東北の山深い村
では冬の到来が早く10月だというのに気温は10度を下回る。
身体は布団をかけて寝ていても坊主頭では厳しいのか眠れ
ない、だがこの寒さは室温の低さだけではない気がしている。
午前0時になると寒さは更を貫き布団をかけていても足が痺れ
布団の中で身体の向きを何度も変えて寝返りをするが眠る事
が出来ない。午前2時の丑三つ時を迎えるが静寂を保つ部屋
は何も起こらず丑三つ時に期待していたせいか時刻が過ぎて
いくと重い瞼は下がっていった。午前4時熟睡していたぼくを誰
かが呼んでいる気がする。
「おじちゃん・・」
「おじちゃん、」
「起きておじちゃん」
座敷童子が現れて話しかけてきたと聞いた事がない、であれば
幼児の幽霊だろうかだが金縛りにはあっていないようで首は回る
恐怖心で汗が額から落ちて唇を濡らすのがわかった、ふとんの
中に潜ってみたが話し声は聞こえてくる。
「池袋の公園で会ったよ、何か書いていたね」
「大人が一杯だから怖くてパパに助けてって言ったの、でもパパ
は哀しそうな顔してるだけで答えてくれない」
ぼくは”あの子”だとわかり布団を捲って女の子をみた。幽霊だと
思っていたが視界に映ったのは格子柄の着物を着たオカッパ頭
の女の子、TVニュースでも見たあの時の女の子だった。
「君だったのか、でもなんで着物きてるの」
「ここで座敷わらしのおべんきょうしてるの」
「本当は人とはなしてはいけないの」
「そうなんだ、だったら話さないでもいいよ」
「ママがね人間になる前はざしきわらしだったの」
「・・・」
「でもねママは天国でパパを待っているんだって」
言葉を聞いた時ぼくの涙腺は熱くなった。ママは娘の為に嘘を
ついたと考えたからだ。ぼくは座敷童子をこの20年研究してい
た。そして座敷童子は妖怪でも幽霊でもなく神の親族だと知った
だとすれば神族であれば人間に転生した後どうなるのかは想像
できる。転生とは経験を積ませ学ばせるもので人間社会で言う
ところの左遷ではなく会社により功績を齎すための研修、講義で
ある。幼女の言葉に何も言えずただ涙が流れるだけだった。
”もうパパと会えないんだ”心の中で叫んでいた。
「おじちゃんを呼んでとみんなが言てた、で来たの」
「みんなって?」
「前にも遊んだって」
遊んだ覚えなどない、だが握ってと差し出した幼女の小さくて弱い
左手を払うなど出来るわけがなくそっと握った。旅館を出ると森の
中で木々が寄り添うように枝を延ばしお互いが支え合いその下だ
だけ通れる空間が開いている、天然のトンネルだ。50メートルくら
い通ると今度は白亜の回廊と思える壁も天井も歩く床さえ白く輝き
眼で見ても遠方は黒い点としか見えない、障害物のない南極で地
平線を見てると錯覚しそうな景色だ。幼女はそのいつまでも続きそ
うな廊下を走っていく、ぼくも後を追って走り始めたその瞬間、景色
が白亜から茅葺屋根の長屋へ変わり幻覚でも見せられていたようだ。時代劇で現れる貧乏長屋とあまりにも似ている古き日本家屋
は安兵衛か桃太郎の紋入り着物を着た武士が現れる、そう思い込
むが長屋から出てきたのは絣の着物を着た少年少女達だった。
「おじちゃん、なんで来てくれなかったの」
「そうだよまた遊ぼ」
「わぁ~い、おじちゃんだ」
「おじちゃんがミヤちゃんのハズバンドなの」
まったく見知らぬ子供たちに懐かれても気味が悪い、でもなぜか
見覚えがあるような気もする。だがミヤちゃんて誰なんだろうか。
こんな小さな子供の口からハズバンドと単語が出てくること自体
信じられない。
「ミヤちゃん?誰だい」
「ミヤちゃんは昔の名前だよ、今はマヤ様でしょ、マリちゃん」
「あ、そうだった。」
「みんな、遊ぶより先に村長のところへ連れて行くんだろ」
多くの子供たちに囲まれながら長屋の前を歩いて行くと飛び石が
所々敷いてありこの石の上で飛んだ記憶が浮かんできた。空き
缶があるし江戸時代とは似つかわしくないベーゴマや台の上には
メンコもある。さらに歩き続けると材木をそのまま使った電柱があ
るし電柱と電柱には黒くて細いケーブルが渡っている。赤土だった
長屋の通路はやがて煉瓦が敷き詰められた通路となり材木を加
工されて組んだログハウスが現れた。驚くべきは屋根に黒光りす
るパネル群、どうみてもソーラーパネルなのだ。
「村長、連れてきたよ」
みんなで一斉に叫ぶと障子にガラスをはめ込んだだけのガラス戸
が開き中から花火を模した浴衣姿の女性が現れた、ガンで他界し
たマヤだった。マヤは子供たちに褒美として丸い飴玉を渡すと子
供らは満面の笑みを見せている。
「みなさん、良く出来ました」
「このおじさんと用があるから、用が済んだら一杯遊んで貰いなさ
い」
「わぁ~い」「はあい」「うん」「やった」「待ってるから早くきて」
「とりあえず中入って」
「ん、ああ」
童子達が駆け足で去って行く様を見送りながら住居兼事務所の
中へ入ると現代家屋とは異質な空間で家の中央を土間が通り右
が板の間左が畳が敷き詰められた部屋で畳が敷かれた和室に
上がり円形の食卓には座布団が置かれ座布団の上に座らされ
た。
「久しぶり、元気だった?」
「まぁそこそこに、金で苦労してるけど」
「お茶いれてくるよ」
江戸時代のような景色を見せられてお茶というと連想するのが千
利休の煎れる茶でありこの時代を越えた品々を見ると茶道一式
でなくても茶葉を入れた急須は持って来るだろうと考えた。しかし
マヤが持ってきたのは唐草模様が入る陶磁器製のティーサーバ
ーだった。
「お茶っていうから煎茶かと思ったが紅茶とは思わなかった」
「はずれ、紅茶じゃないのよ。ハーブティーなんだよね」
ティーポッドからガラス製のカップに注ぐと湯気を出しながらカップ
を琥珀色に染め上げていった。カップを口元に近づけるだけで香
しいハーブの匂いが鼻に程よい刺激を与え咽に安らぎと癒しを与
え食道にも染み渡る。
「味はどうかな?あうかな」
「こんなうまいハーブティーは飲んだ事がない」
「あらそう、良かったわこのお茶は血圧を下げる効果があるの」
マヤはカップを食卓に置くと真剣な眼差しになる。
「これからは村長として話をする」
「あのこが座敷童子になった訳は想像できるね、あの子の母は今
天国にはいない天界でもない大和の神々が棲む神の郷にいる」
「神々から迎えがいくまで彼女は怒りに震える夫を心配し傍で見
守り続けた。仏壇で哀しむ夫を見て涙が止まらず歯を食いしば
って耐えた。」
「ふむ」
「恨んだり呪い続ければいずえれ地獄に落ち悪鬼となる、そうな
れば転生出来たとしても2度と会う事が出来ない」
「だったら年月が経過したことで怒りは鎮まったようだから転生で
きるだろ」
「人間には転生できる、だが今のままではだめだ」
一度人間へと転生した神族は2度と人間になれることはなくまして
人間と婚儀をすることは出来ないとマヤは話した。
「だったら二人に光はないのかい」
「ない訳ではない、夫が同じ事故を起こさせないよう努力する姿を
わたしも見たがそれだけでは光は見えない、光が差し込む為に
は夫が神になれないものの神の眷属になれば良い」
「人間にできるというのか」
「眷属とは神族でなくても良いのだ、人がさまざまな経験をし善な
る日々の行い、法厳守という訳ではなく義務でもない自己の見
返りを求めず困る人へ手を差し伸べる事だ。見知らぬ人の墓地
掃除や荷物を倒した人へ手助け、渡る事ができない人に手を貸
し無償で修理するなどだ」
「そんな事言ったって当人は知らないだろう」
「だから貴様を呼びつけたのだ、貴様は文章が書けるから本を出
版すればよい。人の夢に出る特技もあるではないか」
知っているのに何もしないというのは無責任な国会議員と変わら
ない。本を出したとしても必ず本を読んでくれるとは限らない、し
かしやる前から諦めてはだめだ。挑戦することに意義があり結果
はついてくるものだ。僕としても再び二人をそしてかわいい娘を再
会させてあげたい、傍観だけなら誰でもできる。
「なんとかやってみるよ」
「きみならそういうと思ってたよ」
「うまくいったらまた会いにきていいかな」
「ああ、それは無理かな」
「なんで、もうここには来れないというのかぁ」
「だってあと数日、ひとの時間では数時間かな指導員として神郷
へ戻らなければいけないもん」
「ほう指導員だったのか、やっぱり指導員だったら合格とか不合格
教習終了とかはおまえの判断なんだよな」
「何が言いたいの?自動車教習所じゃないんだから」
「いや、別に。例えば浪人するものが長く居続ければ昇格していく
者が会う時期が早まるだろうなって思った、それだけさ」
「なんのことよ・・」
人間社会、旅館に戻らなければならない時刻には限りがある。つ
まりここでの滞在時間も無限ではない、残される時間内に子供た
ち(座敷童子たち)と遊ばなければならない。
「なんでこんな寝間着みたいな浴衣来てるか知ってる?」
「暑いからだろ」
マヤは浴衣の帯を解くと浴衣を広げ開けた。浴衣を畳に落とす
と透き通るような白い腕を僕の首に巻き付けながら口止めを促
すように唇に反り返る人差し指をあてた。
「だってあの子たちと約束が・・・」
「スキン用意して来なかったし」
「黙って・・・」
そして僕は押し倒された。
おわり
この物語はフィクションであり実在の人物
団体とは一切関係ありません