佃煮は炉端焼きだけに専念できるほど暇ではなくほかの客から依頼された家の進捗具合も見に行かなければならない。
どちらかといえば次から次に依頼が来る人気設計士だった。
たまたま炉端焼きを家に導入したいと言ったG夫妻の近くに今、
建築中の現場があったのでG氏に連絡をつけ邸宅を訪問することにした。
「こんちゃ、佃煮ですが」
家を建ててまだ3年くらいだろうか、壁もドアもきれいなG邸。インターホンを鳴らすと
「わざわざ来て頂き恐縮です。まぁどうぞ」
とG氏は家のドアをあけた。
「ではお邪魔します。」玄関にはいると木材の匂いが漂ってきた。靴を脱ぎ
G氏の後に続いてキッチンに向かう佃煮。
キッチンに入るとウォールナット調のシステムキッチン、4ドア冷蔵庫。
テーブルはシステムキッチンのカウンターと垂直に置かれキッチン内から
テーブルにものを置けるようになっていた。
床はウォールナット調で高級感が溢れる作りとなっている。
このテーブルの位置では炉端を作るのは困難であるまいか!
システムキッチンは動かす事ができないので床を施工するのは無理なのだ
「Gさん、このシステムキッチンの配置だと床を施工するのは無理かもしれません
なんとかしてあげたいのですが部屋がシステムキッチンをベースに
考えてあるために他にテーブルを動かそうとしてもスペースが足りないのです。」
佃煮の言葉をきき落胆してしまうG氏だがどうしても諦めることができず
「わたしは先生を”不可能を可能にする男”ときいてますが?」
佃煮は夢をかなえる建築設計士として評判だった。それをなぜかG氏は
知っていたので不思議に思い問い詰めてみると・・・・
「口止めされていましたが、実はMさんから紹介されたんですよ」
・・・・・・・・・・・
”あの野郎~~、知っていたのに知らんぷりか!!”
「Mの紹介じゃ断れませんねぇ~わかりました。なんとか考えてみましょう」
「その代わり、わたしにすべて任せてもらいます。それでいいですね」
だがG妻から言われていた事があったG夫!
たったひとつだけ妻から要望が。それを佃煮に伝えなければいけないG夫
「先生、ひとつだけわたしのお願いをきいて頂きたいのですが」
妻からきいた時、それは不可能だろうと考えていた夫は言いづらかった。
「あのですね、炉のレンガなんですがピンク色にして欲しいのですが」
沈黙した時間が流れる。
佃煮という男実は今まで内装をピンクにしたことがなかった!
それはピンクが大嫌いでピンクを見ただけで体中ジンマシンが出る
ピンクに対して体が拒絶反応を示してしまうのだ。
「え、えええピンクですって・・・・・」
ピンクときいただけでも体が痒くなってしまう。
体をかきながらも
「Gさん、ピンクのレンガなんて見た事ありますか?レンガは茶色!」
「先生のおっしゃることは御もっともですが妻の要望をきいてあげたいので」
佃煮の前では優しい夫を演じていたが夫は嫁に逆らえない理由があった。
もともとG妻は炉端などと無駄なものは興味なくそんな余裕あるなら
もっと夫に旅行に連れて行って欲しいと望んでいた。
炉端は夫の一方的な願いに他ならない。
G妻は夫の説得により炉端を作る事をしぶしぶ承諾したので唯一の願い
ピンクのレンガで造って欲しいという願いをきかない訳にはいかなかった。
「もうすぐ妻も帰ってくるのでリビングのほうへどうぞ」
メジャーを出して計測しながら設計図に記入していた佃煮に
お茶かワインでも飲んで欲しかったG夫である。
リビングでソファーに腰掛けると佃煮は
「今日、わたしが来るのを奥様はご存知なんですか?」
G妻が帰ってきて思いもしない訪問者がいたら驚くだろうと
思うのでG氏にきいてみたら
「知ってますよ。妻に言ったら帰ってくるまでにおもてなししなさいと
言われてますからゆっくりしてってください」
そういうとソファーから立ち上がりキッチンで用意されてあった料理と
グラス、スペイン産ワインのボトルを持ちリビングに戻ってきた。
「まぁどうぞ」
そういうと佃煮のワイングラスにワインを注ぎそして自分のグラスに注ぐ
ワインは若干黄色みがかかった白。気泡がごく微小にでていた。
「飲んでみてください、スペインの白なのですが極上ものですので」
G氏は秘蔵していたワインを持ち出してきたので自身があったのだろう。
つまみとして持ってきたのはカツオのマリネとスズキのソテー。
どちらも早朝、G妻が出勤前に調理し用意しておいたものである。
「どうぞ、食べてみてください。妻の料理は絶品なんですよ」
人の味覚ほど固体で人それぞれ、だから期待はしてなかった佃煮だが
G氏が薦めるのでためしに食べてみると、
「うまい!!こんなにうまいとは・・・・・」
カツオのマリネも酸っぱすぎずまろやかな酸味でくせがない
すずきは魚自体に癖があるがそれなのに上品な味わいを出させていた。
佃煮が舌鼓をならすほど料理は完璧な出来上がりだったのだ。
佃煮が料理をたべうまいワインで酔いしれてると
「なにぃ~~?あのセンスが悪く古びたポルシェは誰の車。」
G妻が帰宅していきなりの辛口。
佃煮の愛車はイエローの89年型911カレラそしてドアに大きく
ホワイトで”佃煮建築設計事務所”と書いてあったのだ。
社名が入ってるのは社用車として使っているからだ。
まさか佃煮の車とは思わなかったG妻は家にいたので驚き
佃煮本人も”センス悪く古びた”と言われショックを隠し切れない
ままG妻と顔を合わせていた。
今まで面と向かってセンス悪い車といわれた事がなかった佃煮は
脳裏に”センスが悪く古びた”"センス悪く古びた”と繰り返されていた。
それまではうまい料理とうまいワインに酔いしれ上機嫌であった
佃煮だったがG妻の一言で一気に気分が落ち込んで仕事どころではない
本当ならばG妻とピンク色のレンガのことを相談するつもりだったが
あまりにも激しく落ち込んでしまった佃煮に考える余裕はない
褒めれば実力以上のことを成す男というものは
反面、一旦落ち込むと歯止めがきかずとことん堕ちていくのである。
「G氏、悪いのですが今日は考えることが出来ないので帰ります。」
M夫妻から佃煮を褒めて褒めて褒めまくれと言われ実行したG氏。
妻が帰宅するまでは順調だった。だが妻の一声で策は無駄に
「先生、妻の失言は謝りますのでどうかもう少しお話を」
「佃煮先生、わたくし思わず口がすべってしまい・・・・」
夫妻は佃煮に謝ってみるが落ち込んでしまった佃煮の耳には雑音だった
「口が滑って」とだけ聞こえたので
”滑ったということは心の中でそう思っていたのじゃないか”
G妻の言葉は再び佃煮を奈落の底に落としていった。
その一言を言わなければいいのにと誰にでも思うことがあるだろう。
自分では弁解するつもりだったが逆効果になってしまう、それがG妻だった
「仕事は無期延期になるかもしれませんがご了承してください」
佃煮はそういい残しG邸からポルシェは去っていった。
続くーーーーー