ユウリはSNSでメッセージ機能を使いキャサリン
へ発信した。ユウリは秀一郎の担当医腐土壺
悠里(ふじつぼ ゆうり)であり秀一郎の余命も
把握し秀一郎の告白も知っていた。
「ゆうりさん、なぜわたしを知ってるんですか」
「病院であなたと会ったことがあります、でも今
はそんな事を話してる場合じゃないの。」
「心を落ち着けて聞いて!彼秀一郎さんは誰
にも告げずに一人で樹海に入るつもりです」
突然そんな事を言われても幸子は信じられな
かった、顔も知らない相手にいきなりそんな事
を言われても信じる人はいない。
「ゆうりさん、悪質な冗談ですよ笑えません」
ユウリはキャサリンである幸子が怒っていると
理解したがここで話を切ることは出来ない。
「そうね突然見知らぬ相手から言われても
信じれる訳はないわよね」
「わたしはある病院で医師をしています、名前は
フジツボ ユウリ。シュウさん、いえ秀一郎さん
の担当医なんです」
名前を聞き幸子は確かにその名前は聞き覚えが
あった、病院では心臓手術の権威と聞いたから
である。さらにシュウの本名までも出され幸子に
不信感は消えた。
「確かに腐土壺先生とは面識があります、冗談
でないことも理解しました。ですが・・・」
「一刻の猶予もないとは一体?事情をもう少し
説明してください」
「本当はこんな事直接お会いして話すべきですが
秀一郎さん 実は・・・ 末期がんなんです」
幸子はキーボードを叩く手が止まってしまった。
相手の反応がない事に気づくユウリだったが
彼女はそのまま続く言葉をタイプした。
「彼は余命数か月、いえ1か月かもしれません」
「彼自身も残り少ない命の炎は気づいてます」
ユウリの書きだした言葉に幸子は衝撃を隠せない
涙を指で拭うのを忘れるようにただ涙が頬を伝い
顎まで落ちて下に落ちる。
”ポタ、ポタ、ポタ”
だが幸子の驚きはこれだけで済まなかった。
「秀一郎さんが樹海へ行く日はわたしも知りませ
ん、今かもしれないし明日かもしれない。ただ
キャサリンいえ幸子さんだけには知らせるべき
だと思いました。」
「実は彼から幸子さんには言わないで欲しいと
口止めされましたので、秀一郎さんを裏切った
事にはなってます」
キャサリンは一言「有難うございました」とだけ
メッセージを返し二人のやり取りは終了した。
「あれ二人ともいなくなっちゃった、どうしたのかな」
話しかけても反応が二人にリラは戸惑っていた。
その直後、キャサリン(幸子)はログアウトし消える
「ねぇユウリ、一体何してたの?」
「さっきリラは大変な事になってると言ったわよね
わたしはキャサリンさんに大変な事を告げたの」
「シュウさんに関わる事」
「聞かせてくれる?」
「ごめん、今は言えない」
もし彼を止める事ができたのなら彼女は多分
事後報告してくれるだろうとユウリは考えた。
でも止められなかったら・・・きっと
幸子はパソコンの電源を落とし登山用のザック
を手にすると再び車に乗り込んだ。始動ボタンを
押すとエンジンは静かにかかる、ナビが点灯し
車内に僅かな灯りをともし車はゆっくりと動き
はじめた。目指す場所は郊外の田園地帯
まだ数回しか行ってない秀一郎の家、頭の中
でルートは決まっていたが今は道を間違える
事はできない、ナビのメモリーを呼び出すと
ナビはルート案内を始めた。
現在時刻は深夜1時、乗用車はあまり走って
おらず大型トラックばかり走ってるのが目につく
仕事で疲れたせいか瞼は勝手に下がっていく
目を開けてるのが重いと幸子は感じはじめていた
5分前も大型トラックのブレーキランプに気づくの
が遅れもう少しで追突するところだった。
富士樹海に突入することまで想定していたので
ザックの中にはLEDの小さなヘッドランプが入って
いる、食料も途中にあるコンビニで買わなければ
ならない、幸子は目に入ったコンビニで食料と飲料
そしてブラックのコーヒー缶を買う必要があると
思った。
2車線ある国道は制限速度が50キロ、自動車
専用道路みたいだと走る人に思わせる。
道路自体も高架となっている為、店も隣接する
事がない。幸子は何回か走った道であるから
この付近にコンビニがないのは承知のこと
もう少し走れば制限速度40キロのまさに一般道
へと国道は変化する。
幸子の車は店舗が立ち並ぶ1車線の国道を今
走っていた。歩道が路肩にはあり車道の端には
自転車専用の走行帯もある、道路と歩道の境界
には白いポールフェンスが建てられ店舗の入り口
は途切れていた、歩道も車が通れるように下げら
ている。
国道を走らせていると左前方に寺、歯科医が見え、
幸子はアクセル緩めることにした。
広い駐車場のある店舗、そこへ向けて車は進む。
左折を周囲に知らしめる為幸子の車はオレンジ色
に点滅するランプを点けた。左側を十分注意し
さらに歩行者も確認してからコンビニの駐車場へ
車を停めた。
停車しエンジンを止め時刻を見ると深夜2時だった
ここから秀一郎の家までおよそ45分。
携帯を取り出してなにやら操作している、メール
だろうか。車を降りるとリモコンのボタンを押した
”ピッ”
”カシャっ”
ドアロックする音と共に格納するミラー。
コンビニで食料と単4電池を買い、大きな交差点
で信号待ちをしていた幸子、右折するようだ。
前には車2台が止まっていた。
この時幸子は知らなかった、右手から走ってくる車
その車は右折して箱根方面へ進路をとった。
幸子のよく知るクロカン4駆、秀一郎の車であった
運命の神様は時として意地の悪い事をする。
もし右折専用車線の最前列で止まっていたなら
幸子は彼の車に気がついた事だろう。
信号が青に変わっても右折車は動けない
2車線の広い道路にはよくある右折専用信号が
あるからだ。これから秀一郎の家へ向かう幸子
と富士へ向かう秀一郎の差は広がった
信号パターンというのは場所によって異なる。
2車線ある道路は一度青になると次もその次も
青で通過できるタイミングがあるのだ、秀一郎は
地元、そのタイミングを理解していた。
逆に言えば赤で一たび捕まると毎回赤で停止を
余儀なくされる、当然青で通過した車との差は
広がってしまう。
直進車の信号はようやく赤に変わり信号は右折
の表示灯が点灯した。前者に続き幸子は右折
していったが秀一郎の車はもはや見えない。
それから45分経過した頃、幸子は秀一郎の家
に着いた、物置を見ると1台分ぽっかりと空いた
スペースがある。これは秀一郎が出かけた事を
意味していた。
幸子はここに来るまで5割の確率でいないかも
しれないと覚悟をしてた、だがいざ出かけた後
だと知ると幸子は哀しみで身体が震えてしまった
もし途中ですれ違ったと知ったら幸子は悔やんだ
事だろうがこの時点で秀一郎は樹海に入ってると
考えていた。
なるべく早く樹海に入らなければならない、そう考
え中央高速を走っている。中央高速の追い越し
車線を走る赤いゴルフGTIが幸子の愛車である。
うまくすれば追いつくかもしれない、そう思って。
だがそれは幸子の勝手な思い込みに他ならない
秀一郎は高速を使わず一般道で富士に向かって
いた。
先に樹海へ着いたのは秀一郎であった。
林道を走り登れる登ってそこからは徒歩で樹海
に向かって歩き出していた。樹海周辺は脇道が
多くナビでも表示されない。林道をよく知っていな
いと同じ道は走れることができない
幸子はといえば秀一郎が車を停車した時刻から
15分経過した頃、樹海の大駐車場へ着いた。
二人の到着時刻はたいして差がない、しかし
広大な樹海は登る入口が違うだけでも進む方向
は変わってしまう。秀一郎は一般客がこない場所
から樹海へ入ったので幸子と出会う確率は1%
以下だった。
幸子は駐車場に秀一郎の車がないことを確認
したがどこから登ったのかは全く見当がつかない
それでも諦めることはできない、誰もいない樹海
の入り口は目の前にある。真っ暗で木々の間に
ある遊歩道は”真っ黒”漆黒の闇と思えた。
まるで魔界への入り口かのように口を開いている。
それでも幸子は勇気を振り絞りヘッドランプを頭に
セットし樹海の入り口へ第一歩を踏み出した。
太い木の根があちらこちらに地面から突き出し
それが手のように幸子は見えた。
初めて入った深い森の樹海、何かもが恐ろしい
目印のある遊歩道を歩いていたつもりだった。
歩き始めて10分、目印がないことに気づく。
遊歩道からかなりはずれて歩いてしまっていた
恐る恐る森の中を歩いていたらヘッドランプの
光が奇妙に反射する、こういう場合確認するべき
じゃない、それは幸子自身もわかっていた。
ヘッドランプの照らし出した先に・・・
女性用のハンドバッグと遺書らしき封筒を見つけ
幸子の恐怖心は絶頂へと達した。今まで気づきは
しなかったが木々の騒めきと風の唸る音が
人間の悲鳴のようにも聞こえる。
”ミシッ、ピシっ”
まるで人の歩くような音が突如、聞こえてきた。
振り返ると音は消え、やっぱり誰もない。
再び歩きはじめるとまた音が。
”ミィシ ピシ”
空気も重くなったのか呼吸するのが辛い。
背後から聞こえる音で恐怖心があがったせい
かもしれない。
それでも幸子は耳に両手を添えて蓋をし、黒い
森を歩いて行く。
ホラー番組の取材ならば危険と判断したなら撤退
も出来る、しかし幸子に戻ることは許されない。
最もすでに帰路がわからない状態であったのだが。
樹海を歩くこと30分、樹海の中とはいえ妙に寒い
もうじき日の出を迎える時間だというのにこの中は
まったくそんな気配はなくひたすら真っ暗だ。
ここまでゆっくりでも歩いてきた幸子の歩みは突然
止まった、何かを見たように急いで視線をずらした
「ひぃい~」
5メートルくらい先に見える太い木、広葉樹のようだ
が真っ暗な為種類はわからないが横に伸びる太い
枝にかかる白いロープが風に煽られ揺らめていた。
誰が見ても多分同じことを言うだろう
”このロープで首を吊ったな”と。
心臓の鼓動は耳を澄まさなくても聞こえていた。
それほど幸子の緊張感は高まっている
怖いけれどその木の脇を、枝を見ないようにして
歩を進めて行く、大木の向こう側まで歩きほっと
溜息をついた刹那、幸子は誰かに肩を叩かれた。
”トン”という感じで軽く叩かれた。
身体が”ゾゾ、ゾォー”と背筋が凍る感覚を覚える。
振り向くとヘッドランプの照明で影が出ないところ
に黒い影を幸子は見てしまった。
「一緒に歩いてあげようか」
地の底から唸るように、低い声で幸子に話かける
「キャァ――」
あまりの恐怖で膝を曲げてうずくまるが声の主は
まだいるようで幸子は圧迫感を感じている。
背後から覆いかぶさるような圧迫感だ。
「もうダメか」
目を閉じ耳を塞いで何もできない幸子がそう思っ
た瞬間だった、白い着物を着た長い髪の女が
出現した。女はこちらに向けて手のひらをかざす
と背後から押しつぶすような圧迫感は消滅した。
ゆっくり目を開いてみると目の前にいた女は・・・
一難去ってまた一難。
幸子は両手で目を覆い指の隙間から”ちらっ”と
女を見てみるとこの世のものじゃないことはわか
った。怖いけれど女のおかげで背後から圧迫され
る気配も消えた、思った。
目の間に立っている女の顔、よく見ると
眉毛が逆立ち、切れ上がった瞳は睨んでいる
幸子はそう感じた。
怖い!幽霊に見本があるとすれば目前にいる
こんな感じ、とさえ思えた。
身構える幸子とは裏腹に女幽霊はその場で
立ち止まり腕を水平に伸ばし、その直線上で
人差し指を伸ばしている。まるで方向を示す様に
幸子に選択する余地はない
秀一郎を見つける事ができなければ樹海の中で
死ぬ事を覚悟しここまで来たのだ。
幸子は女について行くことを決め怖い幽霊に
近づいて行く、すると相変わらず怖い、いや
怖いというより”オッかない顔”という方が正しい。
怖い顔のまま女は右手を曲げて”おいでおいで”
と幸子を誘う(いざなう)仕草をはじめた。
怖いけど、ひょっとして最強のボディーガードなの
かもしれないと幸子は思い直し女に導かれるまま
樹海の深い森、森の奥へ進んでいった。
この物語はフィクションであり実在の人物
団体には一切関係ありません