古代に起きた天使と悪魔のハルマゲドン(最終戦争)、後に負けた
堕天使達が奈落の底へ落ちる訳だが聖書にはセラフなどの強い
天使達しか名前が記されていないのは周知の通りだろう。しかし
実はセラフに実力で劣る一部の大天使も無理やり同行を強要され
天から落ちたことは知られていない。
「おまえ、おれらと一緒に来いよ」
「そんなベルゼハブさん、なんで僕も」
「おもちゃがいないとつまらないだろ?な、わかるだろ」
そして僕、クロムウェルは平穏な天での生活を強引に諦めさせら
れ複翼のセラフと共に奈落を目指し落ちて行った。
堕ちる途中で僕はベルゼハブによって腹を殴られ意識を失い再び
意識を取り戻した時にはセラフ達の姿はなく一人で草原の中で目
覚めた。腰の丈くらいの草が広がる高原、遠くを見つめてみても地
平線さえ緑色の草が広がりを見せ、緩やかな風に吹かれると華奢
な草は涼やかに揺れている。
「ここは一体?話に聞いていた奈落とは冥府魔道が蔓延る爛れた
世界の筈だ、この美しい草原が奈落だというのか」
僕が一人言を呟いていると遠くから叫ぶ者が現れた。
「こら!誰だおめぇさんは?うちの牧場で何しとる」
「あなたは・・・鬼ですか」
「何言っとるんだ、まだ夢見てるのかい」
「わしは人じゃ、たしかに鬼藤って名前だがな」
やはり鬼だ、そもそも冥府に人間がいるわけがない。だがここは
本当に冥府なのかという疑問も僕には有った。
「すいませんが此処は何処なのでしょうか」
「おめぇさんは余所者だの、ほっきゃいどうだわ此処は」
「ほっきゃいどう?それは何処なのですか」
「もうちっと詳しくいうとだな、ほっきゃいどうの旭川にあるんだ。
わしの牧場はな」
鬼がいう”ほっきゃいどう”という言葉は理解出来ないが旭川に
聞き覚えがあった、一度だけ人間の作った映画を見た事があり
たしか動物園の名前が旭川だったような気がしたのだ。
「旭川には動物園がありますね」
「おお、知ってるかい?旭山動物園だがの」
「・・・旭山、いえいえそこは別ですよ。旭川動物園です」
「だからよ、そこが旭山っていうんだよ」
「そんな訳はありません、ぼくを騙そうとしてるんですね」
僕は自信満々に確たる証拠を示す為、その動物園の目玉である特
色を告げてみた。
「旭川動物園ではペンギンが空を飛ぶのを見られるんですよ」
「わからんお人じゃな、だからよそこが旭山動物園だべさ」
「もうひとつ言うとだな旭山では夜の動物園も見られるんだ」
僕の自信は海岸の砂で作った彫像が波で打ち崩れるように脆かっ
た。半日かけて一生懸命作っても波に洗われると海の泡と消える。
脳天に杭をハンマーで打ち込まれた如き衝撃に苛まれた。
天使である僕が人間から間違いを指摘されその落ち込みは尋常で
はない。”人間?”
僕は目の前の鬼を人間と認めた瞬間であった、であるならば此処は
現世の旭川という地方ということになる。心は奈落へ堕ちたと思ったが此処にはセラフ共はいない、奴らは今頃地獄の猛火で炙られ虐げ
られていると思うと自然と笑みが滲み出る。
”慈悲深い主よ感謝致します”
「何も間違いを認めたからって哀願するほどのことないべ、神様だ
って過ちはするだろうよ」
「何をいうのです、神の法典に過ちはあろう筈ございません」
神を侮辱する人間に立腹はしたが現世に落ちた喜びは感じた。
そこでわたしはこの者へ祝福を与える事にしたのである。
「大地よ、風に吹かれ雲よ膨れ拡がり気化した水を吸い上げよ。天
地還元」
僕は雲が作られていく工程をイメージし暖気と寒気が衝突して出来
る水滴をその雲に与えた。確かに雨は降りだした、雨は。
にわか雨になる程度に作ったつもりではあったが・・・次第に雨粒は
大きくなり桶をひっくり返したような大雨と変わっていった。瞬く間だ
けの出来事であれば通り雨で済んだだろうが雨は降り続いた。
”しまった、またやり過ぎた”
僕は逃げるようにして旭川を後にした。
世間では新種のウィルスコロナMk3が猛威を振るい人々を悩ませ
ているが、TVや新聞、ネットなど見る機会がない僕は知らなかった
まぁ天使である僕にとって人が何人死のうが興味がなかった訳なの
だが。食べ物も飲み物も必要としない僕にとって現世である日本は
退屈この上ない世界なのだが建築物や歴史的な構造物は見ていて
飽きる事のないものと思えた。北海道から東北を回り今は関東に来ているがどれだけ歩いても疲れる事を知らない僕には楽しさなどな
い。
”なんだ、あれは”
利根川という大河の土手を歩いて来る若い男の腕には信じ難い
生物が張り憑き腕をかじっている。ソフトボール程度の丸い固体
しかし牙が揃う口は体長の半分を占める奇怪な生物だった。
若い男はそんな化け物が自分の腕に張り付いているというのに
平然としている、どうやら男にはこの怪物が見えないようだ。
「あなた、あれが見えるようね」
振り返るとそこには角刈りにした若い女が立っていた。
「誰ですか、きみ」
「この惑星にもあいつらが見える者がいるとは知らなかったわ」
「わたしはあの化け物クリッターを処分にきたアルペギウスという
異星人なのよ」
「名前まで言わなくてもいいけれど」
「それでね、わたし一人じゃ処理が大変だからあなたは見えるの
よね、丁度いいわ手伝いなさい」
「・・・まったく人の話を聞いていない」
「こんなに増殖したのもあなた方地球人にも責任がある、だから
手当はないのも当然よね。わかってくれたかしら?あら理解が
早くて本当に助かるわ」
「・・・」
僕は2,3言葉を発しただけ、その間にもこの宇宙人という女は
好き勝手にペラペラとしゃべりまくっている。そういえば昔聞いた
事がある、電話でいきなり「おめでとうございます」といいその後
英会話の教材を売りつける非合法の営業をする若い女が相手に
返答させる時間を与えずひたすら話しまくる、僕は目の前の女が
そうなのではないかと疑っている。
「言っておくけど僕はね、地球人じゃないですよ。だから手伝う義
務はないのです」
「ああわかるわ、まともな思考が出来ない、はみ出し者って事ね
この国ではそういう者達をエイリアンと呼ぶのよね」
「大丈夫なんの問題もないよ、あなたは一切考える必要はない
身体だけ動かしてくれるだけでいいの。わたしの言ったことを
守ってくれさえすればすぐに解放してあげるわ。」
「だから・・・なんにもわかっていない、ぼくは人間ではなく天使
なんですよ。」
「あらあら、いやだわ新宿2丁目のバー、エンジェルたんなの」
このままでは埒があかないと思った僕は仕方ないので本体で
ある6枚の銀翼を広げ女に見せた。
「あまりわからない事を言っていると光輪であなたの腕を切断
しますよ、その程度の能力(ちから)は僕にもあります」
不規則に6枚の羽根を動かす僕に女エイリアンは信じるしか
ないようで驚愕の表情で腰を抜かし座り込んでいた。
こうなると和解するのも簡単で僕は致し方ないので手伝う事に
なってしまった。
異星人女性アルペギウスの調べたところ、クリッターという化け物
は人間には見ることは出来ない、半エネルギー体と言う事だ。
クリッターの地球での名称はコロナMk3と言われ奴は身体の中へ
侵入し内部から人間の細胞組織を食べると膨張をし結果人間の
身体を爆裂させて人を死に至らせる。
「ところで何も持ってないようだけど武器がなくてどうやって処分す
るんですか」
「わたしには必要ないもの」
街を歩くとあちらこちらで爆裂した人間の肉片が散らばり死臭が漂
う。クリッターはその肉片を貪り喰い続けているので探す手間は不
要だった。僕は光輪を投げると丸いクリッターは見事二つに切れる
「ちょっと何するの?殺せと誰が言った」
「だって処分するんですよね、だから切断したんですが」
「だからってわたしの友達を殺さないで」
「友達?」
「まさかとは思いますがひょっとしてペットだったとか」
「ペットじゃないわ親愛なる友なの、故郷ではおとなしい性格だった
のにこの星で散歩をしてたら急に暴れて逃げ出したのよ」
「原因はあんたなのか」
僕がそう異星人に言うと彼女はそっぽを向き髪の毛を指で梳く素振
りを見せるが角刈りなので指が掛かる毛はなかった。
アルペギウスが名前”ボッチ”と叫ぶと食い漁っていたクリッター共
は動きを止め一斉にこちらへ向かって走りだしてきた。灰色のソフト
ボールが野球場のグランド一面を覆い尽くすくらいの数だろうか。
あまりの多さに異星人の女はうずくまって泣きだした。クリッター達
は飼い主と認識したのではなく獲物と認識したようで女を取り囲ん
だからあまりの恐怖で固まったのだろう。僕は女を助けその場を逃
げるしかなかった。
女は応援を呼ぶといって宇宙船で帰路についたがあれから数か月
経過しているがいまだにやってこない。悪徳商法の女営業マンらし
い騙しっぷりだと再認識したのである。
僕は今アルバイトという仕事をしている。現世で生活するようになっ
て神は人を苦しめて楽しむ偽善者だと痛感できた。普段は交通違
反で捕まることはないのに臨時収入があった時に限って捕まる。
また何件もはしごしてやっと購入できたマスク、封をあけた当日に
悪戯な風によって吹き飛ばされたりたまたま窓を開けて走っていた
ら買ったばかりのペットボトルを外へ落としたりと不幸続きなのだ。
神に反旗を翻したベルゼハブらセラフ達の行動が今更ながら正当
だったと思える。人間界での不幸は続くもののそれでも僕はこの世
界へやってきて良かったと思っている、馴染みのドラッグストアーで
よく会うお下げ髪の女性が僕に対してはいつもやさしく笑顔で微笑
みかけてくれるからだ。今日も大きなドングリ眼で見つめてくれる。
「君の為なら死ねる」こんな言葉を告げる奴は偽善者だと考えていた
が今ならばわかる、これは真実の愛を見つけた者にしか言えない
言葉であるのだと。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません