妹夫婦と4人で行った2泊3日の温泉旅行♨帰った2日後から体調を崩し、まさかのコロナ感染
たくさんの御見舞コメントありがとうございましたm(__)m
お陰様で後遺症もなく、いつもの日常に戻りつつあります✌️
御心配をおかけしましたm(__)m
ただ体力が少し衰えたかな😅
すぐに疲れてしまうので、もう少し涼しくなったら、ウォーキングでもしょうかな~🤔
今はきっとお城の階段とか登るのもキツいと思うので
帰宅後から毎日のように朝顔が咲き出し、元気をもらってます
さてさて、忘れないうちに旅の思い出を書かなくっちゃ!
温泉旅行1日目はまだ行ったことがなかった草津温泉♨へ
(妹夫婦からのお誘いでした)
その前にせっかく近くまで行くのだからと、少し足を延ばして世界遺産の「富岡製糸場」に行ってみない?…と私の提案で
名古屋から高速を使って5時間もかかるのですが、やっぱり見てみたくて
創業して半年後(明治6年)明治天皇の皇太后および皇后が行啓され、行啓70周年を記念して昭和18年に建てられた碑です
入口すぐ正面の代表的なレンガの建物
製糸場が操業を開始した明治5年に建てられた巨大な繭倉庫
富岡製糸場を代表するランドマーク的な建物です
正面アーチには創業年「明治五年」の刻印
長いレンガと短いレンガが交互に積まれている「フランス積み」という工法で積まれているのが特徴です
明治政府が産業や科学技術の近代化を進めるにあたり、外貨獲得のため力を注いだ生糸の輸出
そこで古くから養蚕が盛んで広い土地と豊かな水のある富岡が注目され、明治5年に官営の製糸場が建てられたのです
繭から生糸を取る作業が行われていた、長さ約140mもある巨大な工場で、300人の工女が一度に作業が出来た世界最大規模を誇る器機製糸工場だったそうです

繰糸機がずらりと並ぶ奥行きの広さにびっくり

昭和41年以降に設置された自動繰糸機が停止時の状態で保存されています
建物の奥では開業当初から使用していたフランス式繰糸器の復元機を使った糸取りの実演をされていて、タイミング良く見ることが出来ました

床面積320坪で個人の住宅としては大規模
ブリュナ氏が富岡を去った後は、従業員の宿舎や工女達の学び舎として利用されたそうです
(通常は非公開で、外観だけの見学です)
工場の南側を流れる鏑川(かぶらがわ)も見下ろせます
日本人工女に器機製糸の糸取りの技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住居
(見学は外観のみです)
中は事務所になっているため見学は外観のみ
「社宅76」
大正8年(1919)に建築された木造平屋建て
昭和30〜40年頃の生活の再現や蚕の生態展示をしています
富岡製糸場は明治26年に民営化され、三井家、そして原合名会社へと経営が移り、昭和14年から片倉製糸紡績と合併、昭和62年の操業停止まで、一貫して製糸工場として稼働し続けたのです
片倉時代の製糸場
富岡製糸場の操業の歴史は、日本の近代製糸発展の象徴
平成17年、富岡市が保存・管理を引き継ぎます
現在、富岡製糸場は国の大切な文化財であり、平成26年には「富岡製糸場と絹産業遺産群」としてユネスコ「世界遺産一覧表」に記載され、その価値は国際社会にも認められました
(パンフレットより)
これはまた集めたくなるわ~

(写真はパンフレットより)
製糸場西側にある建物、ここも見学したかったのですが、暑さで義弟が疲れてしまい、少し体調が悪そうだったので、諦めました

群馬って暑いのですね〜💦
女性従業員の作業着の変遷紹介や、昭和後半に使われていた荷上げ用リフト、2階には高く積み上げられた繭袋なども展示されてるそうです
「富岡製糸場」8月に孫ちゃん達と行った長野の「シルクミュージアム」を思い出します
蚕の幼虫も見たし、孫ちゃん達は繭玉でストラップも作ったり、機織り体験もしたよね
こんな偶然にも驚きでした

製糸場を出た右手向かい「はや味」さんは、私が下調べしておいたお店

上州名物のおっきりこみうどんを頂きます🥢
平ぺったいうどんは、名古屋名物のきしめんに似ているかも
たっぷりキノコと野菜の出汁がきいて、とっても美味しかったと、みんな言ってくれたので良かった〜
