[短編小説] 果樹の不妊(後編) | 妄想小説日記 わしの作文

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わたしの妄想日記内にある”カゲロウの恋”の紹介するために作った
ブログです

山の中腹にある廃村、今にも崩落しそうな家屋、ツタが壁に

這っている家、草木が生え茂る庭に腐蝕し放置された農機具

そんな中にある手を入れた古民家が一軒、それが清志夫妻

の住む家大田倉家であります。清志が購入する前に一旦整

地されたのか広い庭に樹木は立派な桜しかありません。

樹齢100年は越えていそうな桜の大木が枝を広げて生きる

以外にはなく夫妻が植えた苗木が数本あるだけで元が農家

とは思えないほど殺風景な庭、その殺風景な庭で異彩を放つ

のが近代的なシャッターを2面装備するスチール製の倉庫。

シャッターを上に開けると中には買ったばかりの赤い管理機

壁に掛けられた鍬2本とスコップだけでガラリとした空間が勿

体なさを感じさせます。庭を回っていくと家の裏にはちょっとし

た丘がありその丘をみつめるように植えられた数本の苗。

風に吹かれて青々とした葉が揺れ動く様は心地よい風に揺ら

ぎ歓喜しているように見えます。そうこの木達こそ再び植えら

れたミカンと湘南ゴールドの木なのです。前回とは異なり夏肥

を与えられ数回の消毒を受け元気に育ち花も咲きました。

管理機を家へ持ち帰ってから半年経過した現代(いま)の事。

 

時系列を戻し管理機を家へ持ち帰った翌日、清志は悩んでい

ました。液肥も消毒薬も水で薄めて使わなければなりません。

そしてどうやって木に掛けるのだろうかと、清志も久子も初めて

だったからまるでやり方がわからなかったのです。

 

「これどうやって掛ければいいんだ?バケツでかける訳にはい

 かないよな」

「そうだ、空になったスプレー容器に入れて使えばいいんじゃ

 ない」

「一本の木だったらいいよ、木は複数あるんだ。無くなってから

 毎度入れるのか?いずれ毛虫の駆除もしなければいけない

 大体桜の木の上の方には届かないじゃないか」

「無理があるよね、わからなければ知っている人に聞けば?」

 

ここは廃村なので清志夫妻以外に住んでる人はおらずそこで

頭にうかんだのがみかんの苗木を頂いたみかん農家の磐田

佑造氏でした。早速電話したところ今日の午前中は忙しくゆっ

くり話せる暇はないとのこと神奈川のみかん畑まで来れるなら

話を聞くくらいなら構わないと言われたので向かう事にしました

 

「これから神奈川まで行ってくるよ」

「岩田さんの家へ行くの?」

「いやそうじゃなく岩田さんのミカン畑だよ」

「・・・わたしも行っていい?」

「それはいいけどマスク持っていくんだぞ」

「なんで?」

「今みかんの消毒してるんだって」

「そう」

 

好奇心の強い久子はミカン畑を見た事がなく何か得るものが

あるかもしれないと考えたようです。そしてみかんの果実は

久子にとって子供みたいなもの、毎年みかんを出荷している

磐田氏は子供ができない久子にとって子育ての神様に思えた

のでしょう。

 

「こんちわ」「こんにちわ」

「やぁ二人ともよく来たね」

 

磐田は黒いゴムのホースがついた金属製をノズルを持ち一時

消毒する作業を止めました。

 

「悪いんだけど作業は続けてもいいかな」

「どうぞ、どうぞ」

 

ノズルにつけられたコックを捻ると消毒液はシャワーのように

勢いよく出て高い部分も濡らしていきます。エンジンポンプの

圧力により消毒液を噴霧させることが出来るのです。この機械

なら桜の木も消毒できるだろう、消毒とはこんな機械が必要な

のだと夫妻は考えながら見学します。

 

「この機械はどこで売ってるんですか」

「え、これ」

「こんな大袈裟なものは一般には使わないよ、背中に背負うエン

 ジン付きの噴霧器もしくは電動噴霧器がいいよ、手動もあるけ

 どお宅は大きな桜の木があるから手動はやめたほうがいい」

「消毒用と除草ようにふたつあったほうがいいけどね」

「え女装用?」

「除草剤用よキヨシくん、畑で女装してどうするの」

「あっははは、二人の会話って面白いね」

「しまった、笑ったせいで関係ない場所をかけちゃった」

「ありゃ、すいません」

「やっぱりホームセンターで買えばいいんですか」

「それでもいいけど農協直営のグリーンって店にもあるよ」

「帰ったら調べてみような」

「そうだね」

「ところで薬を薄めるカップはあるのかい」

「料理用の軽量カップを使おうかなと」

「な、なんですって・・・ダメだからね」

「そうやめておいたほうがいい、農薬て劇薬に分類されるのも

 あるから専用の計量シリンダー買ったほうがいい」

「ほらみなさい」

 

みかん畑には数えきれない程のみかんの木があり白い花が

咲き乱れていた。素人目だと花が全部実になると思われるで

しょうがそうではありません。

 

「これ全部が実になるんですか」

「すごい数になるな」

「摘果って言ってね小さい実は摘んで固体を大きくするから

 全部出荷するわけではないんだよ」

「発育不良や未熟児の子は摘み取ってしまうなんて可哀想」

「そう考えるのも無理はないけど発想の転換をして欲しい

 例えば精子、いっぱいいるけど卵にたどりつけるのはたった

 一匹でそれも元気がないと受精とはならず妊娠できないよね」

「みかんの子供は見えるから可哀想だと言うけれど目に見え

 ない部分では可哀想な生き物が多くいるんだよ」

 

磐田の言う事は正論でありみかんに限らずキウイ、柿、枝豆な

どの野菜類を育てる農家すべてが摘果を行っているのです。

久子にもそれはわかっていました、わかっていても無性に哀しく

久子の頬を一筋の涙が零れ流れました。

 

「お、おい久子」

「ごめんなぜかとても悲しくて」

「すまなかったね、久子ちゃんには厳しい話しちゃったね」

 

この時久子は摘まれる小さなみかんの子がまだ生きようとして

いるのに摘まれて生を閉じそれが自分の身体にも起きてる様な

気がしていました。もうちょっとで大きくなるのに排卵され流され

てしまう。

 

「磐田さん、すみません今日はこれで失礼します」

「ごめん、また困ったことがあったらいつでもおいでよ」

 

磐田はひとつ言い忘れたことがあったのです、久子が妊娠しな

理由それはもしかしたら呪われた御神木を持つ神社が甲府

にありその所為で子供が出来ないのではとアドバイスしようと

考えていましたが久子の涙を見て言い出せませんでした。

 

植えてから1年過ぎた5月のことみかんには白い花が咲きまし

た。ここまで除草剤を散布したり肥料をあげたり消毒したりと手

をかけ磐田から影剪定という方法も学んできましたので花が咲

いたのを見た時は二人とも大喜びしたものです。しかし相変わ

らず湘南ゴールドに変化はみられません。この一年、家の倉庫

には草払い機、噴霧器2台、ガソリン携行タンク、バケツ、鎌

混合タンクにオイル缶、エアコンプレッサー、スタッドレスタイヤ

など増え農家の倉庫らしくなってきました。木枯らしが吹き始め

た9月、木々の葉は赤く色づきはじめ夫妻は薪ストーブを購入

倉庫脇には薪の置き場も作り多くの薪が積み上げられていま

す。みかんの白い花は散り緑の小さな実と変化しました。

元々この廃村には電気が給電されていたのか電柱が残ってい

たので光ファイバーを敷くことが出来メールが可能となりました。

清志は編集者とメールで打ち合わせできるようになり今日はこ

れから出来上がった新作小説の原稿を届ける事になりました。

山梨から東京までは中央高速を走って行くのです。

「それじゃ行って来るよ、帰宅は夜になるかな」

「わたしも配達に行くけどたぶんわたしのほうが先に帰ってくる

 から夕飯は作るね、いってらっしゃい」

 

夫清志の大きなトラックがなくなると庭には広い空間が出来る

すでにこの家は清志の車が景色として溶け込んでいました。

手を振って見送った久子が配達へ行く準備をしていると1台の

田舎には不似合いな外国製の高級車セダンが家へ入ってきま

した、運転席から降りたのは顎髭を伸ばした60近い男です。

 

「何おとうさん、いきなりどうしたの?」

「あれ清志君はどうした?なぜいない」

「だって原稿持って東京の出版社へ向かったもの」

「くそ!遅かったか、今回こそ出版される前の生原稿を見せて貰

 おうと思って来たというのに・・・くそっ」

「ちょっと前に出て行ったばかりよ、すれ違いだね」

 

久子の父は会社をいくつか経営する社長業をしていました、娘

の久子は世間で言うところのお嬢様だったのです。富豪のお

嬢様だった久子の結婚にはいくつかの条件があり・・・と一般的

には考えるでしょうが父、光義から条件を出すことはせず既に

小説業をしていた清志にひとつの願いをだしただけでした。

それは生原稿を見せて貰う事、光義は大の本好きで一度でい

いから出来立ての生原稿を見たかった、嫌もしかしたら清志の

作った物語を読んで清志と言う男の値踏みをしたかったのかも

しれません。小説には創作作家のすべてが反映されるものです。

自分も出かけなければならない久子ではありましたが一生懸命

走って来たのでしょう、落胆する父の姿は目に余るものでした。

 

「お父さん、もしもなんだけどねひょっとしたら見れるかも」

「なに!それは本当か、見れたら孫もいらん」

「くっ」

「ちょっと見てくるよ」

 

久子の予想では清志は毎回生原稿を持って行く前にメールに

ファイル添付し編集者に送っているのを知っていたのでもしか

したらそのファイルが見れるのではと考えていたのです。

”なんだろうあれ”

久子の視線の先には透き通るガラス製の文鎮で押えられた

積み重なっている書類の山でした。一瞬だけ気になったもの

今見ようと思っているのはパソコンの中にある送信済みのメ

ール、その貼付されたファイルでした。だけどお互いの仕事に

干渉しないのが夫婦の規則だったのでお互いに仕事上のメ

ールを開いたことはありませんでした。

 

「ダメか、やっぱりね」

 

ファイルを見ようとしましたがセキュリティにより開くことが出来

なかったのです。

 

「ゴメン、見れなかった」

「いやいいんだ、仕事に使っているパソコンだから仕方ない」

「おまえこれから一緒にめしでもどうだ」

「ごめんね、これからお客さんに会わなければいけないの」

「そか、仕方ない帰るか」

「帰宅してからメールでファイル送らせるようにしようか」

「おお、それでもいいぞ。頼めるか」

「はい、はい」

 

なぜここまで清志の生原稿に拘るのかといえばそれは初めて

原稿を読んで以来清志の作る小説に心奪われたからです。

光義にとって清志は義息であり信望する作家でした。

本格的に寒くなってきた11月清志の新作は出版され書店に

並びました。1万部作家として名前は知られていますが大抵の

書店ではコーナーを作って貰える程の著名作家ではありませ

ん。2月になり清志の新作本は累計5万部となり清志にとって

初の快挙となった本になりました、なぜなら清志は過去累計1

万部を越えた事がなかったからです。

 

とある地方の個人書店でオーナーは大の清志ファンで全国こ

の店だけが清志のコーナーを作っていました。どんなに大作

でも物語のプロローグから読む人の心を引きつけなければ

途中で読むのをやめてしまうかもしれません、物語は最後ま

で読んでこそ評価が下されるのです。知名度が低い清志の本

5万部まで売れたのにはこの店が一役かったのでした。

コーナーには書店の店員が手書きで紹介文句を書きます。

それは”5万部を狙える本、真実はあなたにのみ”

手書きの紹介文章がインパクトが強かったのか5万部到達し

てから全国の各書店で清志の新作コーナーが設けられ4月に

は遂に累計販売数10万部に達したのです。歓喜したのは清志

夫妻、編集者、出版社だけに留まらず義父の光義は勿論のこと

久子の顧客まで喜びをわかちあったのでした。

 

「今年は良い事がありそうだ」

「そうだね、お祝いいっぱいもらっちゃったね」

 

5月、みかんの花が咲きそして遂に湘南ゴールドの花が咲きま

した。まるで清志の偉業を喜んでいるかのように咲いています

10月になると緑色のみかんは徐々に色を黄色に変えてゆきま

す。みかんに遅れて冬を楽しんでいるかのようにじんわりとゆっ

くり湘南ゴールドは成長していきます。

 

雪が解けて消えていく3月湘南ゴールドは明るい黄色に輝き放

ちまさしくゴールドと二人には思えました。

 

「まさに金の息子だね」

「なに?金の息子ならおれもふたつ持っているよ」

「やだもう、それは玉たまでしょ」

 

呪われた御神木、それはふたりも周知している神社。小田原

在住の磐田に言われるまでもなくよく知っている神社。その

神社へふたりは向かっています、目的ははじめて取れた湘南

ゴールドの輝く果実を献上するためでした。

 

「どうぞお召し上がりください」

「うちではじめて取れた金の子供です」

”頂くとしよう”

二人には聞こえる筈のない声が聞こえたのです、他には誰も

いないので夫妻は顔を見合わせました。

 

それから数日後、久子は嘔吐しました。

 

「最近なんかむかついて、調子悪いの」

「また拾い食いでもしたんじゃないのか」

「失礼ね、しないわよ」

「湘南ゴールドより酸味の強いのが食べたいな」

「・・・まさか」

「まさか、何年も不妊治療してもダメだったのよ」

「明日にも産婦人科へ行ってみよう」

「あまり気が乗らないなぁ」

 

そして久子は35歳の春、念願だった妊娠をしました。

 

おわり

 

この物語はフィクションであり実在の

人物団体には一切関係ありません