とあるファミリーレストランで働く若い女子高生アルバイト史恵が
ふと視線を外に向けるとガラス越しに店内を見つめている長い髪
を束ねた30代くらいの女性が立っている事に気が付いた。
「店長、あの人」
「構うなくていいからね、視線を合してはいけない」
そう言うと店長の笹池は額から油汗を流し蒼白い顔になった。
店のマニュアルに”見つめる女”を相手にしてはいけないとの禁
止事項が書かれており店長はマニュアルに従っただけで理由は
知らずと従業員には言っているが史恵は裏事情を店長は知って
いると思っていた。
「だめだ、さっぱり思いつかない」
部屋のデスクで原稿を書く中年男は小説を書く執筆業を家業(な
りわい)とするホラー小説家白井は締め切りが迫る中、苛立ちを
覚えていた。クラッシック音楽を聴いても映画を見ても一度行き
詰ってしまうと簡単には書けない、そこで浴槽を冷水で満たし無
想をするために冷水浴を試みたが脳裏には”寒い”と浮かび無駄
な足搔きだと諦めた。
「そうだうまいコーヒーでも飲もう」
そこで来たのがファミリーレストランであったがうまくなかった。
現在ファミリーレストランはコンビニと同様のマシンを導入していた
ので喫茶店やコメダのような専門店と比較するのは間違いなのだ
”あそこのウィンナーナポリタンはうまかったよ”と友人から聞いた
のを思い出してナポリタンを注文したがさほど美味くはない。
「はぁ・・・これも冷凍なんだろうな」
ナポリタンをフォークで口に運びながら何か物語のヒントになるもの
はないかと周囲を見回しても一家団欒とも思えるファミリーや会話
に夢中のカップル、商談中と思えるビジネスマン達がいるだけで特
に自分が欲するネタになるようなものはなかった、いやあった。
レストラン店外の歩道から低い垣根越しから店内を羨望の眼差しで
見つめる親子の姿、それはまるで雪の吹きすさぶ外から家庭の温
かいぬくもりを羨ましそうに見つめるマッチ売りの少女に似ていた。
母親のほうはただ見つめるだけであったが子で幼い娘は唇に人
差し指を差し込み明らかに飢えていると思われた、その幼き少女
が白井からはマッチ売りの少女と重なって見えたのである。
白井は堪らずに席を立ちファミリーレストランの外へ出た。
「お客さん、どちらへ」
「あの親子を僕は無視できない」
「お客さん、関わらない方が・・・」
白井が母親へと声をかけると親子は逃げる様な素振りをみせた。
「失礼かと思いますが中で僕と食事して頂けませんか?僕には
多少なりとも金銭的に余裕はあります、執筆を仕事としてまし
て中でお話を聞かせて貰えればと思いましてね、取材と思われ
ても結構ですよ」
「いえそれは叶わぬ申し出、有り難く思いますけれども出来ません」
「それは何故です」
「以前もお店の人から警察へ通報された事がございまして入店禁
止と言われております」
「なにか店にしたんですか」
「いえただ食事するのを眺めていただけで警官の方から気味が悪
い女がいると苦情があったそうです」
当初は憐れだと感じ店を不快に思ったが事情を女性から聞いてみ
るとそれは仕方ない事だと納得した。店の案内ポスターをみるとテ
イクアウトできますと書いてある。であれば・・・
こうして母娘を自分の家へ連れて行くことにした白井ではあるが実
は初めて見た時、この母娘に対し人ではないと感じた。ただ警察に
職務質問されたそうなので人間だと確信した訳だ、通報される霊は
いない。
部屋に案内しファミリーレストランでテイクアウトしてきたビーフカレ
ーとカルボナーラをテーブルに置き白井は3人分のコーヒーを用意
するため厨房に立ちドリップしている、コーヒーカップを持って食卓
へ戻ると娘の方は一生懸命食べている、だが母親の方はただ皿の
カルボナーラを哀しそうに見つめているだけだった。
「どうしました、どうぞ食べてください」
「お気持ちだけで結構です、見ているだけでお腹が一杯」
そういえば先刻から女性は両手を見せようとしない今もテーブルの
下に置いたままで上に出そうとしないのだ。ケガでもしているのかと
考えた白井は女性の腕を掴みテーブルの上にあげるとそこにはあ
る筈の物がなく白井は衝撃を受けた。すべての指が根元から切断
され手には甲と呼ばれるものしかないのだ。
「なんでもありませんから・・・」
女性は両目から溢れだしている涙を拭うことはせず俯いている。
今までこの手を見た人は気持ち悪がり逃げ出していく人達ばかり
目の前に立つ男もそうだろう、でもせめて娘が食べている間だけは
ここに居ることを許して欲しいと女性は思っていた。
「どうですか美味しいですか」
母親である女性は自分の口の中にある細長いパスタに動揺した。
白井の言葉でやっと自分が食べさせて貰っている事に気が付く。
眉毛を歪めて今自分が優しくされていることに感動し白井へ感謝
する気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。女性は泣き続けなが
ら貧欲にパスタを噛み続けた。
「泣くほどまずいですか、それなら無理して食べなくても」
「い、いえこれほど美味しい食べ物を今まで口にしたことはありま
せん」
「口に運ぶペースは早くないですか、早すぎたら言ってください」
「大丈夫です、もうちょっとその早くしても」
「おかぁ、美味しい?良かったね」
幼い娘は自分の母親が涙することに心配するものだがこの子は
違っていた。長い間母が食事することを見た事がなかったせいか
もしれない。
「ごちそうさまでした。謝礼はいつかきっと」
「いいって、それよりも行くところないんでしょ泊っていけば」
「そこまでして貰う訳にはいきません」
「いいからいいから。ぼくは風呂掃除してくるからゆっくりしていて」
白井が風呂掃除を終えて部屋に戻るとそこには誰もいなかった。
テーブルにメモを残して二人はいなくなった。
”是非今度はわたしの家へ遊びに来てください”
メモの下部には住所と武井奈津と名前が書かれていた。
「なんだ逝っちまったか」
その後あのレストランで母娘の姿を見たものはいなくなったそうだ。
1週間後白井はメモに残された住所を訪ねてみるとそこに住宅は
なく廃村でナビで調べた番地にあるのは廃寺、墓石はあるものの
誰も参拝されない墓は草が鬱蒼と茂り墓石も亀裂が入るものばか
りで名前さえ判断できない墓標ばかりであった。白井に驚きはなく
ある程度わかっていたようでその手にはバケツとタワシがあった。
白井はまるで導かれるように墓地の隅まで歩くとそこには他の墓
石から目立たないように小さな墓石がひっそりと立っていた。
だが墓石の前に置かれた真新しい白い封筒、あまりにも不似合い
と思われた。”白井様へ”と書かれた封筒である。
封筒を開き丁寧に折られた花柄の便せんを読んでみる。
わたくしは大正時代に生まれ、夫とは数年暮らしただけで夫は肺
病に冒され他界その後夫の親類である叔母の家で面倒みて貰う
事になりました。当初叔母は優しくしてくれましたが時代は開戦に
入りその日も暮らしも厳しいそんな住宅事情なので叔母も家族を
優先し私達親子はろくに食事を貰えない日も増えて行きました。
ある日食材である芋が誰かに盗まれ他人である私達の犯行だと
決めつけられました。戦争は闘った人も残された人も精神を病ん
でしまいます、狂気の叔母は”二度と盗みが出来ない様にしてや
る”と鉈でわたしの手を抑え勢いよく振り上げた鉈はわたしの指を
指を切り落とされてわたしは娘と共に家を追い出されてしまいまし
た。指がないわたしには料理を作る事ができません、娘のために
食材を得たくても掴む指がありません。その後飢えで倒れました
他界し一時は叔母を恨んだ時もありますが狂気の時代なので
致し方なかったと思い直す事にしました。戦時中に他界した私共
にはあれから何年経過したのかなどどうでも良い事。戦争が終わ
り裕福な時代に変わった事は理解してますが指のないわたしに対
し店の店長は残り物の料理をどうやって食べろと言うのか。家畜
に餌を与えるようにあの店の店長達はわたしに接したのです。
怒りに震えわたしは店長達を呪いました、店長が何人も変わった
のはそのせいです。
しかしわたしも人を呪う事に疲れを感じ白井様と出会ったのはそ
んな時でした、わたしを人間として扱い女として見てくれた貴方。
食べさせてくれた時は歓喜としか言いようがありませんでした。
一緒にいればあなたを苦しめることになるから去ることを決断し
ました、挨拶できなくて申訳思っております。
もし叶うなら次は人として人生を一緒に歩みたい。
手紙を読み終えた白井は感動で涙の流れが止まらない。
墓を掃除して線香をあげた白井は2度と会えないと理解した。
1年後、白井は女性と同居している。バツイチの女性らしく5才
くらいの可愛い女の子も白井の部屋にはいた。彼女の名前は
奈津子、その顔はあの母親にそっくりだった。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません