わたしはいつものように朝6時に起き会社へ行くために家を出た。
だがこの日はいつもと違い通勤に車ではなく自転車で行った。
会社へ行くには南西方向へ向かわねばならないがわたしはなぜ
か南へ進路を取っていた、南は駅があり普段は南へ向かう必要
がない。南から東へと方向を換え走っていると10代くらい若者に
追い越される、悔しいので一生懸命ペダルを漕いでみるが汗が
出るだけで追いつくどころか差は広がる一方だった。わたしの自
転車には電動アシストどころか変速ギアさえない、いわゆるママ
チャリとよばれるものだ。工業団地を抜けて大河の河川敷に出る
とスポーツ自転車に乗る中年男性がわたしを追い抜いたのだが
コブシを高く上げガッツポーズをし自慢気にしている。
「おっし、瀬古に勝ったぜ」
誰が瀬古なのだ?わたしの顔は瀬古さんに似ているというのか
わたしはマラソンの大会に出た事などない、目が悪いんだな。
というか追い抜かれるのは気持ちいいものじゃないのでわたし
も頑張って速度をあげようと試みたがどういうわけか体感速度
が上がらない、いや逆に遅いくらいだ。まるでスローモーション
のように周囲の景色が流れない。
次の瞬間、わたしは横浜の本牧港湾施設に現れた。しかも乗っ
ていた自転車は消え代わりに乗用車に乗っている。立体駐車
場にあるゴンドラのような場所に車を駐車して車外へでると眼下
には潮が流れる海だった。ゴンドラに停めた車は勝手に対岸へ
移動してしまい車に乗るには2メートルくらいの護岸を降り波が
こないうちに対岸へ渡らなければならない。しかし・・・波が流れ
る代わりに正方体の大きなコンクリートブロックが流れてきた。
通常一辺が3メートルのコンクリートの塊が波に流される事なく
沈むのだがどういう訳か疑問に思うことなくただ恐怖だけを感じ
た。そしてなんとか車を乗せたゴンドラまで行くと1台しか停車
出来ないゴンドラに無理やりもう一台載せていた、更には驚く
ことにもう1台が停めようとしている。わたしの車は半分落ちそ
うになっていたが怒りより申訳ない気持ちで一杯になりすぐに
車を動かそうとした、なぜならわたしはこの施設にとって部外者
であるからだ。
自家用車はいつの間にか消滅しわたしは港湾倉庫が立ち並ぶ
周辺道路を歩いている。そこでわたしに声を掛ける女性が現れ
た。
「先生急患です、至急病院までお越しください」
白衣を着たナース姿の若い看護師だがわたしは医師ではない。
しかし必死の形相で叫ぶ女性の頼みを無下には出来ないので
とりあえず病院へ向かう事にし倉庫街を散策してみると古びた
倉庫に隣接するように病院らしき建物を見つけた、だがその建
築物はフェンスに囲まれて入り口が見当たらなかった。そこで
近くに居た人に聞いてみるとトラックに乗らないと病院へ行くこ
とが出来ないと言われた。
「ほら、あのトラックだよ」男の指さす方向を見ると平ボディーの
大型トラックが今橋を渡ろうとしてトラックのテールランプだけが
無情にも光っている。
仕方なくトラックを追かけ橋を渡ってみたら・・・
とある倉庫の中に出た、魔女の舘と看板が掛けられた赤いドアを
開いてみるとなんとも見た事がないような作業場が現現れた。滑
り台のような形をするベルトコンベアには梱包された段ボールが
流れてくる。作業してるのは小さな子供から若い人まですべてが
女性ばかり、わたしは異端者を見るような視線を受けた。こんな
迷路のような作業現場で時間を浪費するわけにはいかない、既
に出勤時間は大幅に遅れている。外にはどうしたら出られるのか
もう自身には部外者であるという遠慮など消えていた、一刻も早く
この場を離れるためにあらゆるドアを開けてみた。いくつめのドア
だったろうかそのドアは他のドアとは違っていた、高さは人の背丈
くらいはありそうだが幅が20センチ程度しかないスリムなドアだ。
ドアを開けると太陽の光が反射して木々の葉が艶めいている。
”痩せた魔女が出かける為のドアかな”
あまりに狭く男のわたしには無理、しかし魔女ならば通れるかなと
直感で理解した。ドアを閉め再び歩くと事務所らしきドアが目に映
る、だが働いている女性達からは驚く様な顔で見られ一瞬戸惑っ
た。
「開けては駄目」
わたしを制止する女性の高い声が聞こえた気がした。
ドアを開けると事務所の奥にいたのは長い髪の老婆であった。
その姿は映画にも登場する魔女そのままの顔をしており痩せた
頬に窪んだ瞳、そして異様に長く聳える鼻にはいくつもの吹き出
物があった。
「ちょっと失礼して会社に電話しても構いませんか」
「うっへへへ、構わないぞぇ」
不気味な嗤いをする老婆は了承してくれた。
「課長、今横浜にいるんですがまだ出勤するには時間がかかりそ
うです」
魔女の様な老婆はわたしが電話する背後で若い女性を集め何か
指示をだすような身振りをしている。
「今日はもう休んだ方が良いと思うぞ、いっひひ」
「いやいや、月収が下がるので休むわけにはいきませんよ」
わたしは老婆が親切心から無理して行く必要などないと思って
くれたと勝手に想像したが老婆にはそんな考えはないようだ。
「ここで一緒に夕食を食べていきなさらんか」
その時、奥から金属的な音が響くように聞こえた。
わたしが目覚めたのは午前5時、悪夢だと気づいたのは間もなく
のことだった。
おわり