樹海の深い森の中で現れた女の幽霊
年齢でいえば25歳~30歳というところか
見た目は美人だけど姉御肌だと思える風貌で
異性から見た場合、近寄りがたい女性だろう。
幸子はその幽霊の後を歩いていた。
だがその顔、どこかで見た気がすると幸子は
思っていた。
「あんたさぁ、わたしの顔ってそんな怖い?」
前を歩きながら女幽霊ははじめて声をだした
「い、いえ。そんな事は・・・」
まさか本心をここで言う度胸はないし下手な
事を言って幽霊が怒りだしたらどうなるか
幸子はそのほうがよっぽど怖かったのだ。
「一言言っておくけど、現世で生きてる頃は
もっと穏やかな顔だったのよ。親しみやすい
隣のおねぇさんって感じ!?」
そういって幽霊は振り返ったが幸子は思わず
前を向いたまま後ずさりしてしまった。
”お願いだから振り返らないで”
幽霊の顔を見るのはやっぱり心臓に悪い
一瞬見るだけでも幸子の心拍数は急激に
上昇してしまう。
自分が振り返った時に変化する幸子の
表情に気づいていたかのように幽霊は
度々、振り返っていた。
女幽霊は性格が悪かったのだ。
「う フ・フ・フ・フ」
耳の鼓膜に直接響いてくる声
大きな声を出してる訳じゃないが嗤う声が
確かに聞こえる、ここで幸子はやっと思い
出すことができた。
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「本当にあった 呪いの〇〇〇」
あのビデオに出てきた耳に直接届く笑い声
まったく同じ声を今、聞いてしまった。
と同時にビデオに映った白い着物の女
今前にいるのが同一人物なのだと理解した。
”悪霊なの!?”
ゆっくりだが前に進んでいた幸子だったが
相手が悪霊だと気づいたら足は動くことを
やめてしまう、本能が危険を察知した場合
に働く防衛本能だったかどうかはわからないが
「こいつもか!!」
「まったく・・・目がきついからと悪霊だとか
性格悪いとか勝手に思われてあたしゃいい
迷惑だよ本当!」
幽霊は長い髪をいや頭を掻きながらブツブツ
と独り言を言い始めたので見ていた幸子は
困惑してしまった。
「悪い霊ではなかったんですか」
「悪かったらあんたを助けなかったでしょうよ
あのまま放っていたらあんた、殺されていた
あんた、シュウちゃんを探しにきたんでしょ」
幽霊から二つの驚くべき発言をされ言葉を
失った、殺された事とシュウという名前である
知り合いだとしてそれではどんな関係だった
のか幸子は知りたいと思った。
「秀一郎さんを知っているんですか」
この時幸子の脳裏ではいろいろ詮索があった
元カノ、想いを遂げられなく自殺したストーカー
秀一郎さんに片思いしてたたばこ屋のおねぇさん
他界した祖母、事故死したお姉さん(これはない
か姉がいると聞いたことがないから)
「幼馴染だ、あたしは。」
腕組みして小刻みに人差し指を震えるように
上下しイラついたのか自分から関係を告げた。
”せっかちだったら短気ですね”
幸子はそう思ったが言葉にするのをやめた。
だが・・・相手は幽霊、人間と同じような接し方
ではいけなかった、次の言葉で思い知る事に
なる。
「顔がきついからってすぐ怒ると思ったら大
間違いだ。これでもあたしはおっとり型なんだ」
まさか言おうとしていた言葉を相手が放つとは
思わなかった、幸子はビックリして開いた口が
塞がらない。幸子が話すのも待たず幽霊は
続けて言葉を発する。
「幽霊になるとさ感情が消えるんだよ、本当は
笑顔で話したいんだけどさ。」
「そうなんですか」
女幽霊が怒ってるのではない、そう思ったら
安堵して深いため息が出てしまった。
「はぁ~」
夜が明け暗い樹海の森でも僅かな光が差しこん
でくると暗さはかなり減少し森の雰囲気も変わる
ライトは必要ない明るさになり暗いながらも自分の
目で視界を確保できるのは心にユトリを生む。
相変わらず深い森の中、しかも獣道では人を
見ることはなかったが今はあまり怖いと幸子は
感じなかった。
ふと幸子は腕時計を見ると時刻は朝の6時。
2時間くらいは樹海の中を歩いて来たことになる。
「そろそろあたしは消えなければならない、あんた
の探し人はこの先にいる、
10分くらい歩けば大きな赤松
の裏で腰かけてる筈だから」
「もう会えないんですか」
「正確には消える訳じゃないんだ、人の目には
見えなくなる、言葉も聞けなくなるだけ。傍には
いるから」
幽霊は変わらない表情のまま淡々と語り別れの
挨拶とした。幸子の見てる前から女幽霊は
”スーッと”消えていき、何もいなかったように視線
の先にはただ木々が聳えてるだけ。
一旦大きく深呼吸すると再び歩き出し、歩きながら
幸子は心の中で”またね”と言霊を発した。
樹海の森の中、樹齢100年は超すであろう
赤松の張り出した太い根に腰かける秀一郎の
姿があった。
生涯を終えるまでどうやって時間を費やすか
事前に考えた彼は現地で遺書を書くべく、
筆記用具と封筒だけは持っていた。
ボールペンを右手に持ちB5ノートに書こうと
した、だが指の力が足りず手からボールペンが
こぼれ落ちてしまった。癌の進行で指先が麻痺
し何かを書ける状態ではなかった。
自宅にいるときにパソコンで遺書を書いておけば
良かった。
そう考えなかった訳ではないが今後悔しても
仕方ない、秀一郎はそう考えた。
最初の1行は書くだけで15分かかってしまった
内容は幸子に向けたもので具体的には
加入していた生命保険の受取人は幸子である
こと、生命保険の手引きと証書のある場所など
ミミズが這ったような文章だが彼は彼なりに
一生懸命書いた、ただ一行書き終えてところ
どころ濡れている事に疑問を感じた。
文字が上から水滴を落としたように滲んでいた
「あれ雨か」
木々に覆われた森、上を眺めてもあるのは木の葉
だけで雨は降っていない。ではこの水滴は・・・
自分の顎を伝って落ちる水滴に気が付き
これが自分の涙だと知るまであまり時間はいらなか
った。
「おれ、泣いているのか」
秀一郎は書きながら泣いていた。
自分では死に対し割り切っていると思っていた。
だが死と直面した今、やはり幸子への想いが
再び蘇ってきたのである。
「幸子~~会いたいよ」
「はい、呼んだ?」
秀一郎が一人叫んで一呼吸、間をあけて返事が
帰ってきたから秀一郎の驚きは激しかった。
しかし涙目の顔で振り返ってもそこには誰もいない
東京ドームの何倍も広い樹海ではたとえ大方の
場所を知らせておいても会うことはできない。
それ以前に秀一郎が樹海へ入ることを知らない
筈なので来るわけがないと思っていた。
「幻聴だったのか」
再び瞼を閉じて胡坐(あぐら)をかいたまま眠り
につこうとした自分の名前を呼ぶ声に目を開けた
正面の太い欅(けやき)、秀一郎の座る位置から
距離にして7メートルくらいだろうかその影から
一人の女が立っているのを見た。
「幸子、どうしてここに」
幸子は真っ赤な瞳をして泣いていた。
だがその視線は秀一郎を凝視して離さない
「あなたがここに来た理由は聞いたわ、余命が
幾何もない事もね。だからといってなぜなの?」
「なぜわたしに黙っていくわけ!?」
幸子は泣きながらも悔しい表情をして秀一郎に
向けて訴えかけるように話した。
「おれが消えれば新しい人生を踏み出せる
存在自体いなかった事だと思えば幸子も諦め
られるだろうと思ったんだ」
秀一郎の諭すような話し方に幸子は激情した
「なんて身勝手な人、あなたは何にもわかってない
あなた無しでわたしはこれから先、生きられない
秀一郎さん、わたしにとってあなたは既にわたしの
心の一部なんだよ。」
「今日ここに・・・」
幸子は言葉を呑み込んだ、死ぬことを覚悟して
ここに来た事を秀一郎には知られたくなかった。
だが秀一郎はこの先に続く言葉をすぐ理解できた
理解したとたん彼の瞳から涙が零れ落ちる。
秀一郎は”有言実行”一旦思いったら誰が何と
言おうと自分の信念に基づき変える事はない
それは幸子も知っていた。
だから説得は無意味ということも。
「秀一郎さん、実は誰にもまだ言ってないのだけど
あなたの子がわたしのお腹にいます」
幸子はそういうと封筒に入れていた診断書を
秀一郎の前に差し出した。
「なぜだ、なぜこんな俺に」
秀一郎には身に覚えがあったので嘘だとは言わ
ない。子供は嫌いじゃない、それどころか欲しい
とさえ思っていた。癌と知るまでは
「あなたは1時間でも長く生きなければならない
わたしの為にそして生まれてくる子供の為に
お願いですからまだ見ぬ子どもの為に記録を
残してください」
涙を”ポロポロ”流しながら幸子がいうと秀一郎
はゆっくりと頷いた。
そして幸子は秀一郎の隣に腰を下ろし彼の背中
に手を廻しながら言った。
「帰ろっ」「みんな待ってるから」
「う、うん」
二人は薄暗い木々の中で立ち上がった、
家へ帰る為に。
今まで薄暗かった森の中、進路を指すべく光が
森の中を照らし出す、まるで富士の神々が
”早くお帰り”とでも言うかのように。
秀一郎と幸子は光に導かれるように歩く
身体が麻痺しはじめた秀一郎に幸子は肩を貸し
て二人寄り沿いゆっくりと暗い森を後にした。
つづく
この物語はフィクションであり実在の人物
団体には一切関係ありません