美人は料理ができない、これはアニメや映画でも定番となっている
ある人気アニメでは日本美人と自他ともに認める容姿を持つキャラ
ではあるがこと料理となると何を焼いても炭のように真黒になる。
この物語はそんな料理作りに諦めていた女性が開化する話である。
わたしの友人に幸久(ゆき)というつきあいの長い女性がいる。
容姿は写真を見たことがなく本人曰く並だそう、料理を作りには異
様に拒絶してみせる。つきあいと言ってもメールや電話程度しか交
流がなく実際に会って食事するなどは無い浅い付き合いなのだ。
過去にモデルだった噂があるが彼女の写真は見た事がない、彼女
自身も一切写真を見せようとはしないのである。
屋根に打ち付ける雨の音が部屋に響く9月の日曜日、奇しくも仏滅
雨の中にも関わらず塀を歩く黒猫が窓越しから見えさらに軒下には
カラスが雨宿りしているのか”カァカァ”と鳴く災厄ともいえる日だ。
こんな日はドイツの白ワインとクロワッサンベースのサンドイッチで
早く布団に潜ろうと思っていた。静寂の部屋はテンポよく奏でる雨音
が心地よく眠きを誘う。睡眠モードに大脳が入ったようで意識が離
れいく一番心地よい瞬間だがその刹那、携帯が着信を告げ不快な
音で騒ぐ。
「もしもし、誰だよ」
「大変な事になった、至急迎えに来て」
「はぁ誰だおまえ?振り込み詐欺なら他を当たれよ」
「・・・詐欺、ひどい忘れたの?幸久だよ」
「あ、そう。で何がどうした」
「なんでそう不快感露わにしてるの、こんなに辛い目にあったのに」
電話越しに聞こえる幸久の声は泣いているような声だった。
「悪いな寝起きだったからさ」
「電車でお尻触られた、違った財布スラレたの」
「ん、どっちだよ」
「多分ねお尻触られたついでにズボンの尻ポケットに入れてた財布
取られたんだと思う」
男はよく尻ポケットに入れるが女でいれてる奴は初めてだ。
「まぁそれは災難としか言えないけど、それでなんで俺が迎えに行
かないといけないの?彼氏に頼めば」
「・・・いないもん」
「今新横浜の駅前にいるの、お願い」
「確か家は浜松だったろ、なぜ浜松まで行かない?」
「財布取られたなんて恥ずかしくて身内に言えないし」
「・・・おれには恥なんて気持ちは生まれないと」
わたしは新横浜に住んでいる、新幹線の急行で停車するのは新横
浜であり小田原駅は通過してしまうのだ。そして通常の列車は新
横浜には止まらず横浜駅なので彼女が乗った列車は新幹線という
ことになるのだ。自宅アパートから新横浜駅までさほど遠くはない
しかし外は雨、はっきりいえば雨の中運転をするのは嫌だった。
おれは何かに理由をつけいろいろ断る言葉を並べてみたのだが。
「グチャグチャ言ってないで男なら来ればいいの」
「!行ってやるよ、待ってろ」
女性から男前の言葉を言われ拒否は出来なかった。やはり今日
は厄日だ、おれは痛感した。しかしこの幸久という女の思考回路
は一体どうなっているのだろう。
先程確かに泣いていた様子だった、だがこの豹変ぶりはなんだ
約束もしているわけではない、こちらは頼まれている立場にも関
わらず横柄な態度でものを言う女にどうにも納得出来なかった。
部屋まで幸久を連れてくると彼女は一目散にキッチンへと向かっ
た。再確認しておくと彼女は彼女に非ずただの友人である。その
浅い関係の友人である幸久はまるで勝手知ったる家のように
自慢の銀色に光る業務用冷蔵庫の扉を勝手に開け物色し始め
た。
「なんで材料しかない、チルド食品や冷凍食品が何もないわけ」
「勝手に物色しておいてなんたる言い草、おまえねぇ」
「腹へったぁ」
「飯はあるから勝手に食えばいい、おれは寝る」
とは言ったおれではあるがキッチンはおれの大事な聖域である
調理器具の一つ一つがきっちり整理され使い終わったらすぐに
洗い元の場所へ戻す。料理好きな男はみな同じであろうがシン
クに汚れたままの器具を放置されるのは我慢ならない。幸久の
行動が気になって眠れない、眠れないのだが眠りたい。しかし
眼を閉じている自分の前に何か気配を感じていた。
布団に入って再び眠りの世界に入ろうとしていると自分の前で
こちらを凝視している視線が気になって眠れず目を開けた。
「なんなんだよ」
「だってフリカケさえないじゃない、お味噌汁ないと食べれない」
今日、本人の顔をはじめてみて想像を上回る顔立ちに対し心
穏やかではない自分、その美形な彼女が今泣きそうな顔で哀願
しているのだ。”かわいい”脳内に言葉が駆け巡る。
「後生ですからせめて卵焼き作ってくだされ」
「教えてやるから作ってみろよ」
「いやいやそれは無理、絶対無理」
「とりあえず作ってみろ、傍でみていてやるから。」
「ええ、だって真黒になるよ」
「心配するな黒くて真黒になっても食べてやる」
なんとか彼女を説得して作らせてみるとやはり卵焼きは黒かった。
それだけならまだしもいろんな調味料を無駄に混ぜたせいで味は
濃くそれでいてしつこい嫌味な味付けで気持ち悪くなってしまった。
「まずいでしょ、無理しなくていい」
「黒いだけならまだ食べれるが下手に味付けしたせいで食えたもん
じゃない、これなら塩だけ使っただけのほうがいい」
「まずフライパンの温度管理から始めないといけないな」
「そうなの!?」
「茶色より黄色い卵焼きの方がうまそうじゃん」
「火加減みて熱くなりそうなら弱火にするんだよ」
「わたしがやったら結局黒くなるよ」
「心配なし、おれのフライパンは均一に火が通るもの」
まずは味付けなどきにせず単純に焼くことだけ教えてみた。
フライパン上の卵が固まってから返すのではどうしても焼き過ぎ
になるので中央部がまだ火が通ってなくても周囲が固まったら
周囲だけ折り返しその時点でひっくり返す。黄色く焼けた卵焼き
に彼女は感激しおれに抱き着いていた。
「卵焼きは味付け次第で洋風にも和風にもなるんだ」
「ダシの元を使うのならコンソメやブラックペッパーなど使わない」
「わたしが作ると味がどうしても濃いの」
「それは味を見てないからさ、水で溶かした汁を味見しながら増減
すればいい」
「シナモンやバジルなど入れるには十年早い」
「基本ができていないのに適当に入れたからまずかったのね」
「そうだよいろいろ経験しそこでやっとオリジナルの味付けが出来る
のさ」
「愛を込めて作ったよ」
「そうか、料理はいろんな器具に愛を込めて扱わないとならないか
らな、さぞ卵焼きも嬉しいことだろう」
「・・・そううことじゃないんだけど」
味噌汁はどうなったかといえばおれは卵焼きの指導と同時進行で
わかめに油揚げと刻みネギの赤味噌汁を作っていた。
出来上がり試食をしてみるとはじめて美味くできた料理に幸久は
大層喜んでいた。
「ところで今晩は泊る当てあるのか」
「ないよ、ここに泊るから」
「結婚前の娘が男の部屋に泊るのはまずいだろ」
「ああ問題なし、機能をなくした奴は男じゃないから」
「そ、そうかもしれんけど」
「わたしそこのベッドでいいから」
「え」
「ああ匂いなど気にならないから」
わたしの部屋には余分に寝具などなくベッドも無論ひとつしかない
ということは今晩はひとつのベッドで眠ることになる。それはつまり
今晩は”OKよ”と言っていることになる。まずいだろうと口では言っ
たものの内心ではワクワクしていた。
だが・・・
幸久は浴室から薄いピンクの下着姿で出ると布団に入った。
下着姿に目を奪われ”おまえには恥じらいというものがないのか”
とは言えなかった。まぁこれから脱がすんだからどうでもいい事。
おれは彼女のいる布団に入ろうとしたらシュラフの袋を突きだされ
「さぁいってらっしゃい、おやすみ」
「おれはここじゃ寝れないの」
「だって君には車があるじゃない、車の中で眠れば」
「おれの部屋なのに・・・」
シュラフは確かクローゼットの隅に入れておいたのにどうして彼女
は置いてある場所を知っていたのだろうか疑問に思いながら部屋
を出て行った。翌日車で浜松まで送る事になったのは想定内の事
である。
補足
翌朝起きた彼女は目が充血しとても不機嫌だったがおれにはその
理由が皆目わからなかった。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません