朝刊の地方紙欄に小さく身元不明の女性死体が発見された
と報じられた。警察は当然目撃者の有無を捜してみるが
死体が見つかった場所は自殺者がとても多いダム湖で
自殺防止のために非常に高いフェンスを設置された橋から
落ちたと言うことで警察は自殺者との見解をした。
死体を見た刑事には自殺者と断定するには疑問を持つ
なぜなら死体の女性は左手薬指の第2間接が鋭利な
刃物で切ったかのように切断されていたからである。
刑事は切断された指だけで事件性を考えた訳ではなく
確たる証言を聞いていたからだった。
その刑事こそ”山羊八寛”
表の顔は捜査1係の刑事であるが裏の顔は
死者の恨みを代行して晴らす報復代理人と言われる者
山羊は死者の体に手をあてがうだけで死ぬまでの過程
を知ることが出来たのであった。
真相は勿論殺人事件である、だが提出できる証拠は
何もない。殺害証拠となる凶器もなければ犯人の残した
指紋、毛髪など現場には何ひとつ残っておらず殺人事件
と断定するには無理があった。
刑事とて組織の中では駒のひとつでしかなく上司がノー
と言えばそれに従うしかないのだ、たとえ自分で納得が
いかなくても上司の命令は絶対。
ただしそれは普通の刑事の場合である、山羊は
報復代理人となる顔を持つので裏で恨みを晴らして
あげればと人は思うかもしれない。しかし報復するには
いくつかの条件を満たしていなければいけなかった。
ここで報復代理人とは何なのか、説明してみよう
死者の晴らされない恨みなどを死者に代わって
犯人に報いを受けさせる者でありそれには依頼者
死者の協力がなければ成し得ない稼業なのである
犯人を誰だか知っているとしても自己の判断だけで
犯人に償いをさせてもそれは単に犯罪者となってしまう
そこで報復代理人は常識では考えられない技を使う
それ故今まで人に知られず稼業を続けてこれたのだ
現状では依頼者もいなければ死者本人からも頼まれて
いないのでいかに報復代理人であったとしても何もする
ことは出来ない。
山羊刑事にも葛藤はあった、毎日毎日己を問う
”一体なんの為に報復代理人となったのか”
”他の刑事に出来なくても自分に出来ることはある筈”
夜になると毎晩、夢に被害者が現れ「悔しい~」と
泣く姿を見せられ朝、目覚めると山羊の瞳には涙が
溢れ出ていた。
死者の霊を鎮めるために山羊は死体が遺棄されたと
思われる橋を歩いていくと若い女性が手を合わせて
座り込んでいるのが見えた。警察署には死亡した
女性の関係者は未だ訪れていないので女性は
相変わらず身元不明の状態だった。
「こんにちは、先日ここで女性の死体が発見された
そうですね。お知り合いでしょうか?」
「あなたは?」
山羊が持っていた線香と花束を見た若い女性は
身元不明の女性の知り合いかと思ったのか訊ねて
きたのである。
「わたしは警察のものです、誰にも弔って貰えないと
思いせめてわたしだけでもとお線香を持ってきました」
「あなたは故人とどのような関係ですか?」
「わたしは奈々おねぇちゃんの近所に住み、お姉
ちゃんはわたしを本当の妹みたいに可愛がって
くれました。」
「刑事さん、お願いです。犯人を捕まえてください」
「刑事さんなんでしょ本当は」
「捜査当局は自殺と確定したから捜査は出来ないんだ
君はどうして殺されたと思うんだい?」
山羊の質問に答えるかのように若い女性は
無言でひとつのビンを差し出した。女性の顔には
涙が流れた跡を頬につけ真っ直ぐな目線で山羊を
見つめていた。
ビンにはアルコールが入っていたようでビンの中を
女性のか細い指が”ユラユラ”と陽炎のように揺れていた
「どうしたのこんな物、見なかった事にするからしまって
こんな物持ち歩いてると殺人の容疑者にされるよ」
「奈々お姉ちゃんの死体が発見された日の朝、うちの
玄関においてあったの!これはお姉ちゃんの
たったひとつしかない遺品だから」
捜査が終了した今、女性にかけてやれる言葉は
思いつかなかった。
「刑事ドラマじゃ単独で刑事さんが捜査をしてくれる
のに実際はやってくれないのね。」
「ごめんね、刑事だってサラリーマンなんだよ」
橋の上から150メートル下には湖が碧い色をして
小さく姿を見せる、橋から見下ろすと血の気を引く感覚
女性は悲しい表情で下を見ていたのであったが山羊
には橋のすぐ下で漂っている異形の者たちを感じた。
浅黒い顔して上目使いにこちらを見つめる浮遊霊だ
それも一人や二人ではなく無数に浮遊している
”ここに長居するのは危険だ”
ほとんどの人には見ることが出来ない霊
だが刑事山羊には昼間でも見ることが可能なのだ。
突然女性は振り返り山羊の表情を見つめている
「刑事さん、もしかしたらあれが見えたの?」
「わたしこう見えても霊能者の仕事をしているんです」
「たまにへんなものが見えてしまうんだよね」
ここで自分の正体を知られてしまう訳にはいかない山羊
見えないと嘘をついても霊能者相手では嘘がばれて
しまうだろう、中途半端な霊能力がある事にしたかった。
それが幸いしたのか女性は名刺を差し出した
「刑事さん、あなたみたいな人って霊に取り憑かれ易い
からもし困ったことがあったら相談にのりますよ」
「ありがとう」
名刺には霊能者 竹井美紗子と書かれていた
電話番号は携帯電話とその隣に事務所の電話番号
そして事務所の所在地住所が明記されている。
女性、竹井美紗子が歩き去るのを見送るように見て
いたら赤いBMWに向かって歩いている。
そういえばBMW M3CSLが駐車場に止まっており
山羊は羨まし気に一回りして舐めるように見つめたのだ。
「霊能者って商売は儲かるのか、バイトはじめようかな」
山羊は知らなかった。
竹井美紗子という女性は有名な霊能者でTVにも出演
していたのである。1流霊能者でなければ高収入は
望めない、実力があれば霊能者として人気がある
というものでもないのだ。
それから2週間たった木曜日の午後、山羊の所属する
捜査1課の電話が鳴り響いた。誰もいない1室で
むなしく響き渡る電話の音。
つづく
この物語はフィクションである実在の人物、団体
には一切関係ありません