自分に内緒で見合いの話を決めようとしていた両親と
弟夫妻に対しはじめは怒りさえ覚えたが両親の話を聞き
すべては自分のためにやった事だと知った修一郎は
弟夫妻を責める気持ちは無くなった。
そんな修一郎の気持ちを知らない弟光男と詩織は
内心穏やかではない。
「あなた、明日おにぃさんが来るのよね。」
「おまえは知らないだろうけど兄貴って怒ると怖いんだよ」
「女のおまえには手を出すことはないだろうけど若い頃の
兄貴は怒り出したら止まらない暴走列車と呼ばれていた」
「ええ?そんなに。」
若い頃の印象が強く大人になった今でも弟は兄が怖かった
遠くから近づいてくる野獣に鼓動は早くなる心境だった。
身構えていた二人だったのだが。
まだ新築のマンションはセキュリティが完備し訪問者が
直接部屋まで来るような事は無く1Fフロアからインターホン
で部屋の住人に連絡しそこで住人がロックを解除しなければ
エレベータにさえ乗ることができない。
修一郎は半年振りにこのマンションに訪れた。
「光男、今下にいるから」
「わ、わかったよ今すぐ開けるから」
光男と詩織、頭の中でジョーズのテーマ音楽が鳴り響く
のであった。
ドアが開いて兄の顔が現れたらすぐ謝ろうと二人は決めていた
”ドックンドックンドックンドク・・ドクドクドク”
お互いの心臓音が二人には聞こえる。
ドアノブが回ると額からは汗が流れ手は湿ってくる。
”ギィ~~~”とドアがゆっくり開くと二人の緊張は頂点に
達した。
ところが・・・・・・・・・
二人が謝ろうと思っていたよりも先に修一郎は謝った。
「ごめんなさい、そしてありがとう」
兄の第一声は怒鳴るだろうと覚悟していた二人だったので
唯ただ、呆然と立ち尽くしてしまう光男と詩織。
「いや親父とおふくろからすべてを聞いたよ。本当に
俺なんかのためにいろいろやってくれて有難う」
「な、、なんだ聞いたのか。いやぁ~いいんだよ、なぁ
詩織」
と光男が詩織に同意を求めるように見つめると詩織は
ただ”コクコク”と頷くのだった。
微笑む詩織であったが
詩織は棍棒を後ろに隠し持っていたのを修一郎は知らない。
居間に通されソファーに座ると3人はお茶を飲みながら
歓談していると話は親の事となる。
「兄貴、もし親が寝たきりの状態になったらどうするとか
考えた事あるか?」
国税局に勤める弟の光男は同僚や先輩に介護の経験を
した人がいたので人事とは思っていなかった。
「やっぱり病院の人に頼るしかないだろうなぁ」
介護を知らない修一郎を諭すように光男は言った。
「兄貴そういうわけにはいかないんだよ、できる限り子供が
面倒みるべきなんだ。おれの先輩も親が倒れて何日も
会社休んだり毎日交代で病院へ行ったりと寝る暇も
なかったと言っていた。」
夫の光男の言葉に妻の詩織も知らなかったようで驚くと
「わたしに出来るかしら・・・・・」と言った。
だが出来るとか出来ない、そういう問題ではない。
出来なくてもやらなければいけない、それが子供の務め
自分がやらなくても誰かがやってくれる、そういう訳には
いかないのが介護なのだ。
”わたしがやらなければ誰がやる”
やった事ないから自分には出来ない!それが通用しない
やった事なくてもやらなければならない。
「俺と詩織と兄貴だけじゃどうしても無理がある。だから
兄貴に結婚して欲しいと思った。それに両親が他界したら
兄貴は一人になる、おれにも家族があるから兄貴だけに
構うことは出来ない。だからもうちょっと結婚について
真剣に考えてもらいたいんだよ」
真剣な顔で訴えかけるように話す光男。
「そうだなぁ収入低いからって諦めていてはいけないよなぁ
もうちょっと前向きに考えるようにしよう」
真面目に答えてくれた兄に理解して貰え弟夫妻は微笑む
のであった。
つづく