さてさて、毎年4月25日から11月10日までの間、
青函トンネルの中にある緊急時に対応するための駅が、
観光用に公開されています。
青函トンネルには、青森側からと北海道側から
掘り進めた時に使った施設を残しました。
ですので、形は“駅”ですが、実際は“避難所”のようなものです。
青森側は『竜飛海底駅』、北海道側は『吉岡海底駅』といいまして、
以前は、両方の駅を見学できるツアーがあったのですが、
北海道新幹線の工事の関係で、
『吉岡海底駅』の方は現在、公開を中止しています・・・。
ということで、次は『竜飛海底駅』をご紹介します(^^)。
・・・なんだか、普通の観光ガイドみたいですね(笑)。
青森駅を発車しますと、列車は津軽線を走り、
竜飛岬方面へ向かいます。
写真には収められませんでしたが、
小さな船に乗って漁をされてる方もいました。
途中で畑が広がる風景を含めて、
このあたりの車窓、たんげイイ感じです(^^)。
そして、蟹田駅で線路が別れ、
青函トンネルへと繋がる「海峡線」へ・・・。
今までの、しっとりとした趣深い景色がなくなり、
新幹線のような線路を、ときどきトンネルを挟みながら、
ただ、ひたすら駆け抜けます。
いくつかトンネルを抜けた後、車内の電光掲示板で、
青函トンネルに入ったことを知りますが、
それまでの間で、いくつもトンネルがありますので、
正直、どこで入ったのか実感が湧きません(^^;。
しばらく暗闇が続くことで、
ようやく“青函トンネル”であることを知ります(笑)。
スピードがするする落ちて、車内放送が流れ、
工事現場のような『竜飛海底駅』に到着しました・・・続きます。
今、青森と函館を結ぶのは・・・
『スーパー白鳥』という、特急列車です。
この写真ではわかりづらいのですが、
緑色がとても鮮やかで、ボディのデザインも良く、
普通車の椅子の生地や座り心地も良くて、
自家用車、バス、鉄道、船、飛行機・・・ワタクシの知る限り、
全ての“乗り物”の中で、“ナンバー1”と思える車両です(大絶賛)。
また、車内放送も、大橋俊夫さんというFM放送など活躍されてる方が
担当されてまして、渋みのある声で、格調高い雰囲気をかもし出してますし、
放送の冒頭に入る“ジングル”も、シンプルながらも凝ってるメロディーでして
・・・要するに、ワタクシ好みのモノが揃った車両です(笑)。
下の写真は、車両の出入り口を撮った写真です。
上の写真のガラスの部分と、下の写真のドア横の部分に、
描かれてるデザインに注目して欲しいと思います。
そう、“津軽海峡”なんですよ(嬉)。
本州と北海道の地図を描いて、
この列車の走る地域・使命を表す、とても趣深くてカッコいい、
素敵なデザインやと思います(o^-')b。
特に、出入り口横のデザインは、
津軽海峡に狙いを定めて・・・という感じがして、
さらに素晴らしくなってます。
青函連絡船のようにゆったりとはできませんが、
この車両ならスピードも速く、新幹線よりも快適な車内ですし、
時化で休航することもないので(苦笑)、
昔と比べると、便利でありがたい時代になったものです(^^)。
・・・まだまだ続きます!
1988年3月13日からは、「JR津軽海峡線」が、
青森と函館を結ぶことになりました。
この「津軽海峡線」の途中に、世界一の長さを持つ「青函トンネル」があります。
この「青函トンネル」が開通したおかげで、
北海道から九州まで、線路が繋がることになりました・・・(^^)。
なお、『八甲田丸』の前には、
『津軽海峡・冬景色』の歌碑が置かれてまして、
人が前を通るたび、石川さゆりさんの歌声が流れます。
現地で聴くと、なおさらイイ歌に感じます(^∇^)。
・・・さてさて、予告編で紹介したこの写真ですが、
実は、青森駅の跨線橋(だったかな?)から撮った一枚です。
奥にありますのが『青森ベイブリッジ』・・・何だか、横浜みたいですね(笑)。
もちろん、青森県で一番長い橋です(^^)。
この“駐輪場”、冬は雪のため、閉鎖されてしまいます。
さ、そろそろ行くっべか・・・続きます。
青森駅から程近い場所・・・といいますか、
昔、函館への連絡船が出航していた場所には、
今では、もう動くことはありませんが、
青函連絡船に使われていた船が、歴史資料館として残されています。
“JR”でなく、“JNR(国鉄)”マークが付いているのが、
昭和時代に活躍していたことを表しています。
船内は、当時の様子を伝えようと、
普通船室の様子も、お城や鉱山の博物館みたいに、
人形で再現されています。
NHKの『プロフェッショナル』や『奇跡のリンゴ』で紹介された、
木村秋則さんも、無農薬(自然栽培)リンゴを生み出すことが出来ずに、
生活が苦しかった時代、冬は北海道へ出稼ぎに出かけ、
岩見沢などで、山の木を伐採する仕事をしていたそうです。
そんなことを考えると、とても切なくなります・・・。
そして1988年、青函トンネルの開通により、
たくさんの人々を支え続けた青函連絡船は、
その歴史に幕を下ろしました。
・・・続きます。
日本列島は、島国。
本州を中心とし、青森から津軽海峡を渡れば、
はるかなる大地“北海道”。
本州西側の下には、不思議な魅力の詰まった“四国”。
下関から関門海峡を渡れば、情熱大陸“九州”。
さらに、鹿児島から船に乗って進むと、
アジアンテイストを満喫できる“沖縄”。
陸続きでないことが、料理や方言など、
各地独特の文化を生みだし、「春夏秋冬」が存在することも含めて、
日本の各地を、それぞれ魅力的に“育て上げて”ると思います。
さて、今回取り上げますのは、
「津軽海峡」。
阿久悠さん作詞で、三木たかしさんの作曲、石川さゆりさんが歌われた、
永遠に歌い継がれるであろう名曲『津軽海峡・冬景色』の舞台で
取り上げられたことで、北日本以外の方にもなじみ深い“海峡”だといえます。
余談ですが、ワタクシは阿久悠さん作詞の曲が大好きで、
“イイよな~”と感じた曲の多くで、
阿久さんが関わってることを知るたびに、いつも驚かされております。
『勝手にしやがれ』に『ピンポンパン体操』に・・・ジャンルの幅も広すぎ(大絶賛)。
・・・すいません、音楽ブログではないですね(^^;)。
この曲では、恋に破れて北海道に帰る女性の視点から、
青森駅から青函連絡船までの間の“光景”を描いてる、
とても切ない“名曲”です。
内容的はとても、悲しいのですが、
よく似た内容の『あずさ2号』とは違って、
あまり悲壮感を感じさせないところが、
とても、とても好きです(^^)。
・・・すいません、音楽ブログではないですね(^^;)。
と、もう一回繰り返す(笑)。
そんなこんなで、昔は「青函連絡船」が青森と函館を結んでいたのですが、
1988年に「青函トンネル」が開通し、鉄道で本州と北海道は結ばれたので、
今は、以前よりも気軽に、青森から函館へと移動できるようになりました。
・・・続きます。
皆さん、ご無沙汰しております。
前回の作品を完結できたコトに満足してしまって、
毛が抜けて・・・その心配は無い家系だな(笑)、
いやいや、気が抜けて、しばらく更新をサボろうかなぁ
・・・と考えていた(苦笑)、MAC-21です。
さて、今回の旅は、札幌で中途半端に終わってしまってる、
「2009年2月」の旅を、再開しようと思ってます。
しかし、前回の旅が青森で終わってますんで、
青森から札幌まで、いろいろな旅をつないで“編集”していけば(笑)、
ちょうどエエんちゃうかな・・・と思いまして、
“ドキュメント”ではなく、“観光ガイド”という形にして、
いろんな風景を記録していこうと考えました。
そこで今回は・・・
「津軽海峡を見つめて」
と題し、たぁんげ(とても)趣深い津軽海峡付近の情景などを、
青森と函館を結ぶ青函トンネルなどをまじえて、
お伝えして行こうと思っております(^^)。
・・・かつての冬の季節、上野発の夜行列車を降りた人々は、
誰もが無口でこの船に乗り、北の国へ渡ったものでした。
それでは、次回からスタートします・・・お楽しみに!
















