[短編小説] 果樹の不妊 | 妄想小説日記 わしの作文

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わたしの妄想日記内にある”カゲロウの恋”の紹介するために作った
ブログです

山梨県大字甲府字南部諏訪村という廃村になった村へ一組の

夫婦が引越してきました、名前は大田倉清志(きよし)45才と

妻の久子35歳の結婚8年と言う夫婦であります。古民家を買い

取り電気も水道もない山の中腹で発電機を使いパソコンで小説

を書くのが夫の営みで妻は小遣い稼ぎ程度の手作り石鹸の販

売をしております。生活には困らない程度の収入、そして畑で

農作物を作ることによって食は満たされていました。都会の喧

騒から離れ煩わしい人付き合いから解放されて好きな土いじり

不満は在ろうはずもなく幸せにくらしているかに見えたのですが

幸せに見えても当人しかわからない悩みというものはあるもの

でこの夫婦にもいくつか悩みがあったのです。

 

「きよしくん、なんでこの湘南ゴールドってならないのかな」

「みかんだって数個しかならない、なにかならせる方法はないも

 のかな」

「子供が出来ない夫婦に柑橘類は育てられないのかな」

「久子、それは言わない約束だよ。二人だけでいいじゃないか」

 

夫婦には子供がいない、結婚8年経過したが未だにひとりも出

来ず不妊治療もしてきたが結果が出る事はなく妊娠は諦めた

夫婦ですが愛情を注ぐために飼い始めたのが西洋イタチと呼

れるフェレットでした。

 

料理は二人ともに作れ妻の久子は洋風が得意、夫は和風が

得意で今日の夕飯はホワイトソースを使ったシーフードリゾット

とカルボナーラパスタ即ち久子が作る訳で今カルボナーラをフ

ライパンで炒めている、するとフェレットが久子の足元に背を伸

ばして張り付いている。

「ダメ金ちゃん!もうちょっとで出来上がるから後であげる」

「ママはいま忙しいからあっちで遊んできて」

フェレットの鼻を指先で弾くと金太は不満げな声をあげて座り

込んでしまう。料理を作っていると寄ってくるのは毎度のこと

で夫の清志が調理場に立っている時でも様子を見に来る金太

邪魔だと感じても二人には怒る気はさらさらない、それがいつも

の日課。

 

湘南ゴールドの苗は神奈川県のみかん農家の生産量をあげる

為に研究を重ねて作った品種ゆえに県外への販売はしていな

い。清志は神奈川県出身で知り合いから引越し祝いとしてみか

んの苗数本と湘南ゴールドの苗を頂いたのである。みかん農家

は忙しいのは収穫期だけではない、みかんも剪定や予防など年

間を通じてやることが多いのだ。その知り合いがやってきたので

した。

 

「どう?なった」

「いやあんまりなってません、湘南ゴールドはひとつもなりません」

「そうかぁ、悪かったね説明せずにあげてしまったね」

「なにか特別な育て方があるんですか」

「特別な事はないよ、ただみかんに比べると難しいかもしれない」

「みかんは30葉で光合成出来るけど湘南ゴールドは50葉ないと

 光合成が出来ない」

「夏に肥料をあげて予防は年間4回、ちゃんとした?」

「植えれば勝手に出来ると思って何もしてません」

「ちょっと見せてくれる」

 

みかんと湘南ゴールドの木をみて愕然とした、剪定はしてあるもの

の切り過ぎて葉が少ししか残っていなかった、さらにみかんの幹根

元にはいくつか穴があいている。

 

「これはもうダメだよ、木の中にカミキリが入っているよ」

「葉は青々としてますけどダメなんですか」

「枯れるのも時間の問題、葉も切り過ぎで光合成できないし」

「ちゃんと世話する気があるならまた苗を持ってくるけど、どうする」

 

清志はその質問に応えることは出来ず考え込んでいる、自分の甘

さから頂いた苗をダメにし心が折れそうになっていたのです。しか

し妻の久子は諦めたくはなかった、果実はまるで赤子のように感

じていた久子。ここで諦めてしまうとまるで自分も子供を諦める気

がした、久子は子供が出来るまで何回も挑戦したかったのです。

考えた末、清志はこれで諦めてしまうと次に壁にぶつかった時、

また逃げてしまう気がして怖かった。

 

「申訳ありませんがもう一度やらせて貰えますか」

「よく言ってくれた清志さん、農家に限らず生きるものを育てるの

 には覚悟が必要で人の思い通りに育たないのが植物なんです

 よ。自然は飢饉、洪水、地震などにより人を試し挫折に打ち勝

 ったものだけが大地の恵みを得られるのです」

 

清志のまだ諦める事はできないとの返事に久子は嬉しく思い

清志の手を握りしめた。

 

「ん、どうした」

「ううん、なんでもないよ」

 

子供の事は不妊治療を断念した時から一切二人の会話に出る

ことはなくなり久子は清志があまり子供の事は好きでないかも

しれないと考えた時もあったのですがある時、子供を乗せた主婦

が車の間を縫って走るのを見てとても不快な表情をしているのに

気づくことがありました。

「ちょっと注意してやる」

「やめなよ、あ~いう母親はいくらでもいるから」

清志は子宝に恵まれたのに大事な子供を荷物を載せている程度

にしか考えていない若い親たちが許せなかったのかもしれません

「おまえは何とも思わないのか」

「だって君が文句言うと事件になりそうじゃない、わたしが言ってく

 るから待っていて」

 

清志は普段おとなしいおっとりした久子が注意をしても相手にし

ないだろうと杞憂していたのですがその心配はなかったようです

100メートル離れていても聞こえるような大声で叫んだからです

「ちょっと、待ちなさ・い」

車を路肩に停めて待っていると相手の母親に熱く語っている久

子が清志に視界に映っています、その姿を見て久子も激高する

んだと改めて思いました。5分くらい経ったでしょうか久子は不機

嫌な表情で車に戻ってきました。

 

「なんて言った?」

「それがさ、あんたに文句言われる筋合いはない、余計なお世話

 だからあっち行けって言うんだよ。あたまにきちゃう」

「おまえでもキレル事があるんだ」

「でもね、赤ちゃん泣かせちゃったの」

「相手がどんな馬鹿な親でも親は親だからね、見知らぬおばさん

 が自分の母親に敵意を見せたらそりゃ不安になるさ」

「だ・れがおばさんよ」

「自分の母親と同じくらいの年ならおばさんだろ?久子は母の友

 達におねえさんと言わないだろ」

「そりゃそうだけどさ、子供がいないのに納得できないな」

 

半年前下山し買い物へ二人で出かけた時に起こった事でした。

二人でいれば他には何もいらない、そうは思っていても。TVやネ

ットが繋がらない現状では情報は何もなく最近やっと携帯電話

が繋がるようになった山の家、ソーラーパネルを数週間前に設

置しブルーレイレコーダーで映画を見たり音楽は聞けるのだが

ニュースが見れないのは辛い。夫婦二人だけの世界があれば

生活には困らないと思っていたがやっぱりそうはいかないのが

大人の世界、家までの道路は荒れた山道だったので郵便配達

員の為に清志は道路を自力で整備しやっと郵便物を配達して

貰えるようになったのです。

 

山の寒い冬を乗り越え春を迎えても山の朝は寒い。残雪がある

せいで畑仕事は出来ず山には未だ春が訪れないのが実情です

屋内に籠る事が多い二人でしたがこの1年でこの家も大きく変

貌しその一つがインターネット接続でした。農作業をするものに

とって天気予報は必需、明日の天気はわからなくても天気図を

読むのは必要不可欠なのです。この1年で天気予報の大切さ

を台風上陸したせいで嫌と言うほど身に染みてわかったのです

またセダンタイプの乗用車から4WDのトラックに買い替えたのも

資材運搬から必要と考えたからでした。

 

「ホームセンターに行ってくるよ」

「待ってわたしも行く」

「お店に届ける石鹸積んでくれる?」

「どれを積めばいい」

「え~とね、これとあれとそれ、あっこの箱も積んで」

「何件行くつもりだよ」

「5件だけよ」

「おれ今日小説書かないといけないんだぞ」

「大丈夫、大丈夫」

 

草が自由奔放に伸び獣みちのように見えていた道路、しかも

雨水で深く抉られた溝が清志によって今は整備された林道並

に姿を変え山間を縫って奔る、その道を清志は車で下ってい

ますが自分で補修整備したと思うと感慨深いものがあります。

 

「何にやついているの」

 

久子からはみるとなんとも気味の悪い嗤いをしているように見

えたのかもしれません。しかしニヤつく理由はわかっていました

 

「あの荒れた道をここまでよく直したものね、偉いよ」

「そうだろ、そうだろダンプで何往復もしたかわからないし」

「おまえはその直している最中バイクで砂利を吹き飛ばすから

 また砂利を引き直してもう大変だった」

「教えてあげたんだよ、大雨が降ったら轢いた程度じゃ流れる」

 

久子はオフロードバイクで修復されたばかりの道を試走した際

軽くタイヤを空転させただけで砂利は下に落ちて転がり再び溝

ができてしまい作業していた清志は激怒。妻の久子は試走して

あげたと言いますが清志からすれば不整地で遊ぶ悪戯っ子に

しか思えませんでした。これが原因で地盤を固める建設機械を

借りる羽目になったのですから良かったかもしれません。橋を

渡ると県道に合流、トラックは左折して小規模な集落へ向かい

ます。

 

「ところでホームセンターで何が欲しい」

「鍬じゃ大変だから耕運機があればと前々から思っていたのよ

 それでいくらくらいするのか値段を知りたくて」

「ホームセンターじゃ耕運機なんかないよ、あるのは管理機程度

 かな」

「管理機って何?」

「耕運機の小さいやつ、最近じゃ家庭園芸でも使ってるよ」

「ああ、それだよ欲しいのは。管理機って言うんだね」

 

古民家についてきたのは広い庭だけでなく農地も含まれた。

畑でありトラクターで耕すくらいの広さがあるものだから鍬で

耕すのは一苦労だった。元々トラクターが入る納屋が建てら

れていたようですが老築化したので不動産屋が撤去したの

です。

 

「あ、止まって。その先の青い瓦屋根の家が三原さん」

「普通の一軒家じゃないか」

「そうだよ三原の奥さんは得意客だもの」

「きよしくんも一緒にくる?」

「いやここで待ってるよ」

 

久子は納品書と領収書を確認した後薄めのスーツケーズと

小さな段ボールを持って青瓦の家へ訪れたのです。インタ

ーホンを押してから数分した後に30半ばの女性が玄関ドア

から現れました。

 

「あら久ちゃん、今日は早いわね」

「今日は旦那に車で送って貰ったの」

「仲が良くて羨ましい、うちなんかちょっと送ってと言っただけで

 怪訝な顔して酒飲むの。酒飲んだから運転するのは違法だっ

 て送ってくれないの」

「うちだって同じようなもん、ホームセンター行くっていうからつい

 でに乗せて貰っただけだもん」

「それでさ、悪いんだけど数量変更できないかしら」

「減らすんですか、構いませんよ」

「いやそれがね、バカ旦那が石鹸を気にいっちゃって5セットを

 7セットに出来ないかしら」

「増やすんですか、参ったな今日は配達数ぎりぎりなんですよ

 ちょっと夫に相談してみます」

 

清志が車内から久子を眺めていると自分に向かって手首を曲

げて伸ばすのを繰り返しまるでこっちへ来いという仕草をして

いるように清志には思えました。妻の久子が販売する石鹸に

清志は一切関知してはおらずなぜ呼ばれているのかわかりま

せん。

 

「こんにちわ」

「夫の清志で副社長を任せております、以降お見知りおきを」

「な・・なに?」

 

お互いの仕事には干渉しない、それが夫婦間の取り決めなの

で勿論会社の副社長になっているとは知らなかった清志。寝

耳に水なので驚くのも当然だったのです。妻の久子を問いただ

そうとしましたが今はそれどころではありません。

”注文数を増やしたいそうだけどどうしたらいい?”

”だって数量は決まった分しかないだろ、後日納品すればいい”

”他に手段はないじゃないか”

久子は考えた末に車に戻って配達予定の段ボールを開封し石

鹸2セットを持ってきました。

 

「おい、配達予定の顧客はどうするんだ?」

「電話して納品日を変えて貰うわ」

「わたしみたいな個人のお店は融通が利くのがメリットなの、それ

 がなければ利用して貰えないの」

「ごめんね久ちゃん無理な事をお願いして、一生恩にきる」

「やだわ、三原さん。一生なんて大袈裟すぎる」

「いや実はね娘が明日くるの、どうしてもこの石鹸を使って欲しくて」

 

二人が帰ろうとすると久子は三原の奧さんに呼び止められました。

夫である清志には聞こえない様に小声で耳打ちしました。

”それで不妊治療に成果はでた”

”いいえ、食生活を改善したり栄養剤を飲んだし参拝もしたけど

 まったく効果がでないの”

”そう・・・残念ね、わたしもパソコンで調べてみるから頑張って”

”ありがとう”

 

三原家を後にして配達が終わったのは午後2時、大手コーヒー

専門店にはたまに小説を書きにいくが食堂やレストランにはあ

まり行くことがない清志はわからずどこで昼食を取ればいいの

かわからない。

 

「勝沼におしゃれな洋食屋さんがあるんだけどそこでいい?」

「おしゃれじゃなくてもいいけど高くないか」

「庶民的な洋食創作料理の店よ」

「まぁそこでもいいか。」

 

目的の店につくと確かにおしゃれな外観の店、まるでスイス建

築のように清志には思えたのです。駐車場にあまり車は停まっ

ておらずすぐ席につくことが出来るだろう、清志は長い列を作っ

てまで昼食をとる、そこまでしてなんでその店に行かねばならな

いか理解できないタイプでした。久子に薦められるままにメイン

料理がハンバーグのセットメニューを頼みました。

 

「これだけじゃ足りないでしょ、パスタ食べる?」

「ナポリタンかい」

「ううんキノコのクリームパスタ」

「1500円もするじゃないか、勿体ない」

「たまには美味しいパスタ食べてみなよう、配達につきあって

 貰ったから奢るからさ」

「ワインは?」

「それは駄目、飲酒運転になるでしょ」

 

食べる前はあまり期待してなかった清志でありましたが思いも

しなかった美味しさに満足し次は必ずワインを飲もうと久子と

約束しましたが自宅まで路線バスは走っておらず勝沼で宿泊

しなければならない事を忘れていました。自宅に車を置いて自

宅からバス停のある場所まで歩くと1時間30分かかるのです。

塩山のホームセンターに着くと清志は園芸、農業の売り場へ

妻の久子はATMでお金を引き出しに向かい別行動となります

清志は目的だった予防薬と液肥の購入を済ませ待っていると

久子がやってきました。

 

「お待たせ」

「金おろして何買うんだ?」

「ん~と、これにしよう」

 

清志は出かける前に久子が管理機を見たいと言ってたのを思

い出し値段をみるだけと考えていましたが久子の言葉に違和感

を覚えます。”これにしよう”というのは決定なのです。値段をみ

る或いはこんなのがあるんだと思った場合は”こんなのがいい

かな?”と疑問符がつくのです。

 

「店員さん、これ貰えますか」

「はい、支払いはカードですか」

「いいえ現金でお願いします」

「おい、ちょっと久子」

「なに?」

「今日買っちゃうのは・・・」

「なんでさ」

「もうちょっと農機具メーカーに見に行くとか農協の展示会へ

 見に行くとかしたほうがいいんじゃないのか」

 

久子が決めた管理機は25万で決して安い買い物ではなく

清志が出した提案は当然のことだったのです。

 

「おまえいくら下げてきたの?」

「40万だよ」

「そんなに下げてきて仕事に影響ないの?」

「まだ預金は200万ちょいあるから資材の買い付けには問題

 なし、生活費にもまったく問題ないよ」

「その程度じゃ何か問題があったらすぐなくなるぞ、だから今日

 は見るだけにしたらどうだい」

「大丈夫だよ、会社のお金は別の口座あるからね。副社長の

 あなたには今度支出と利益の詳細を見せてあげる」

「大丈夫なら見せなくていいよ、それより副社長ってなんとか

 ならないのか」

「それは無理、もう登記しちゃった。」

「名前だけ借りただけだから何も心配しなくていいよ」

「そうは言ってもだな・・・」

 

結局、新しい管理機は清志のトラックに積まれ二人は帰路に

ついたのでした。

 

つづく

 

この物語はフィクションであり実在の

人物団体には一切関係ありません