時は大正時代、台湾で巡業を行った力士が帰国後咳をした。高
熱が出て死んでしまい新聞を騒がせた、肺病と書かれたが肺病
にしては発病から死亡まで期間が短すぎる、医療従事者は皆そ
う考えずにいられない。当時日本には細菌を検査する機器がな
くまた病原菌のサンプルもない、確定できない未知な細菌だが
記事にするためわからない細菌では編集長が許さないので肺
病が進化したと公にしたのである。
「母さん、食欲ないから晩飯はいりません」
「ツヨシまたいつもの仮病じゃないのかい」
息子はよく学校帰りに通り道にある畑からサツマイモを盗み木
陰に隠れ友達とサツマイモを齧ってから帰宅していた。これはオ
オカミ少年として有名な童話と同じでいつも嘘ついている為本当
の時は信用してもらえない。
”ゴホッ、ゴホッ”夜就寝中に咳をする。
「おまえ夕べ咳していたけど風邪ひいたのかい」
「ちょっと息苦しくなって、大丈夫ですよ」
「汗流せば熱なんか下がるさ、笑い飛ばしな」
病は気からという名言がる、気合があれば病に勝てるというもの
で古くから信じられている。ただそれは症状や個人差、免疫など
で違うものでなんでもかんでも気合で直れる筈と思うのは間違っ
た教えを信じている。しかし当時の日本には教師さえそのような
考え方のものが多く結果後に起こる世界大戦で機関銃を持つ兵
士に竹やりで挑む戦いに疑問を感じさせなかった。あくまで強気
な教師の教育はツヨシの身体に使用限界を越えさせ倒れた。
気が付くと家の居間で布団の中に入り頭だけ廻すと母が座って
いた。
「馬鹿だよおまえは、無理なら無理って言わないから」
「う、うん」
元気なら考える力があるので事情を説明するところだが今は
熱で思考力がなく返事しか出来なかった。
「おまえ知ってるだろう、天ぷら屋の次郎ちゃんが今朝急死した
んだって、今晩お通夜だからわしが行って来る」
「次郎ちゃんが?数日前一緒に川で釣りしたばかり」
「おまえは無理だろう?寝ておいで」
母親がお通夜から戻ってツヨシの元へ戻ってみたら・・・
母親は悲しみながらも喉に痛みを感じていた。
1週間後ツヨシの同級生、教師たちは発病し次々と命をなくしまた
次郎の両親やツヨシの母も絶命した。過去例を見ない異常事態
政府はことの重大さにそれまで看護婦や医者だけに使用を許され
ていたマスクを全国民に支給した。死亡した人達は一か所に集め
られ燃やされた、濛々と上がる煙に細菌が混ざっているとでも考え
たのか焼却する人間は仮面をつけ作業をした。
子供から中年まで感染した者はすべて死亡したが高齢者だけは
感染し咳も出たが死に至るものはいなく涙しながら神を呪った。
後の広報による外部スピーカー放送では高齢者のみロシア風邪
ワクチンを打っているおかげで抗体があり風邪の悪化はしなかっ
たと村中に響き渡った。世間ではこの惨事をスペイン風邪流行と
した。
この物語はフィクションであり実在する人物とは一切
関係ありません