有料記事だから読めないんだけど

これを読んだから じゃなくて

紙面下部の書籍の宣伝を見て

読んでみようと思ったのだったか

喫茶店が置いてくれてる新聞を最大限活用中

 

とにかく文章が難解だった

論文だから難しくて当たり前なんだろうが

こういう文章や内容に当たったのが久しぶりで

自分の勉強のしてなさとできなさを文字通り痛感する

最後の訳者による解説が一番わかりやすく(笑)

大変救われた

 

前半は特に

ドイツ語を極力そのまま日本語に置き換えた

という翻訳のやり方に感じた

語彙自体も難しければ

ドイツ語特有の難解な言い回しというか

恩師の講義もこういう感じだったとは思わないけど

ドイツ語テキな思考と表現 というものは

確かにあると思う

 

それはともかく なんとか字面を追い終えて

あぁやっぱりドイツもそうなんだ という側面と

地続きか島国かで日本とは違うな という側面と

ドイツのことを読みながら

日本のことを考えるわけで

 

特に第9章は重かった

途方もない数字については

少し慎重になってもいいかもしれないが

個人の物語となると

距離を置いて冷静に なんて無理な話だ

 

1日1章か 多くて2章読むのが精一杯で

内容が頭に入ったかと問われれば

答えようもないけど

それでも 今こそやるべき読書体験だった

 

2025/10/5  13:50

何度か来てみて この会場は

ちょうどいいんじゃないかなって思う

大きさも 扇型の形状もおもしろいし

古い建築物ゆえのトイレ少な過ぎ問題も

今回解消(HTに行かなかったのもある)したし

音の聴こえ具合も とても良い と思う

 

ただ 古い建築物だからか知らないけど

傾斜が緩いというか

前半戦は視界良好だったのに

前に座ってた女性がHTに交代し

後半戦は視界が遮られてしまった

まぁ見たいところが見えていればOKと割り切って

移動せずにいたのだけど もし私が席をずれたら

後ろの人にも影響するし と考えてしまう辺りの

自分の良さを認めたい

 

こういうタイプの演奏会の

楽しそうな姿が見られて嬉しかった

楽しそうってひとことで済ませてしまうけど

いろいろ含んではいる

役割的なこととか そんなんいわずもがななので

 

ただ 得意ではない作曲家だと

遠いな と感じてしまう

音楽に遠いも近いもないだろって話だけど

バロックと規定されている音楽の時には感じない

なんていうか 違和感ってのとも違うけど

そういうもやもやを抱えて座ってる自分が

わしゃ若い世代の音楽なぞ認めん! 的な

頑固爺ならぬ頑固婆みたいで嫌だった(笑)

 

時代的な何か 位置的な何か は

確かにあるのだろう でも

その原因なんて今は探りようがないし

前世がこうだったから なんて

勝手に決めるわけにもいかないし(笑)

 

その遠さを抱えたまま

出る時また間違えて変なドア開けちゃって

結局また戻って正規ルートで出ようとして

めっちゃ混んでて なっかなか進まなくて

あ~も~ みたいにじりじり進んで

やっと出た~ ら 黄色い歓声が上がって

どわ~ すぐそこにいるって どんだけ~(笑)

 

しかしながら

「臨時会員券」の私のCPUは

高速回転の結果 超迂回ルートを選択

まぁ 正しい選択だったと思うよ

 

でも 遠いな遠いなの後の

近々ドッキリに素直に感謝

帰り道の心持が全然違う(笑)

 

全員が全員

とんでもなく上手な人たちが集まって

ひとつの音楽を作るって

すご過ぎて理解不能な世界だけど

とにかく音色が素敵で感激した

苦手とか縁遠いとかは事実として

演奏そのものに感動できたことは本当に良かった

 

そうそう 思い出した

こういうタイプの演奏会は

私にとってのいつもはもっと小さい会場なんだけど

ああいう逃げ隠れ出来ない(笑)環境で

聴く方が逃げ隠れ出来なくていいかもと思ったんだった

この日の会場はずっと広いので

不得手なジャンルであるがゆえに

なんかこう 余計なこと考えやすいというか

あの小さな会場は まともな表現に変えると

聴衆の塊に紛れて消えることが出来ないので

それはそれで大変? なんだけど

それが如何に贅沢な空間であり時間であるかを

反面的に思い知らされた

 

あと そこではいつも聴ける

お声が聴けなかったのが残念でした(笑)

かな~り期待して出掛けてしまった(笑)

 

翌日の帰り 涼しくなって撮影再開

秋らしい色♪

 

と思ったらすぐにお色直し

Tシャツが個性的だったので消したけど

たぶん外国からのゲスト

スーツケースを横に置いて撮影してた

 

たった数分間で次々に色を変えてくれる

私はやっぱりスカイツリーの方が好き

まだ上ったことないけど(笑)

ポイ活のクイズか何かに出て来て

せっかくだからと読んでみた

これも不貞寝しながら一気に読んだ

うそ いったん寝落ちしてしまって

もう全部読んじゃおうとがんばった

 

前に読んだのが何歳の時かわからないけど

こんな話だったんだ~(アホ) でも

その時と今とで感想はあまり変わらないはず

 

とにかく

救いが無くてやりきれないのと

やっぱり

戦争というものが

いかに暗く重く 全てにのしかかっていたか

 

古典ってすごいなと改めて思った

時々岩波文庫も手に取ってみよう

 

あと この岩波文庫が新しい訳で

とても読みやすく 私が言うのもなんだけど

すばらしい翻訳だった

誰でも抵抗なく読める翻訳って

あたりまえのことじゃないので

 

2025/9/23  11:15

『金閣寺』の後

『美徳のよろめき』は少しずつ

『永すぎた春』は一気に一日で読了

後者は 確か家が内紛状態で

立てこもった? のが功を奏した感じ

 

こちら系 女性側系というか は

悲惨な出来事とか悲惨な結末とかがなくて

読みやすいけど 読みやすい分

ここから何を読み取ればいいのかな? と

逆にわからなくなる


とにかく日本語が美しい

その分だけ難しい日本語になる

「今」の小説を読んで

同じ意味で感動できるかなと思ってしまう

 

こういう系だと 続けて

『細雪』読みたいかもと一瞬思ったけど

谷崎はいつでも読めるから ってなっちゃうなぁ

 

2025/9/23  11:05

自分は「推し」という言葉が好きではない

と前に書いたことがあって

これは世代的なものかなと勝手に思ってたけど

「推し」という言葉には

他の人に推したい 推薦したい という気持ちが

含まれると書いてあって

ちょっとドッキリ

 

私は 自分が好きな何かを

他の人と共有したい という気持ちが希薄で

あんまり行ったことないけど

芸能人のコンサートやライヴもそうだし

こっちはかなり行ったけど

野球やサッカーを観に行ってもそうだし

周りと一緒に声を出すことが出来ない

ましてや身振り手振りなんてとんでもない

 

小学生か中学生くらいまでは出来てたかも

大学生の時の「終了」コンサートでは無理だった

 

理由はわかる

私は 好きな何かを

独占したいんだ 共有なんてしたくない

「たくさんの人に知ってもらいたい」なんて

こないだ偉そうに書いてたくせに

いや あれは嘘ではないんだけど

 

今 この瞬間 私が味わっている

感動や感激や感謝といったものは

独りで味わうからこそ高まるのであり

共有するとなんか薄まっちゃうような

単にそれが気恥ずかしい ってのもあるし

 

短文でも長文でも

読者を明確にする という指摘があって

それは重々承知の助で

自分だけのために書いているつもりで

実際はそうではないのも自覚している

 

そういう意味でも

共有したいと思うわけがない(笑)

 

ただ どこかの時点で

独り占めしないで

広く知らしめる という行動に

切り替える必要はあるかもしれない 部分的にでも

それが私の務めかもしれないし 違うかもしれない

 

「ヤバイ!」しか出て来ない! というのは

ホント まさにそうだなと思った ヤバイ(笑)

何がヤバイのか

なぜヤバイと感じるのか

そこを突き詰めよう というのは

刺さった この「刺さった」も好きじゃないけど

刺さった としか言いようがないのもわかる

 

声が出せないから

クラシック音楽のコンサートは

最高です(笑)

 

そうそう 忘れそうだから先に書いとく

「積読」という言葉は

三島が作品内で使ってた! ビックリした~

 

2025/9/17 11:45